第15話 特訓の成果

 翌朝、重い体と全身が張り、突っ張って動かない。

 だるさが尋常ではなく、痛みも出ている。


「遅い」

 門前にメルヴィンさんが、仁王立ちをしていた。

 今日は、木の枝が、訓練用木剣になっていた。


「向こうまで行かなくて良い。優しいからなここから始めてやる」

 つまり、昨日歩いて行った二キロがランニング距離へと追加されたと。

 往復四キロ。


「走れ。お前達は、基礎の能力がない。体を作る」


 その日は本当に地獄だった。

 前日の疲れは抜けておらず、筋肉がこわばりまともに走れない。


 そして、一週間後。

「両手にこれを持って走れ」

 渡されたのは、円柱状の砂の詰まった袋。

 一つ五キロ。

「全員ですか?」

「数えてみろ、優しい俺は差別などしない。きちんと人数分作った」

 この袋。妙に滑る。

 ぎゅっと握っていないと落としそうになる。


「さあ行け」

 二週間後。背中に背負う砂袋三十キロ。

 両手の砂袋は、一つ十キロになっていた。

 この砂袋って握力強化と上腕の強化にかなり効いてくる。


 剣を握る僕たちには考えると最良。

 でもキツいものはキツい。


 体が壊れ、再生され、壊れる。

 理屈はわかる。


 アントワーヌ師匠が言っていた。

「薬を飲んで痛みを飛ばすことはできる。でもね再生と強化にはその痛みが重要なのさ。ひどいときには、患部を冷やし、足ならば軽い散歩なども実は良い」

「酷使をして、動かない足をさらにですか?」

 そう聞くと、こっくりと頷いてくれた。


 一月が過ぎ、走った後に、剣のトレーニングが加わった。

 そうそう。メルヴィンさんは僕たちのために、二日に一体。

 足の一本足りない草原猪をくれる。


 酒を飲みながら、つまみにするためだが、往復するスピードも多少上がったのに何処で捕まえているのだろうか?


 そして剣の訓練だが、僕たちは転がり回っていた。


 なぜかわからない。

 メルヴィンさんは円を描く軌道で動く。

「相手との間合いを常に考えろ。理想はこちらが一歩出せば剣が届き一歩下がれば避けられる。つまり相手も同じだ。自身の扱う武器。長さを把握しろ。肩の抜き差しで距離を変えられる。騙されるな騙せ」

 そう言って僕たちは、コロコロと転がされる。


 そして、メルヴィンさんの足と上半身が、別々に動いていることに気が付く。

「なああれ」

「そうだな」

 ダレルも気が付いたようだ。


 昨日まで疲れて、頭で何かを考えるなどできず、ただ動いていた。

 でも、今日は気が付いた。


 上半身はほとんど動かず、下半身だけで間合いが変わる。

 軸足を中心にいきなり回転をする。

 それに気が付かず、誘われると、動きについて行けず上半身が突っ込み簡単に僕たちは転んでいた。


 そうか。

 ヴェリとの戦闘だとよくわかる。

 剣が長く間合いの遠いヴェリだが、鍛えてもまだ少し剣に振り回される。

 当たり前だ。

 ヴェリの剣は先が重くその重さで切るタイプ。

 重量はハンマーのようなものだ。

 

 一振り目を躱されると、あっという間に中へ入り、あわてて横に薙ごうとした軸足を払われる。


「あれは使えるな」

「そうだね」

 ダレルもそうだが、サンタラも盾とバトルアックス。

 対応のされ方も同じ。


 そうして半年もすると。

 森への往復は準備運動になった。


 剣の指導後、もう一回森へ。


 そうして、メルヴィンさんが疲れると言い出した。


 ある日、森への往復後、兵士達の訓練場へ放り込まれた。

 そう言えば、メルヴィンさんは酒を晩酌のみにしたようだ。

 葉巻はくわえているが。


 そして行われる、一対多の戦い。

 目の前に集中すると、背後から問答無用で叩かれる。

 訓練用の木剣でも思いっきり痛い。


「ぐわっ。目がついて行けねえ」

 ヴェリの様に口には出さないが、みんなそう思っている。


 そしてこの時から、魔法の訓練も受け始める。

 兵団には魔法師団も在る。


「ちょこっとしたモノは使えるようだ」

「はっ、承知しました」

 魔法師団の隊長さんビクトリノ=エンシーナさんは、軽く引き受け、笑いながら僕たちを地獄に落とした。


「おらあ、魔力を全部はけ。空っぽにしろ。どうせお前達には死ぬまで撃つようなことはできん」


 魔力枯渇。

 体験すればわかるが、頭痛に吐き気。

 メルヴィンさんに言わせると、二日酔いのようなもんだ慣れろ。

 だそうだ。


「ほらほらほら。撃て撃て撃て」

 うん。この人一番変。


 町の魔道士協会からは僕はブラックリストに入っているが、ここでは関係ないらしいが、ひどい。

 来る日も来る日も魔力枯渇。

 肉体的な疲労より質が悪い。

 気持ち悪い。目が回る。


 だけど、少しずつ空になる時間が長くなっていく。


 そうして、修行をしているとまたあの季節がやって来た。


 だけど予想外。

 波乱と共に、王からの書状をもち、腐った貴族達が軍を率いて町へと乗り込んでくる。


「ねぎらいの言葉でも出ないのかね」

 そう言ってアンセルモ=リザンドロ伯爵覇王からの命令状を、辺境伯ゼウスト=ヴェネジクト侯爵へと見せる。

 爵位はこちらが上だが、建前上王国軍。質が悪い。


「帝国がすでに、こちらへ向かっているのは確認出来ています。その数五千程度いつもより多いですな」

「それは困った。我が軍は二千。ペートルス=ナウマン子爵殿は千だったか」

「不足分は当然ながら、当方も出しますので問題ないでしょう。お二方はゆったりと後ろでひかえて頂ければと思います」

 そう言って頭を下げた辺境伯。口元が笑う。


 

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