第6話 近接戦闘と魔法の検証

 迫りくる木剣をユースケは何でもない風に棒で払った。するとホーンの手から木剣が離れて明後日の方角に飛んでいき、ユースケの棒はホーンの喉元に突きつけられていた。


「なっ!! ホーンくんが!? けた……」


 イルマイは驚き、女性騎士のメイアも目を見開いている。


「クッ、ま、参りました……」


 ホーンは自身の敗北を認めてそう宣言をした。それを聞いてからユースケは棒をゆっくりと下げながら自身も下がる。十分な距離があいた所でホーンに声をかけた。


「いや、思ってたよりも早かったからちょっと焦ったよ、ホーンさん」


 ユースケの心からの声にガックリと項垂れるホーン。


「敗けた、子供に敗けた…… これまで鍛えに鍛えてきたのは無駄だったのだろうか……」


 あまりな落ち込みようにユースケは困った顔をする。だがそこでメイアがホーンのお尻をパーンと叩いた。そして、


「何をボーッとしてるのよ、ホーン! 確かに敗けはしたけどユースケ様はこうも仰っておられたじゃない! 思ってたよりも早かったって! つまり、貴方の攻撃はユースケ様の想像以上だったって事よ! 稀人の中には戦闘特化の方が居るのは文献に書かれているってイルマイ様も仰っておられたでしょう? それも忘れたの?」


 そうホーンを励ますメイア。しかし……


「あ、ごめん。俺のジョブは魔法職だよ」


 ユースケのその一言で全てが初期化され、ホーンは更に落ち込んでしまう……

 リンコがユースケに突っ込んだ。


「先輩には慈悲の心が無いです…… 無慈悲な野郎ってこれから呼ぶ事にします……」


「えっ、いや、だって、後から知ったら余計にダメだろうと思ってだな…… 俺の優しい心がリンコには分からないかなあ? ね、メイアさん!」


 とユースケに振られたメイアはジト目でユースケを見て、


「私もリンコ様と同意見です、無慈悲な野郎」


 と静かに言った。


「うっわっ! この国の騎士って口悪いの? ねえ、イルマイさん?」


「いえ、本音が出ただけですよ、ユースケ様。さ、ホーンくん、敗けた理由は後で教えて貰えるから今はその場を退きなさい。それではメイアさんとリンコ様、模擬戦をお願いします」


 イルマイはサラッと流して女性同士の模擬戦を始めるように言う。ここにも無慈悲な野郎が居たようだ。  


 ホーンがトボトボとその場を去り、ネイはホーンと同じく木剣を手にし、リンコは木刀を手にしていた。


「木刀があって良かったわ」


 そう喜ぶリンコにイルマイが説明をする。


「その木刀は東のワマト国からもたらされた物なんですよ。変わった武器だともたらされた時には思ったのですが、既に十年以上が経ち刀を学ぶ者もこの国にはおりますよ」


「へえー、落ち着いたらそのワマト国に行ってみたいですね、先輩」


「そうだな、俺たちの居た国にあった物に似た物がありそうだな」


 そんな会話をしていると、イルマイが小さな声で始めと言った。


「リンコ様、初めから全力で行きます!! 開放、【極限強化】」


 どうやらメイアはただの身体強化ではないスキルを持っているようだ。


 そのスキルを初めから使いリンコに先ほどのホーンよりも早く近づき木剣を一閃するメイア。横殴りのその一閃をリンコは辛うじて躱した。


「あっぶない! 私の父よりも早いわ!」 


 そう言いながら木刀を振るリンコだがその一撃はメイアによって簡単に防がれた。


「この程度ですか、リンコ様? ならばコチラから行きますよ!」


 メイアがそう言った時にユースケがリンコに声をかける。


「おーい、リンコ。等力とうりきを使わないと無理だぞー」


「分かってますよ、先輩。地でどれだけ行けるか確かめただけですから」


 そう言うとリンコは静かに呼吸をしメイアの攻撃を待った。

 メイアはそんなリンコが反応出来ないであろう速度でその頭頂を目掛けて木剣を振り下ろした。


「境界流古武術、一式【斬一閃】」


 その木剣はリンコの頭頂に当たったかのように見えたが、実際にはリンコが下から振り上げた木刀により、その剣の部分が斬られ飛ばされていた。そして、リンコの木刀が逆にメイアの頭頂部に一寸の間を空けて止められていた。


 ヘナヘナと腰砕けになるメイア。頭頂部に風圧と威圧が感じられ腰が抜けたようだ。 


「まっ、参りましたっ!!」


「メイアさんまで敗けた……」


 呆然としてるイルマイにユースケが声をかけた。


「イルマイさん、俺たち二人が近接戦闘も出来るって納得した?」


 ユースケの問いかけに機械仕掛けのようにコクコクと頷くイルマイ。


「な、納得しました。が、この二人に勝てる腕を持つユースケ様やリンコ様のご実家とやらは一体…… この二人は騎士団の中でも手練の二人です。この二人に勝てるのは副騎士団長のユーリさんと騎士団長であるエイムスしかおりません……」


 そのイルマイの問いかけにユースケは少し悩みながらも答えた。


「うーん…… どう言えばいいのかな? えっととにかく敵を屠る為の技術を磨いてきた一族? いや、それだと殺伐としすぎてるな…… まあ、でも言ってる事は間違っては無いんだけど……」


「そうですね、先輩。私の実家も似たようなものです、イルマイさん」


 二人の答えにイルマイはまだ分からないというふうに聞く。


「いえ、それで言うならば我が国の騎士団とて同じですよ。しかしながらお二人からは剣呑な雰囲気は一切感じられませんし……」


「あ〜…… えっとコレは眉唾な話偽証ではあるけれども、俺の実家に伝わる武術は千二百年の歴史があるって話だから…… 時代と共に進化してきたというヤツかな?」


「うちの実家は千二百一年の歴史があるそうです。まあ、嘘でしょうけど…… それでも千年の歴史はあるんでしょうね。ですので先輩の実家と同じく時代と共に進化はしてきたと思います」  


