第14話 特訓には意味がある
「ボアがない」
森からの帰り道、置いていたはずのボアがなくなっていた。
「別のモンスターが持っていったか」
「ええい。畜生」
ダレルが悔しがりながら走り始める。
俺達もそれに続き、走り始める。
結局、全行程で五刻近くかかり到着。
メルヴィンさんは、呆れた目で見ながら俺達に告げる。
「さあ止まるな。剣使い。怪我をしない程度に戦え。弓使いはあれを狙え。盾お前は俺と模擬戦だ」
「少し休ませ……」
「馬鹿野郎。疲れたときに動けない奴は死ぬんだ。自分が疲れたときには敵も疲れている。いや、敵は元気かもなぁ」
ダレルが言った言葉に、かぶせてきた言葉。
これはきっと実戦の中で、経験し培われた言葉なのだろう。
「やろうよ。みんな」
疲れていたが声をかける。
「ちっ、そうだな。だが聞きたい。あんたが囓っているボア。何処で拾った?」
無言で、僕たちが置いていたあたりを指さす。
「くっ。そうかよ」
ダレルにもわかったのだろう。
置いていたところは中間点よりも森に近い。
森から戻るときには、人影を見ていない。
それならば、僕たちが森まで向かう間に追いつき、ボアを担いで戻ってきた。
サクッと足を捌き、食べられるほど焼いた時間。
この人、化け物だ。
「この」
サンタラは遊ばれていた。
このレオンが作った盾は、他のものに比べて軽い。
それなのに、円を描くように動き回るメルヴィンさんに翻弄されて、いい加減疲れている足が、言うことを聞かず絡まる。
踏ん張りがきかず、上半身が流れる。すでに幾度も転がっている。
そのたびに、木の枝でしばかれる。
「今お前は死んだぞ」
そう言われながら。
僕たちは僕たちで、思ったように体が動かない。
特に大剣を使うヴェリは、剣の重さを制御できず振られている。
その隙に、ぼくとダレルに突っつかれる。
鞘を付けたままだから怪我は無いが、疲れによりここまで体の動きが変わるのかと僕たちは知った。
「ひでえ。腕が上がらねえ」
振り回していた剣が、とうとう重くて上がらなくなってきたようだ。ヴェリが泣き言を言い出した。
「当たらない。なんで……」
実用距離ギリギリに立った的は、幅四十センチ程度の木の杭。いや柱だな。
幾分呼吸は整っても、当たらないことに嘆く。
そして外れると、矢を拾うのが遠くなる。
つまり、フフタラはさっきから走り回っている。
そのため。こちらも、複合弓が重くなり狙いすらできなくなってくる。
走って、かがみ矢を拾う。
その単純な行為は、かなり足腰にくる。
そのため、かがもうとして、ひっくり返り、立ち上がろうとして足がぷるぷるで立ち上がれない。
サンタラがとうとう立ち上がれなくなり、声が掛かる。
「剣使い来い。そこの弓使い。腕立て伏せ。そこの盾使いスクワット」
「いつまでですか?」
「おまえら貧弱すぎだ。ずっとやれ」
ヴェリは早々に両手首を叩かれすぎて、脱落。
ぼくとダレルが二人がかりでも、メルヴィンさんは軽く遊んでいる。
円と直線その動きが効果的で、僕とダレルは間合いが取れない。
気が付けば、体を横に移動した、メルヴィンさんの後ろからダレルが切り込んできていて、同士討ちになる。
「お前、レオンだったな。そう、力を抜いた動き。良いぞ。誰かに習ったか?」
「いいえ。この前、オークと戦ったときに気が付きました。力が入っていると動けなくなると」
「ほう。そうか」
そう言って、メルヴィンさんがくるりと体を回転させ、背後にいたダレルが現れる。その突っ込んできていた背中を、いたずらそうな笑顔で、さらに押して加速する。
自分で制御ができなくなったダレルは、ひっくり返り転がっていく。
僕は躱したよ。汗だらけで抱きつきたくない。
結局初日だからこんなものかと、早めに切り上げてくれた。
後ろ足の一本無くなったボアを残して。
「ギルドに出すんだろ。きちんと帰れよ。日が落ちると門が閉まる」
「「「ありやとやした」」」
お礼を言うが、口が。
皆そのまま座り込み、去って行く背中を見送る。
「やべえ。帰らないと門が閉まる」
捨てていくことができず、足の一本無くなったボアをよたよたと三人で持っていく。
その様子は、門番から辺境伯ゼウスト=ヴェネジクト侯爵へ伝わる。
「最初ゾンビかと思いましたよ。しごかれたようです」
門番バルトサール=エーケは嬉しそうに報告をしてくる。
門番は、町にとっての異変をいち早く知る場所。
そのため、他の町とは違い、侯爵の直轄組織となっている。
「あいつも無茶をする。だが、気にいったと言う事だろう」
そう言って嬉しそうな顔でワインをあおる。
元騎士団長メルヴィン=バロウズ。事情によりやめさせたが、ずっと気にはしていた。
「双方にとってきっと益になる。頑張れよ、レオン少年」
出会ったときの、くりっとした瞳をした少年は、この前には随分精悍になっていた。
この町に来て、少しお礼として手助けはしたが、後は、自身が切り開いた。
それは、ゼウストが思ったより大きく、この前の戦争。その勝利はその繋がりによってなされたと言っても良いだろう。
「あの少年が、この国を救うかもな」
暗躍する貴族達。この国は今、動乱へと進もうとしているのを、ゼウストは気が付いていた。
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