第13話 ネイ、アカリ、シンゴ(幕間)

 ここでネイたちの様子を見てみよう。


 ネイは慎重派なようで目測で凡そ五百メートル進む度に後方を含めて鑑定師のスキル【見分みわけ】で周りを確認していた。


『あの影、まだ着いてきてる……』


 ネイは見分でた影の中に何かが居るのに気がついていたが、アカリが怯えると思い伝えてはいなかった。だが、さすがに三キロほど進んだのに着いてきているのにネイ自身も恐怖を覚え、遂にアカリにも打ち明ける事にしたのだ。


「あのね、アカリ、落ち着いて聞いてね」


 小声でアカリにネイがそう言うとアカリは頷いて話の続きを促した。


「それに気がついたのは一キロほど歩いた時なんだけど、私たち二人に着いてくる人なのか魔物なのかがいるみたいなの? でも、その人か魔物は見えないの。どうやら影に隠れる事が出来るようなのよ。それも文字通りに本当の影の中にね」


 ネイの言葉にアカリは驚いた顔を見せるが取り乱したり叫んだりはしなかった。アカリが落ち着いている様子を見てネイは言葉を続けた。


「でね、もう三キロは他の人たちから離れているけど、もう二キロほど進んで野営する事にして、その時にまだ着いてきていたら、何者か問いかけてみようと思ってるのよ。アカリはどう思う?」


 小声で歩きながらアカリにそう尋ねるネイ。アカリはそれに頷いてから、小声で返事をした。


「うん、そうだね。今は着いてきてるだけだけど、拠点を決めた時点で襲ってくるかも知れないし、早めに決着をつけた方が良いよね。私のジョブ補助師のスキルに【戒力かいりき】っていうのがあるの。対象相手の力をいましめるスキルだからダメ元で使ってみるね」


 二人は相談を終えて今度は足に力を込めて黙々と脇目も振らずに歩きだした。ネイは前方を【見分】を使いながら進んでいる。


 ネイのスキル【見分】はチート級のようだ。食べ物は勿論だが、危険なモノも見分けて知らせてくれるのだ。

 進む方向に脅威となる物があればその方向が赤く見え、青く見える方向に進めばその脅威とは出くわさずに済むという感じでも見分けられているようだ。


 そして、とうとう他の六人から離れること凡そ五キロの場所で、大きな岩で奥行きもそれほど無い雨風を凌げそうな場所を二人は見つけた。


「アカリ、私のスキルはここなら大丈夫だと言ってるわ。ここで野営の準備をしましょう。幸いだけど水もこの横から湧き出てるし、この水は飲めるみたいだから」


「分かった、ネイ。私は見える範囲で薪代わりになる木の枝を集めるね」


 そうして二人ともサバイバル覚悟で野営の準備を始めた。呼び名はお互いにちゃん付で呼び合っていたのを止め、呼び捨てにしたのは地球での甘えを捨てる為にそうしたようだ。


「リンネ先輩に会うまでは何としても生き延びるわよ、アカリ」


「こんな時にユースケ主任が居てくれたらいいのに……」


「それは無理よ、私たち二人をヤマハゲから守る為にいつも防波堤になってくれてたから、二人は置いてけぼりにされたんだし…… 今は居ないから私たち二人で頑張らないと」


 不安からだろうが二人とも口を動かしながら体を動かし必要な物を集めていた。


 影の中でそれを見守っている存在はこう思っていた。


『僕の名前が出ない……』


 と。少しばかり悲しい気持ちであったが、師匠からの試練頼みを全うしようと二人をちゃんと見守る事にしているが、そんなに僕って会社で影が薄かったのかな? と自問自答をしていた。


