第3話 魔法の検証の前に

 それからのイルマイの動きは早かった。先ずは二人を急いで立たせて、王宮内を駆け足で移動する。


「お、お二人とも急いで下さい! さあ、コチラです!!」


 と先を進むイルマイだが、二人はアタフタと走るイルマイに小走りで直ぐに追いつき追い抜きそうになる。


「あ、あ、ま、待って下さい! 私を置いていかないで下さい、そっちじゃありません、コッチです!」


 と、普段からイルマイがこれほど慌てている姿を見たことがないのであろう。侍女や巡回の兵士たちが何事かと目を丸くして見ている。


「えっと、イルマイさん、何処に行くんですか?」


 リンコがそう聞くとイルマイがハアハアと息遣いを荒くしながらも律儀に答える。


「あ、あの、ハアハア、私の研究所となって、いる、部屋に向かって、ハアハア、おります…… ちょ、ちょっとここで休憩して、も、いいですか?」


 限界が来たのだろう。どうやらあまり運動は得意な方ではなさそうだ。


「イルマイさん、その研究所で何をするんだ? 俺の魔法でも調べるのか?」


「は、はい。ユースケ様の魔法は、時空魔法士のクイックとは違い、大変な魔法のような気がします。是非とも検証させて欲しいのです。時空魔法士のクイックは先ほども言いましたが、かけられた者の速度を倍にする魔法です。持続時間は五秒ほどです。けれどもユースケ様の魔法は持続時間は十秒もあり、一秒で出来る事を一秒で五十回も出来るようにするというものだとお聞きしました。しかもご自分にかけられた場合には五十回が百回になるとも…… そのような魔法は私も聞いた事がありません」 


 その言葉にはこの国の賢者としての誇りが傷ついたかのような思いが少しだけ込められているようだった。しかし、それでもイルマイは言葉を続けた。


「そして、時マシという職業も初耳です。リンコ様も空間マシだとお聞きしました。ならば恐らくはリンコ様の魔法も私が知らない魔法だと推測できます。そちらも検証させて頂きたいのです。突然にこうして来ていただいたのですが、これは陛下とは関係なく私の知識欲から出た行動ですのでもしもお怒りならばどうかその怒りは私に向けて下さい」


 イルマイの言葉にポカーンとした顔をする二人。リンコがイルマイに言う。


「そんな事で怒りを感じたりはしませんよ。それに私たち二人も魔法の無い世界から来たので安全に検証出来るならそれにこした事は無いですから」


 リンコの言葉にホッとした顔をするイルマイ。そして、いつの間にか遠巻きに様子をうかがっていた一人の侍女に国王への伝言を頼んだ。


「スーレイさん、陛下がもしも早めに外交を終えられたならば私の研究所に稀人まれびとのお二人をお連れしていると伝えていただけますか?」


「は、ひゃいっ! わ、分かりましたイルマイ様」


 侍女のスーレイはバレてないと思っていたのでいきなり声をかけられて焦ったが、何とか返事をしてその場を後にした。


「さあそれでは参りましょう。コチラになります」


 十分じゅうぶんに休憩をとったイルマイは今度は走る事なく歩いて二人を案内する。どうやら話をした事で少し気持ちが落ち着いたようだ。


 ユースケとリンコの二人はボードを出して眺めながらその後に続いた。勿論だが、ユースケは一秒に一ずつ、リンコは一分に五ずつ経験値とSPが増えていっている。

 実はリンコは取得可能と出ているスキル【箱】を取得しようかと思っていたが、研究所についてからユースケやイルマイに聞いてみようと考えて、直ぐに取得するのは止めておいた。


「ここです、どうぞお入り下さい」


 そう言うとイルマイが扉を開ける。中を覗いてみたら机が並べられ、大学のゼミを思い出すような部屋だった。中には数名の男女が居て、何かを記録したり重さを図ったりしている


「ここは私の研究所の入口で、魔法を検証する場所はこの奥にあります。ですがその前にお二人にもう少し詳しく話をして頂きたいのです」


 そう言うとイルマイは部屋の中に二人を案内して応接セットに座るよう促した。


 二人が座ったのを確認し、イルマイも対面に座ると何かを唱える。


「いと柔らかき風よ、壁となりて音を防がん、【遮音】 さあこれでここでの会話は聞かれる事はありません。早速ですがユースケ様、ユースケ様の魔法について詳しく教えていただけませんか?」


「うん、まあ良いけど。えっと俺が今のところ使用可能なのは【加速】と【減速】の二つだ。で、加速はさっき説明したとおりで、減速は…… ちょっと待ってくれよ、俺も説明見ないと説明出来ないから……」


「は? せ、説明を見るですか?……」


 イルマイがユースケの言葉に疑問を呈するがユースケは気にせずにボードをタッチする。


【時魔法 減速】

1.自身にかけると一秒で出来る動きを五秒かけて出来るようになる。


2.対象範囲内(自分が見てる十メートル先の三平方メートル内)にいる相手にかけると、一秒で出来る動きを五十秒かけて出来るようになる。

【✱注】

 但し自分よりもレベルの高い相手には効果がない。


 ユースケは説明を読んで考え込む。


『えっと、これって自分にかけるメリットあるのか? 遅くなる事に意味があるのかどうかは分からないが…… それに説明も可怪しいよな、出来るようになるって…… 遅くするって説明で良いと思うんだが。だけどまあ敵対する相手には有効だよな。滅茶苦茶遅くなるみたいだし。でも俺よりレベルが高い奴には効果が無いのか。イルマイさんにこの世界の魔獣にレベルがあるのか聞いて見なきゃダメだな』


