第20話 ジャンマルコ=ヤクウィン伯爵は考える

「よーし良し。準備は出来た。くだらない前哨戦は終わり。今からが本番だ。全軍進め」

 勢いよく掛けられた号令。それにより隊が全身を開始する。


 盾兵三段。その間に弓兵と槍兵を配置。

 その後ろに、移動式の板壁。

 その後ろに歩兵達。その中に弓兵と盾が混ざっている。

 そして騎士達。


 一風変わった布陣。


 ヤクウィン伯爵は考えた。

 味方を減らさず、敵を殺す。

 そうすれば勝てる。

 昔のような、兵同士の肉弾戦の時代は終わったと。


 それを実践して、勝って来た。

 だが甲冑に身を包んだ騎兵だけは、騎兵が相手をする。

 そればかりは仕方が無い。


 だが、他の軍と違い、弓兵は圧倒的に多い。


 敵に、五百メートルとなったとき、行進が止まる。


 自軍の弓は届かない距離。

 イルバラ伯爵の報告によると、敵の弓は届くという。


 もう最初の儀礼はすんでいる。

 相対するのは敵。


「さて、どうするか」

 手は、考えた。


 中央を少しだけ、盾を構えながら前に出す。

 それと同時に、両翼を延ばし三方攻め。


 さらに、その隙間に遊撃の隊で外のさらに外から、攻撃を加える。


 こちらの隊は五千。

 向こうは三千。

 一気に潰す。

「中央。まえ……」

 そう言いかけたとき、敵から矢が放たれる。

 それは、一気に空を被い。降り注いでくる。


「盾。防御」

 魔法や弓でもこの距離では届かないはず。

 だが実際は、イルバラ伯爵の言った通り、届いてくる。


「これは。一体どんな武器で、矢を放っているんだ」

 これでは自軍は動けない。

 だが動かないと削られるのみ。


 そう思った矢先、自分たちの周りにも矢が降り注ぎ始める。

「一時撤退」

 賢いからか、撤退も早い。


 陣を、さらに八百メートルほど引いて敵軍の櫓を眺める。

 櫓は、二十メートル程度。

 基本的に高さが飛距離にたいして、同程度プラスされる。

 だが、それにしても飛びすぎる。


 遠目筒で見ると、弓の上下に丸い何かがくっ付いている。


「おい、上位隊長クラス集まれ」

「はっ」

 伝令が散らばる。


「お前達に聞く。敵の弓。上下に丸いものが見える。あれでどうやって飛距離を伸ばせるのか意見を出せ」


 ザワザワと、場がザワつく。

「よろしいでしょうか?」

「何か思いついたかね。ダーヴィド=フェルド男爵」

 ヤクウィン伯爵は、その表情に喜びを表す。

 どんな仕組みなのかと。


「いえ残念ながら。ですが、野戦の許可を頂けますでしょうか? 敵から奪って参ります」

 その進言に、一瞬乗り掛かる。

 だが、敵のことだ危険が多すぎる。


「敵は、かなりの策士。危険だぞ」

「承知しています。少数で行って参ります。偵察もして参りますので」

「良し危険無きよう気を付けろ」

「御意」

 バッと敬礼をする。男爵。


「では、男爵の結果待ちだが、先ほどの考察。思いついた者は報告に来い。解散」

「「「はい」」」


「どう思う?」

「仕組みか?」

「それもあるが、今回の奴らは異常だ」

 ドミトリー=ベルィフ男爵の言葉に、茶化すようにベッティル=オングスト男爵が答える。


「先の奴らが、バカだっただけだろ」

「あれは、あれでひどいが、他の戦場でも、伯爵のお言葉に従えば倍する敵にも俺達は勝てた」

 彼らは、ここへ来る前に、周辺諸国に対して戦を仕掛け、勝ち続けていた。


「そうだな」

「それは、敵のみを攻撃し、こちらは被害を追わない戦法それを、伯爵が基本としているからだ」

 うんうん。と頷く。


「だが今、俺達がそれをやられている」

 先ほどの戦闘を考える。自分たちの手が届かない距離からの一方的な攻撃。

 今戦場で、敵兵が走り回って矢の回収をしている。

 こちらが、大幅に陣を下げ、距離があるため、彼らは悠々と仕事をしている。


 二人共が、ついその光景を眺める。


「怖いな」

「だろ」

「まあ。その辺りは伯爵にお任せをしよう。俺達は先ほどの難問を考えよう」

「そうだな」



 そして夜半。黒く汚した兵装で、闇の中を走る十人ほどの兵。

 気を付けても、ガシャガシャと鎧が鳴る。


「ちっ油を塗ったが。音に気を付けろ」

 周りの兵が頷く。

 月は、三日月。

 結構明るい。


 そして、何もしていない訳はなく、木の板に釘が突き通った仕掛けがばら撒かれていた。

「ぐわっ」

 その木切れには、紐が結びつけられており、一気に回収が出来るようだ。

 ついでに、鈴まで。


 紐を引っ張ったため、鈴が鳴る。

「しまった」

 音もなく、鈴の鳴ったところへ矢が降り注ぐ。

「ぐわっ」

「引け。撤収」

 フェルド男爵は、命からがら逃げるが、六人を失う。


「申し訳ありませんでした。連中矢を拾うときに、荷車の影で罠を仕掛けておりました」

「ごくろう。やはり普通ではないようだ。心を引き締めよう」

 それだけ伝え、フェルド男爵を帰す。


「なかなか、狡猾だね。大技も小技も出来る相手か。それとも優秀な者が多いのか? どっちだろうね」


 かがり火が焚かれ、巨人のように見える櫓が、戦場に重苦しさを増していく。

 むろんそれを感じるのは、帝国軍のみで、王国側は、少し浮かれていた。




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