 そして、二人が岩で出来た洞の中で火を焚きつけ、辺りが少し薄暗くなった時にネイが影の中の存在に勇気を出して声をかけたのだ。


「そ、そこに居るのは分かっているのよ! 姿を見せなさい! 姿を見せないなら敵と認定して攻撃させて貰うわ!?」


 実際には影の中を攻撃する手段を持っていないのだが、そんな事は相手にも分からないだろうとハッタリをかますネイ。その背中に隠れながらアカリはスキルを放つ準備をしていた。


 その言葉に慌てたのはシンゴだった。まさかバレているとは思わずに内心で影から二人の少女を守る為にそっと見守る僕って格好良くない? などとナルシーな事を考えていたからである。

 慌てて声を出すシンゴ。


「まっ、待って、ぼ、僕だよ、シンゴだよ、だから攻撃はしないで!!」


 そう言うと木により出来た影からニュルンとシンゴは飛び出した。


「ヒッ!!」「キャッ!!」


 ネイとアカリの悲鳴に少し傷つくが、それでも二人に安心して貰う為にその場から動かずに口を動かすシンゴ。


「あ、えっと…… ぼ、僕のこと覚えてる…… よね?」


 かなり不安そうにそう聞くシンゴにネイとアカリはホッとした顔をして言った。


「いくらシンゴくんの影が薄いからってさすがに同期入社した人は覚えてるわよ」

「シンゴくん、魔の森に追放された時に居たの?」


 先のネイの言葉にホッとして、後のアカリの言葉にガックリと落ち込むシンゴだった。それでも何とか気を取り直して二人に言う。


「どうしてバレたのかは聞かないけど、僕は師匠から二人を守るように指示されてるから、敵じゃないよ。ちゃんと師匠やリンネさんに会えるまで護衛するからね」


 と二人を安心させるように言ったのだが、二人の警戒は解かれることなく……


「ちょっと待って、アカリ、まだ信じちゃダメよ。シンゴくんの師匠って誰? まさか、ヤマハゲじゃないでしょうね?」


 その言葉にシンゴはまたも落ち込んだ。この二人って絶対に僕の名字を覚えてないよねと。


「えっと、二人とも僕の名字を覚えてる?」


 シンゴがそう聞くと、ネイは、


「そんなの当たり前じゃない! 確か…… 木下、そう、木下だったわ!?」


 と言い、アカリは


「違うわよ、ネイ。シンゴくんの名字は木下じゃなくて森下よ!」


 と言う。二人とも違うよ…… と心の中で涙を流しながらもシンゴは苦笑いを浮かべて言った。


「やっぱり、忘れてるんだね…… 僕の名字はユースケ主任と字は違うけど、同じはざまだよ。ユースケ主任は遠いけど親戚になるんだ。そして、僕の師匠でもあるんだよ」


 それを聞いた二人の反応は劇的に変わった。


「えっ!? ユースケ主任の親戚なの? それを早く言ってよ、シンゴくん」

「そうだったの、ユースケ主任が師匠なのね、安心したわ」


 うん…… 僕の名字はまた覚えられないみたいだな…… そうシンゴは思ったが、師匠の名前を出した途端に二人とも警戒を解いてくれたので、さすが師匠だと感心していた。


「それじゃ、シンゴくんもユースケ主任やリンネ先輩に会いに行く予定なのね」


 ネイの言葉に頷くシンゴ。だがそのまま二人にちょっと待って欲しいと言う。


「? どうしたの、このまま明日から一緒に進めば良いと思うんだけど?」


 シンゴの言葉にアカリが疑問を口にすると、シンゴは説明を始めた。 


「残った五人の中の二人は助けてあげたいんだ。デカトラさんは実は僕の弟弟子になるし、事務仕事をまとめていた藤田さんはリンネさんの仕事の師匠にあたるんだ。だから、二人も一緒に師匠やリンネさんの元に連れて行ってあげたいんだよ。で、ここならば確かに安全そうだから、二人には暫くここで待っていて貰えたらと思ったんだけど、ダメかな? 僕のジョブで影ゴーレムを二体、護衛として置いておくから。但し、夜はあまり役に立たないんだよね…… 明日の朝から二人を連れに行って明るいうちに戻って来るつもりではあるんだけど、万が一があるからどうしようかなと思って……」 