 ユースケはそう考えてからイルマイに減速について説明をした。するとイルマイの顔に落胆が浮かぶ。


「えっと、そうですか…… ユースケ様よりもレベルが高いと効果が無いのですね……『終わった…… 効果を聞いた時には凄い魔法だと思ったけど、ユースケ様は今日、コチラに来たばかり…… 数日後に来るであろう魔獣の大暴走にはレベリングは間に合わない…… だが加速魔法は効果的な筈だ。これは検証して確認しなければ』教えていただき有難うございます」


 ユースケはイルマイの顔を見て理解した。この世界の魔獣にもレベルがあるのだと。なので確認の為に聞いてみた。


「なあ、イルマイさん。その森にいる魔獣ってどれぐらいのレベルなんだ?」


 ユースケの問いかけにイルマイは丁寧に説明をしてくれた。


「はい、そうですね。先ずは我が国の人のレベルについてご説明いたします。我が国で一番レベルが高いのは私と騎士団を率いる団長で、共にレベル24です。平均的な兵士ですとレベル15ぐらいですか。レベルは経験を積む事によって上がります。騎士団長は魔獣や賊の討伐などでレベルを上げられて、私は魔法などの研究でレベルが上がりました。騎士団員は平均してレベル18ぐらいですね。森にいる魔獣たちはレベル12〜18が殆どですが、中にはレベル25以上の魔獣も居ます。レベルは上がれば上がるだけ必要な経験値が増えますので上がりにくくなるのです」


 ふーん、とユースケは説明を聞いて思った。そして懐中時計を見る。この世界に召喚されてから一時間半になっていた。ユースケはボードを確認する。



名前:ユースケ

性別:男

年齢:十五歳

職業:時魔士ときマシ

レベル:14

経験値:5,468/7,995

体力:227

魔力:530

【時魔法】

加速:持続時間十秒

自身対象(消費魔力1) 自身以外対象(消費魔力2)

減速:持続時間五秒〜十五秒(選択可能)

自身対象(消費魔力3) 自身以外対象(消費魔力5)

SP:5,468

スキル:はざま流柔剛術

取得可能スキル:

加速付与(SP5,000で取得可能)


玄抻素くろのすの権能:

一秒で一経験値と一スキルポイントSP



 おっ!? スキルを獲得出来るんだなと内心で思いながらもボードを確認した上でイルマイに話しかけるユースケ。


「イルマイさん、俺のレベル今は14なんだけど、明日にはもっと上がってる筈なんだ。だから魔獣のレベルがその程度なら減速も効果があると思うよ」


「えっ? えっ? わ、私も年ですかね、今ユースケ様からレベルが14と聞こえたのですが、聞き間違いですよね?」


 イルマイの実年齢は三十二歳なので、そこまで年はいってない。


「いや、聞き間違いじゃないぞイルマイさん。俺の今のレベルは14で間違いないぞ」


「えっ、何でですかっ? 今日、初めて我が国に召喚によって来られたのですよね? 魔獣や魔物とも戦闘はされてないですし、何かの経験を積まれてもいないのに、何でそんなにレベルが上がってるんですか? 嘘でしょ、嘘ですよねっ!?」


 目の前で取り乱すイルマイを落ち着かせようと、リンコがイルマイに声をかけた。


「大丈夫、落ち着いてイルマイさん。私も先輩ほどじゃないけどレベルは上がってるから」


「ノォーーッ!? リッ、リンコ様、貴女もですかっ!?」


 余計に落ち着きを無くすイルマイだった……


 十分後、ようやく落ち着きを取り戻したイルマイがリンコに聞いた。


「それで、リンコ様までレベルが14とか仰るのでしょうか?」 


「ううん、私はまだレベル7だよ。でも明日になったらもう少し上がってると思うよ。そうだね…… 明日の午前七時にはレベル14にはなってると思う」


 リンコがそう断言出来るのはボードにレベルと必要な経験値の一覧があるからである。レベル14に必要な経験値は5,330なので、一分で五の経験値とSPが貯まるリンコは二十四時間で7,200の経験値を得るのだ。

 勿論の事だがユースケのボードにも一覧がある。


「そ、そうなんですね…… いや、お二人とも実に頼もしい限りです。ただ私の知る常識とあまりにも違っておりますので……『賢者を辞めようかな…… いや、ここで弱気になってはダメだ!! 私はみんなが女性とイチャコラしてた時も頑張って知識を高めてきたのだから!! そうだ、あのナンパなエイムスよりも頑張って勉強をしてきたんだからなっ、私は!!』そ、それでは次にリンコ様の魔法について教えて頂けますか?」


 賢者イルマイは少しだけ弱気になってしまった己の心に括を入れて、奮い立たせたのだった。 

 ナンパなエイムスが誰かは後ほど分かる事になる……

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