第4話 鍛冶屋さん

 気難しいと評判の鍛冶屋さんは、キュクロプスと言う人で、お師匠さんは、錆びない金属を造った伝説の人で、ルビゴ=リバルムさん。


「興味は無いだろうが、金属を折り重ねて叩くとこんな文様が出る。金属は堅すぎても柔らかすぎても駄目だ。金属を混ぜても良いが、焼き鈍しという方法を使うと堅さを変えられる」

「へー。冷やす速度で、そんなに特性が変わるんですか?」

「おっ、お前賢いな。今のが理解できるのか?」

「ええまあ。ゆっくり冷やせば柔らかくなり、急に冷やせば堅くなると言うことですよね」

 そう言うと、ものすごく驚かれた。


 身長はこの世界の人には珍しく、一八〇センチを超えがっしりしたキュクロプスさん。気に入らないハンター相手に暴れることも多いそうだ。

 彼の剣は有名だから、金を持ち造れと言ってくる人は多いが、いま使っている剣を見てその取り扱いで激怒をすることが多いそうだ。


 一般的に、刃物などハンターにとっては消耗品。

 血で汚れようが、油で汚れようが、切れなくなれば研ぎにだし、駄目だと言われれば買い換える。

 そう言うときには、大抵刃は潰れて、刀身にヒビまで入っていることが多い。

 切れなくなった剣で、叩き付けるようにモンスターを叩くからだ。


 だが、剣を愛するキュクロプスさんにとっては許せないこと。

 消耗品であることは理解している。

 だが、使いっぱなしではなく、洗浄して研ぎ、油を引く程度の手入れはして当然だということだ。


「何より、自身の命を守るものだろう。それを忘れちゃなんない。ヒビの入った刀身に気がついていないなんて言うのは、もう使う資格さえない。そう思うだろう」

「ヒビって、いざ使おうと思ったら、折れるっていうことですよね」

 こっくりと頷く。

「そうだ」

「じゃあ、討伐に行って、最初の一振りで折れたら」

 うんうんと頷くキュクロプスさん。


「そうだ。人間最悪を考えて行動しろ。楽天的な考えをする奴は早死にする。考えることを忘れるな。人間すぐに大丈夫だろうと安易に考える。それは駄目だ」

 少し酔っ払って、ご機嫌なのか、普段より饒舌に色々と教えてくれる。


 気がつけば、金属つまり鋼材の種類や特性、色による温度の見方や、斑のない焼き鈍しには油を使うこと。

 炭を混ぜることや、クロムと呼ばれる銀色の石を混ぜることで、堅さが違い。錆びなくなることまで教えてくれた。


「そうだ。純度の高い鉄は錆びにくいが柔らかい。混ぜるものが特性を変える。師匠はそれをずっと研究をしていた。炭は不純物をとるのにも使うが、堅さにも影響をする」


 ほとんど流派による、奥義までいつの間にか教わっていた。

 契約は延長されて、なぜか鍛冶を習いながら、半年もお給金を貰ってしまった。


「おう、これは良い。火入れのバランスと焼き鈍し。クロムとタングステンのバランスも良い。あの暗い赤色はクロムを入れた鉄を駄目にする。おおよそ四七五度と言われているが、あそこの温度に長く置かないようにしろ。必ず油で急冷をするんだ」

「はい。あの温度。長く置くと脆くなりますよね」

「そうだ混ぜたものにより、特性が変わる。どうだ奥が深いだろ。ただ熱して叩き形を変えると思われているが、叩けば純度も特性も変わるんだ」

「はい。人が一生掛かっても足りないでしょう。習ったことをなるべく絵と文字で残しました。二冊作りましたので、これはお師匠が役立ててください」

 そう言ってノートを渡す。


 師匠と呼び始めたキュクロプスさんが、概念として覚えていることを、色や感覚を具体的に数値化してみた。

 水を少し振りかけたときに起こる泡の状態とか幾つ数えると消えるとか、水と温度の関係を調べたり、素材の色。温度が低ければ暗い赤から、ドンドン焼けてオレンジ色に変わっていく。最後は白く輝く。


 最初に、今の温度を覚えろと言われて困り、赤からオレンジも一〇段階くらいに分けた。レオンが行ったこの方法。五感温度と呼ばれて、昔温度計がなかった時代に日本でも使われていた。


「もう、レオン君。まだキュクロプスさんの所から、出られないの?」

「いえ。週一くらい手伝いに行くことで話は付きました。お待たせしました」

 一月過ぎた頃、キュクロプスさんが、工房や商会の会合で面白い奴がいると吹聴したらしい。


 そのせいだろう。興味を持った人たちが試しに使ってみようと問い合わせがあったようだが、キュクロプスさんが、なんだか嬉しかったのか弟子として取り込んだ。

 実際幾度か鍛冶屋になれと言われたが、どうしてもハンターとして名を馳せたい。

 僕の中で、そんな憧れが、弟子入りにストップを掛けた。


「まあ夢は夢だな。言っちゃ悪いが、そんなのはほんの一部だ。死ぬ前に来い。弟子にしてやる」

 そう言いながら囲い込み、結局小型作業用ナイフ一振りと、今ならコンバットナイフとと呼ばれるような、刃渡りが四〇センチ以上もあるナイフ。背面には骨切りと師匠は呼んでいたがノコ刃が付いたものを造った。

 つばが付いており、ナックルガードになっている。


 ノコ部で、普通の剣なら、パキパキと刃を折る強さを持っている。


 これには、師匠も驚いていた。

 そして、鉄剣だと途中で止まるが、青銅剣なら切れる。


 その二振りを造って、卒業させてもらえた。



 俺は、キュクロプスという鍛冶屋だ。

 今回来たのはやはりガキだが、今までの奴らと違い、初っぱなから毛色が違っていた。

 普通は、ギルドも仕事を始めたばかりのガキは、俺の所にはよこさない。

 だが、どこかからの推薦があったらしく、便宜を図った様だ。実に気に食わない。


 来たガキは、か細く痩せこけ、力も無い。

 だが素材を、より分け箱に入れる作業中、幾度も細かな違いを見つけ、聞いてくる。

 そして、驚くことに、一度聞いたものは間違えない。

 おかげで、細かに分類し後の作業が一手間減った。


 そして、火を見て綺麗と言いながら、『どうして温度が違うのですか?』と聞いてきやがった。

「どうして判った?」

 そう聞くと、焼けている金属の種類が違うし、焼けたときの光り方が違うとはっきりと言いやがった。


 目が良い。


 そして気がつくと、俺が使っていたのは手鞴てふいごだったが、目を離した隙に、足で踏むたたら鞴を作りやがった。

 こっちの方が便利だろうと。


 俺の師匠は弟子に蹈鞴たたらを踏ませていた。

 だが俺は、一人のため手鞴を使っている。

 だがガキの作った、簡易型のたたらは、以外と使いやすく、便利だった。

 何より、足で踏む方が力がいらん。


 興味が湧いた。

 こいつは、少し教えると、何かを思いつき編み出してくる。

 俺は地頭が賢い奴は嫌いじゃない。

 つい会合で、しゃべっちまった。

 独占したいが、奴はどうしてもハンターになりたいようだ。

 少し手助けをしてやろう。

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