第11話 帝国で広がる恐怖

 帝国の南方派遣部隊。俺が指揮官としてやって来たのは、これで三年目だが、その年はいつもと違った。

 命からがら逃げ帰ったアダリナ=イルバラ伯爵は、今回の遠征をそう振り返った。

 

 

 確かに山道の途中で、こちらの行動に対し、確認の兵がやって来た。

「帝国兵だな。我が国に対する侵略か?」

「いいや。この土地は、我が国の領土だ。不当な占拠はやめて貰おう」

 問いに対しいつもの様に返す。


「侵略だな」

 そう言い放って、奴らは帰っていった。


 谷を抜け、血の平原と呼ばれる広場に出る。


 あれから、まだ三週も経っていない。

 それなのに平原は、昨年よりすっきりした風景になっていた。

 森が切り開かれ、そこに櫓が二つ建っている。


「ううむ。あそこから弓を放たれたらまずい。いつもより距離を取れ」

「高さ分だけ、陣を下げます」


 兵達が走って行く。


 連日の行軍で疲れもある。

 敵を見ながら、二日ほど休憩する。


 行軍といっても、途中でモンスターなどは出てくるし、結構面綱な旅だ。


 若い騎士どもは力を見せるために、モンスターを見ると張り切ってはいたが、すでに幾人かは失った。

 むろん怪我をして帰った者も居るし、命を落とした者も居る。

 あの山道は、足を踏み外せば谷底まで一直線だ。


「さあてと、此処でジャマするあいつらを倒して、先に進めないと、手ぶらで帰ることになる。気合いを入れていけよ」


「「「おおう」」」


 農奴たちや奴隷を前に出し、惜しい出費だが、前列だけは槍を持たせてある。

 二列目以降は足を止めるだけの肉壁だ。

 止まれば、矢で射殺せばいい。


 そう、今までの会戦で培った、記憶を頼りに兵を配置していく。

 遊兵どもをいくつか作り、どさくさに紛れて側面や後背を突く。


 敵の数は、見た感じだと同等。

 知略が勝敗を分ける。


 見回すが、敵軍は農民達が多い。

 毎回馬に乗った騎士が回り込んで半包囲し、殲滅するのが勝ちパターンとなっている。それでいけるだろう。


 全体的に奴らの兵は弱い。

 どちらかというと、死に物狂いで突っ込んでくる農民や、妙な武装集団の方がやっかいだ。魔法も使うしな。

 後方に固まって居る、魔導部隊よりも強力だしな。

 奴ら魔法師は、敵がくれば逃げる。


「さあ、敵が何かを言っているが、先ずは正面突っ込め。右左翼、一刻置き時間差で突っ込め」


 ”この『刻』は明治五年から使われている定時法の刻。一刻はおおよそ十五分(十四・四分)と考えてください。それ以前の不定時法は、時期によって時間の長さが違うため。定時法を採用しました。不定時法は夜明けと日の入りを六等分するため、昼の一刻と夜の一刻が、春分と秋分以外は時間の長さが変わります。”


「「「おおっ」」」

 鬨の声をあげ、先頭から突っ込んでいく。

 

 すると、敵軍でのろしが上がる。


 やはり、櫓から矢が放たれた。


 だがこれは何だ。

 基本通り、櫓の高さ分だけ離れた。


 それなのに、直接矢が飛び込んでくる。

 相手からは四百メートルは離れている。

 それだけの距離があってなお、敵の矢は鎧を貫通する。

 通常百メートルを切らなければ、致命傷を負うようなことは無い。

 この距離なら、鎧や盾で充分跳ね返すことができる。


 そのはずだが、現実に突き通る。


 兵達が、馬がやられるのを嫌い。下がってくる。

 前進するどころか、じりじりと後退する。


 前の農民達。いや奴隷か? 集団で逃げ始めやがった。元王国の民だったか。

 守るように矢が放たれ、中に逃げ込まれる。


 その後、何かが破裂するような音と、押された感じの衝撃を受け馬から落ちてしまった。

 押されたのは左肩。

 鎧に穴が開き、腕が動かん。

「伯爵さま。手を動かさないで。血が出ています」

 そういって、自軍の医師が飛んできた。

 薬草と、治療魔法。

 血だけは止まったが、何かつぶてが飛んできているようだ。


 尖った石? いや何か金属。


「何か魔法でつぶてを飛ばしてくる。盾部隊前へ。防御しながら全軍引け。撤退だ」

 激しく鳴る音。速やかに引いたが、それでも、残りは数百人にまで減っていた。


「あの短時間で、ほぼ全滅だ」

 私は頭を抱えた。

 一方的な敗北。敵に一回も切り込むことも無く敗北。

「何という屈辱。おのれ王国め。覚えておけ」

 結局一当たりで、帰還することになった。


 帝都インパラテリオスに帰り、皇帝に報告をする。

 その途中、横やりが入る。

 前皇帝が崩御し、女帝テレーズバイル様になってから、少し空気が緩んでいる。

 宰相ヴィム=デーネンも睨むだけで、何も言わない。


「櫓を使うは、理にかなっている」

 報告の途中で、割り込んできたのは、最近売り出し中の武人。

 幾多の武勲を立て、二二歳の若さで、すでに私と同じ少佐の位に就いた男だ。

 ここに来ているという事は、小国家のどこかを落としたと言う事か。


「ジャンマルコ=ヤクウィン伯爵。まだアダリナ=イルバラ伯爵が、見事な敗北を報告途中。ひかえなさい」

 女帝テレーズバイル様が、笑っている口元を隠しながら奴に対して注意する。


「はっ。申し訳ありません。テレーズバイル様」

 奴は胸に手を当て礼を取る。だが顔はにやつき、いやらしいままだ。


「くっ。ですが、驚異的な威力を持った弓。そして、乾いた破裂音を残し発動する魔導具。五百の距離を取っても安全が保てませんでした」


「ほほう。それが本当なら興味深い。来年は私が参りましょう。如何かな? 軍務卿 ヴェッツィオ=エゼキエーレ公爵殿」


 奴はそう言うが、事務方を除き、軍属の顔は引きつっている。

 武器の進化は恐ろしいもの。特に敵側なら言わずとしれたもの。

 正体がはっきりするまで、どのくらいの被害が出るのか判らない。

 来年馬鹿が逝くのなら。それならそれで良い。

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