「ああ、デカトラさんってあのちょっとふくよかな優しそうな人よね?」 

「藤田さんって、弓子さんよね? 私も二回ほど事務仕事で助けて貰ったの。そうね、そう言えばあの二人も追放された中に居たわね」


 ネイとアカリは自分たちが逃げる事に精一杯で、他の人を気にかけている余裕が無かった事を恥じているようだ。そんな二人にシンゴは言う。


「二人が自分たちの事しか考えられなかったのはしょうがないよ。だって、何か武術を習ってたりとかじゃないんだから。この世界では警察はいないし頼れるのは信頼できる二人だけだったんだから。でも、僕はデカトラさんにも藤田さんにもお世話になってるから、あの三人からは離して僕たちと一緒に来て貰いたいんだ」


「うん、分かった。それはシンゴくんにしか出来ないことだよね。今日はこのままここで一緒に夜を過ごしてくれるんでしょ?」


「うん、僕が見張っておくから二人ともゆっくり休んでいいよ。僕は朝日が昇ったら二人を起こして出かけるから」


「あのね、シンゴくん。私のジョブじゃなくて権能の方の能力で、スキル経験補助があってそれは人に対しても使えるみたいなの。だからシンゴくんに使用してみるね、構わないかな?」


 アカリがそう言ってくれたのでシンゴは頷いた。すると、シンゴのスキル影ゴーレムがレベルが上がったようだ。


「うわ、すごいよ、アカリさん。影ゴーレムがバージョンアップしたみたいだ。これなら夜でも護衛として役に立つよ。日があるうちは影で、夜になると光ゴーレムになるらしい。明日はこのゴーレムを二体出して二人の護衛を任せるよ。僕は二人を追いかける前からジョブのスキルなんかを使用してたから、僕自身のレベルも5なんだ。で、今回バージョンアップした影ゴーレムたちは僕のレベルに2足したレベルの強さになるみたいだから、この辺りにいる魔物たちの気配から察すると多分、大丈夫だと思う。でも、二人ともここまで危険を避けて来たからそれなりに危険察知が出来るんだよね。だから、それも使用して待っていて欲しい」


 シンゴがそう言うと二人とも頷き、そしてネイとアカリは自分のジョブとスキル、それから権能をシンゴに伝えて、デカトラと藤田の二人を連れてくるまでちゃんと待つとも伝えたのだった。


「シンゴくんは主任やリンネ先輩の居る場所を知ってるの?」


「ううん、知らないけれどもこのまま東に向かおうと思ってる。情報を集めながら進もうよ。デカトラさんと藤田さんも加われば五人になるし、そうなると協力しあって進めると思うから」


「そうだね、そうしよう!」


「デカトラさんと弓子さんは無事かしら?」


「うん、まだ大丈夫だと思う。僕の影ゴーレムを一体だけつけてるから」


「シンゴくん、ゴーレムってそんなに何体も出せるの?」


「今はまだ三体だけだよ。だから明日、二体出すと打ち止めだね」


 シンゴの説明を聞いてから二人はハッと気がついた。


「そう言えばシンゴくんのジョブって何?」


 シンゴは少し顔を赤くしてから笑わないでねと二人に言う。


「笑ったりしないわよ」


 アカリの言葉に意を決してシンゴは自分のジョブを二人に伝えた。


「何故だか分からないんだけど、僕のジョブは【伝説の影忍】なんだ……」


「で、伝説のって付いてるの?」


 とネイが驚き、アカリが


「うーん、何故だか分からないんだけど、ユースケ主任がそれを聞いたら悔しがる気がするわ……」


 そう言ったのを聞いて、ネイもシンゴもそんな気がすると思ったのだった。






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