 二人の返事にイルマイだけでなく敗けたホーンとメイアも目を丸くしている。


「せっ、千年以上ですか……」


 そうしてその話に何故か納得した敗けた騎士二人もそのまま魔法の検証を手伝ってくれる事になった。


「先ずはユースケ様の加速を検証してみたいのですが、どうやれば良いですかね? そうだ、ホーンくんは一秒で木剣を何回振ることが出来ますか?」


「私は身体強化を使わずに振ったら二回ですね」


 ホーンの返事にユースケは頷き、こう告げた。


「それじゃ、今から魔法をかけてみるから人の居ない方角に向かって、一秒で二回木剣を振ってみてくれ」


 そう言うとユースケは加速と唱えてホーンに指を向けた。

 それを受けてホーンが人の居ない方角に向かって木剣を振ると…… 物凄い爆音と共に壁が斬られた。


「ウオオオーッ!? な、何だ、コレはっ!?」


 一秒で百回木剣が振られ、そのあまりのスピードに木剣が止まって見え、見えない斬撃が結界を施された壁に向かって飛び、その結界を壊して壁をも斬り裂いた。


 イルマイの顔からは漫画のように目玉が飛び出してから元の位置に戻る。

 壁の向こう側は屋外だったようで幸い誰も居なかったようだ。

 その時、リンコの声が響いた。


「あ〜あ、先輩。ヤっちゃいましたね〜」


 リンコの言葉にユースケは動揺しながら反論する。


「い、いや、待て待て、リンコ。俺じゃ無いだろ? ヤッたのはホーンさんだし、この部屋は結界があるって言ったのはイルマイさんだし……」


 その時、部屋に飛び込んで来る者が数名いた。


「ホーン、何があったの?」

「何事だ!? 敵襲か?」

「陛下の元には団長が向かいました、イルマイ様、何がありましたか?」


 数名の騎士を引き連れ副騎士団長のユーリさんがやって来たのだ。その後ろからは研究所の所員さん達も様子を窺っている。


 ユーリさんに比較的落ち着いていたメイアさんが状況を説明した。


「ユーリ副騎士団長、ユースケ様の魔法の検証を行っておりました。その結果がこのような形となったのです」


 簡潔な説明を聞いてユーリ以下、騎士たちの顔に困惑が浮かぶ。


「えっと…… メイア? ホーンの手にしているのは木剣よね? 木剣で壁から離れたあの位置から壁を斬ったと言うの? ユースケ様の魔法によって? 確かこの部屋はイルマイ様によって結界が施されていた筈よね? その結界はどうなったの?」


 ユーリが代表して疑問点を口にするとイルマイが力なく答えた。


「ユーリさん…… この名ばかりの賢者の張った、クソボロな結界は一瞬も持たずに斬り裂かれました…… 私は賢者の職を辞す事にしました…… 陛下に辞表を出さねば……」


 どうやら何とか保っていた賢者の矜持をもユースケの魔法によって斬り裂かれたようだ。


「先輩〜、イルマイさんがこんな事言ってますよ〜、どうするんですか〜?」


「いやっ、ちょ、ちょっと待ってよ、イルマイさん。辞める必要は無いだろ? ヤッたのはホーンさんなんだから、ホーンさんが辞めるべきで? いやっ、それも違うな?」


 ユースケが口を滑らせた途端にホーンがガックリと膝をついたのを見て、すぐさまそれも違うと口にするユースケ。何とか誰の責任でも無いと言おうと試みる。


「事故!! そう、コレは事故だっ!? 何かの検証を行う時にはコレまでだって事故と呼ぶべき事態はあっただろう? それと同じ事が今、起こっただけなんだよ、そうだよ!!」


 ユースケの言葉にイルマイとホーンの顔が少しだけ希望に溢れる。しかし……


「確かに今までにも事故はありましたが…… この部屋の壁が壊れるほどの事故は前代未聞かと……」


 ユーリの一言でその場の空気が元に戻った。


「やっぱり私は賢者を辞めるべきなんですよ……」

「じ、自分が騎士職を辞しますからイルマイ様はどうか……」


 二人の悲壮な様子に何も言えなくなったユースケやユーリに代わってリンコが喋った。


「何を言ってるんですか、二人とも。悪いのは先輩であってお二人じゃ無いですよ。先輩は検証前にホーンさんと手合わせをしてましたからどの程度の強さかは分かってた筈です。その強さを知っているにも関わらず、魔法をかけて壁を壊させたんですから。一言、先輩が壁が壊れる可能性があると検証前に伝えていたならイルマイさんも結界の補強なんかも出来た筈なんですし。だから諸悪の根源は先輩です! 責任を取って貰いましょう!」


 リンコの言葉に全員の視線がユースケに集まる。


「ウォイッ、リンコ! そ、それは極論すぎじゃないか? そもそも、俺はこの部屋の結界がどのくらいの強さかは知らなかったんだしだな、先にイルマイさんが魔法を放って見せてくれたから、かなり強いと思ってたんだし……」


 と、ユースケがリンコの弾劾に言い訳をしていたら国王セバスが騎士団長エイムスと共にやって来た。やって来たセバスは状況を見てユーリから何が起こったのか聞くと、開口一番に


「素晴らしいっ!! さすがは稀人まれびとの魔法だ!! ユースケ殿、凄いものを見せて下さり有難う!!」


 とユースケを褒め称えたのだった。








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