第21話 帝国の敗退
「行くか」
ヤクウィン伯爵は昨日とは違い、静かに告げる。
「はっ」
伝令達が走る。
そして、王国側。
「支えは外しました」
「では、しばらくは様子見だな。射つなよ。待機」
「はっ」
これまた伝令が走る。
帝国側では。
「動きませんね」
距離を測るため、矢が数本射たれる。
「我が軍の矢は、あれが目一杯か?」
「いえ。急遽作った大弓があります」
「使ってみろ」
その大弓は木を削り急ごしらえだが、大きなクロスボウ構造。
今回、矢は普通のモノを使う。
王国側の櫓で、動揺が走る。
「敵がとんでもないモノを用意したようです」
「どれ?」
遠見筒で見て驚く。すぐに警告を発する。
「兵達。盾構え。とんでもないモノが来るぞ」
この世界。まだクロスボウが発明されていなかった。
それが、今回。いきなり大弓という形で造られた。
二人がかりで弦を引く。
「放て」
十機ほどの大弓が矢を放つ。
その飛距離は、一千メートルを越える。
「来たぞ早い。避けろ」
櫓から見て、警告をするが、警告された兵からは矢が視認できない。
何とか、盾で防ぎきることが出来た。
矢が普通のモノで、距離が遠かったことが幸いをした。
「後は、投石機です。試しますか」
「試せ。何でも良い」
そして、二人が弓の弦を引っ張っている間に、投石機が用意され、撃ち出し始める。
戦場は、双方が歩み寄れず、妙な膠着状態になる。
この投石機は、遠心力を効かせるトレビュシェットでは無く、いわゆるカタパルトタイプだった。
そのため、飛距離が短い。おおよそ五百メートル。
無人の荒野に石が飛来する。
いつもの戦場なら、鬨の声が響き、斬り合う剣戟の音や叫び声が響くものだが、異常に静か。
それは非常にシュールだった。
その間に、王国では作戦が始まっていた。
実祭は、その前からで、平原を迂回し、険しい山を越え、敵の後背へと回り込んだ。
その装備は、辺境伯領で秘匿されている武器。土魔法と火魔法を合わせた魔力砲と
大砲門。中に魔石粒を詰めることで、着弾したときに、衝撃で大規模な魔力放出を起こす。初期には撃ち出すときに爆発して大騒ぎになった。
結局、大きく長くなるが、風魔法で射ちだし、砲塔内に螺せん上の溝を切るライフリングを切ることで、弾は安定して飛んで行った。
むろん魔石のケースは、円では無く砲弾型。
そして、長距離タイプのコンパウンドボウ。素材を厳選し最強のモノ。
鏃は少し重く、殺傷力を高めてある。
それが今、動き始めた。
「のろしが上がりました」
「よし。返せ」
平原の方からも、のろしが上がる。
帝国側でも、当然それは分かった。
「何でしょう?」
「何でも良い。警戒だ」
そう言った矢先。いきなり陣地に、矢や何かわからない物が飛来し爆発を始める。
ゴミのように壊れた兵達が空を舞う。
「なんだ?」
「わかりません」
その動揺は、先頭で矢を放っていた兵達にまで届く。
「後方に敵襲だ」
そんな言葉が伝わると、徴兵された農民兵や奴隷達があわて、命令を聞かず王国軍が待ち構える方へと移動し始める。
すると、ある程度行ったところで、途中の地面がガバッと落ち、中には杭が立っていた。
そう、先ほど王国兵が報告をした、支えを外したのは、これの床下にあったささえ。
次々に、農民達は落ちていった。
前で何が起こっているのかわからず、ドンドンと押される。
そして、いくつかの掘りを、仲間の死体で埋め尽くし越えていく。だが、その後は、矢の集中砲火を喰らう。
それはもう、一方的な虐殺。
そして、後方でも混乱は続いていた。
「空を見ろ。受けるな逃げろ」
その声が誠意一杯。
情報が何も無く、一方的な攻撃。
それは予想など出来ないほど苛烈で、初めての体験。
百戦錬磨のヤクウィン伯爵をもってしても、理解ができないものであった。
外からその攻撃を見れば理解もできただろうが、その渦中にいるため情報が取れず、混乱した兵達の巻き添えを食らう。そして落馬し、怪我を負う。
「ぐっ。撤退だ」
「はっ。撤退。撤退だ」
副官の一人フロール=ピュッテン子爵が叫ぶが、混乱は収まらない。
それは後方にいた、アダリナ=イルバラ伯爵も同じ、率いているのは戦争に不慣れな者達。それが、聞いたことのない爆発音と、降りそそぐ石つぶて、そして矢の雨。
混乱するなと言うのが無理だろう。
そうして後方にいたために、本隊であるヤクウィン伯爵の軍を、王国側へと押してしまう。
そう、部隊にとっては最悪だった。
この平原の両脇に切り立った崖はある。
帝国から、通ってきた道。
だが陣を張ったところは、充分離れているはずだった。
そう従来の弓ならば。
ヤクウィン伯爵はそれを考え、前に出ていたが後背のおまけイルバラ伯爵のことまで気にしていなかった。
先の王国戦の折、出来た隙間は考慮できたが、あまりにも敵を警戒するあまり隊列を伸ばした。
それが、悪い方に働いた。
安全なマージン。そのつもりだった。
「最悪だ」
周りを見ながら、ヤクウィン伯爵はため息を付く。
「撤退」
周りの兵にそう宣言させながら、下がっていく。
だが、人の圧に押され戻ってしまう。
そのため、谷川へ抜けたときには、大きく兵は減っていた。
そしてそこで、完全撤退の意思を示す。
「負けたな。帰ったら武器の開発、それと魔法師を集める」
そう言いながら、平原を振り返る。
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