消極的選択
頼人の視界は光に包まれ、目の前に2つの門だけを携えた白い空間が現れる。
これは以前も経験した、頼人に選択を迫る空間だ。そして今回の選択は
【冒険者ギルドに入る】
【冒険者ギルドに入らない】
の2択だった。
「なんだと…。冒険者ギルドに入るか、入らないかなんて考えてすらなかったものだぞ。前回は確かに俺が悩んだ2択だった。だけど今回はそうじゃない…。まさかこの空間は俺の思考とは無関係に現れるものなのか?だとしたらなぜこの2択が選ばれた?むしろなぜこれまで1度しかこの空間に来ていない?」
予期していない状況に無数の疑問が脳内を駆け巡る。
元来頼人の頭の回転は速い方であった。しかしその情報と欲、理性から決断する能力は貧弱だった。そして今回もそこから迷いが生じる。
「うーん、どっちかなんて選べないな。入るってなるとあの傷を負うかもしれないのか。正直…痛いのは嫌だ」
頼人は特段勇気のある男ではない。むしろこれまで優柔不断だったのは、失敗を恐れていたからに他ならない。ビルの身体に刻まれた傷を思い出し、あれが頼人自身も経験することだと考えると震えが止まらなくなる。
「だけど、この世界の情報をあまりにも知らなすぎる。せっかく知り合えたビルさんと離れるのはまた振り出しに戻す行為なだけだ。でも冒険者ギルドに入って何かを得られる確証は?逆に視野を狭める要因にならないか。ただ、いまここで掴める情報を掴んでおかないと2度チャンスが来るか分からない」
「でも…」「だけど…」
自ら考えを出してはそれを自ら否定する言葉が出る。そんな堂々巡りをこれまでも何度も繰り返していた。そのたびに誰かから出た意見につい乗ってしまう。例えそれが自らが1度否定した考えであっても。
だが、今その
どれほど時間が経っただろうか。頼人はふう、と一息を漏らす。
「仕方ない、とりあえず今は冒険者ギルドに入ろう。せっかく得られたチャンスだ。辛いことがあればその時に考えよう」
前回と打って変わって、消極的に選択する。
『入らない』と書かれた門を横目に見ながら、とぼとぼと『入る』の門へと進む。そしてゆっくりと門を開き、元の世界へと戻った。
徐々に人々の喧騒が大きくなる。あの白い世界に入る前と変わらぬ賑やかさだ。頼人の隣にはビルが歩いていた。
頼人はビルにどう切り出そうか考えていたが、文言を考えるより先に自然と口が動き出した。
「あの、ビルさん。俺冒険者ギルドに入りたいです。冒険者になりたいです」
「は、はぁ!?急に何言ってんだ、ライト。シュティムに変な影響でも受けたのか?悪いことは言わねぇ、やめておけ」
思わぬ申し出に困惑するビルであったが、やはり賛同はしなかった。
だが頼人も譲らない。
「俺、全然ここら辺のこと知らなくて。だから冒険してもっとこの世界のこと知りたいんです」
「お前…。そんな一朝一夕で冒険できるようになるとでも…。何より辛く厳しい世界だ、いつ死ぬか分からない」
「そうですね、死は痛いし熱いし冷たいし暗いものです。だけど俺は世界を知らないといけない。そうじゃないとここにいる意味がない」
「はぁ…なんだよ急に…。…あぁ分かったよ!そんなに言うなら入ったらいいさ!だが、条件がある。初めは俺と行動を共にしろ。勝手に死なれたんじゃ俺も寝覚めが悪ぃ」
頼人の熱意に押される形で、半ばやけくそ気味にビルは頼人の冒険者ギルド加入を認める。
「ありがとうございます、じゃあ早速登録してきますね!」
「あぁ、おい!どこ行ってんだ、こっちだバカ!」
認められたその勢いのまま駆け出し、ギルドの奥へと入っていく頼人。頓珍漢な方向へ走っていく頼人を見てビルはその向きを変えるだけで精いっぱいだった。
「セト・ライトさんですね。登録完了しました」
「え、これだけ?」
冒険者登録受付へと出向いた頼人とビルはただ氏名を書くだけの登録用紙を渡された。それに氏名を書いて渡すと登録が終わってしまったのだ」
「そうだが、なんか文句でもあんのかライト」
「いえ…文句は無いんですが、もっと住所とかこれまでの経歴とか聞かれるのかと思って。あと適正能力とかジョブとか診断されるのかと」
頼人の元いた世界、すなわち日本のファンタジー小説ではギルドで能力を測られてチート級!?といった描写もあった。だが、想像以上のあっさりさに頼人は思わず拍子抜けしてしまった。
「別に名前さえ分かれば良いだろ。別人を騙るなんて
「それはどうして…?」
「あ?あぁ、もしかしてお前これも知らねぇのか」
頼人の疑問にビルは背中の大刀を指で指して答える。
「俺たちはこの『遺物』のおかげでモンスターと渡り合えるんだからな」
「遺物?」
「そうだ、遺物ってのは特異な能力を発揮するモノだ。例えば、魔法を行使したり、異常な身体能力を発揮させたり、常に光ってたり。まぁ割となんでもありだ。むしろこれがないと俺たちはそれができないってことだ。まぁ当たり前だが」
「魔法を使えない…?」
「そりゃそうだろ、俺たち人間がなんて自力で魔法使えると思ってんだよ。妄想のしすぎか?ライト」
頼人の異世界のイメージが覆される。剣と魔法の世界、クールに魔法を行使し、敵をやっつける。それがまさか結局人間は道具頼りだったなんて。
「で、この遺物を求めて冒険するのが俺たち冒険者の目的の一つでもある。つかこんくらい調べてから冒険者になってほしかったがな!?」
「すいません、つい。自分でも勢いを止められなくて」
ビルの至極まっとうな指摘に頼人は苦笑いを浮かべながら反省する。
「まぁなったもんはしょうがねぇ、お前の良かった点はツイてるってとこだ。明日、冒険者登録式が行われる。そこで晴れて正式な冒険者ってわけだ。良かったな、本来なら何月か待つところを1日でなれるんだから。
頼人はそういえばシュティムもそのようなことを言っていたと思い出す。そのおかげで今ここに大勢集まっているとも。
果たして何人が冒険者になるのだろうか、というか本当に何も知らない自分が冒険者になったところでなにかできるのだろうか、心には一抹の不安がよぎる。
「なんだ、いざって時には俺がついてるから安心しとけ。最初の1月は死なせねぇでやるわ」
頼人が一瞬不安そうにしたのを見てか、ビルは頼人を安心させる。やや照れたような顔をして笑いながら言っているが、頼人にはその言葉には嘘がないように見えた。
「頼りにしてますよ、ビルさん。俺は存分に足を引っ張りますからね」
「この俺がいて、引っ張れるだけの足を出すと思うか?その前に終わるさ」
頼人とビルはギルドの熱気にあてられたか、妙な高揚感に包まれている。
二人はそんな他愛もない会話をしながら、ギルドを出て、ビルの家に向かった。当たり前のようにビルの家に泊めてもらった頼人。
そして朝になった。
―冒険者登録式当日―
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