選択

 気付けば陽は傾いていた。

 頼人とビルが街を目指して平原を駆け始めて、はや数時間。未だ目的地は遠く、太陽と地平だけが近づいていく。

 

 「あ~、尻がいてえ!」


 「ライトさっきからそればっかじゃねぇか!俺は操縦してんだぞ!」

 御者席に座って、手綱を握るビルはそう言って頼人の方を振り返る。頼人は先ほどから、ことある毎に臀部をさすっている。

 

 「すいませんビルさん…でも、がたがたする荷車の上にずっとはさすがにしんどいですよ…」


 「うるせぇ、知るかよ!元々人乗せる予定なんざ無かったんだよ!…はぁ、しゃあねぇなぁ!まぁ夜も近いしここらで休憩するか」


 「あ、ありがとうございます!」

 嘆き続ける頼人を見てさすがに不憫に思ったのか、馬車を止め、降りた。

 そこからは手慣れたものだった。瞬く間に馬を留める楔を打ち、焚火を点けた。まだ空はオレンジ色に染まっている。

 

 「ビルさん…すごいですね。冒険者っぽい…」


 「っぽいじゃなくて冒険者なんだがな?お前こそこんくらいのことできねぇでなんで街の外に出てんだよ」

 ビルはそうぼやきつつ、今度は常に背負っていた大刀を下ろした。それは全長でいえば2mを超えているだろう。少なくとも刃物として用いるにはあまりに不器用なものだ。下ろした地面には土埃が舞い、長さ相当の重さがあったことがうかがえる。

 

 「あー、いつものことながらクソ重いわ、肩凝る肩凝る、あとここあちぃわ!」

 次は常に羽織っていたフードを脱いだ。その下に衣服を着ているわけではなく、ビルは上裸になった。そのまま、荷車から何かを探して漁っていたが、頼人はその上半身から目が離せなかった。


 「これは…なにがあった…」

 ビルの上半身は筋骨隆々としており、大刀を振るうに値する身体をしていた。だが重要なのはそれではない。無数の切り傷、無数の火傷、刺し傷、噛み傷……彼が歴戦であることを証明するのは十分すぎるものだった。


 「……ビルさん、冒険者なんですよね?どんなことしてるんですか?」

 常人ならざる身体を見て頼人は興味を問う。


 「あ?別に大したことしてねぇよ、それより腹が減った!飯だ飯! ライト!さっきのドラゴンの肉でいいよな?つかそれしかねぇ」


 「は、はい…」

 頼人は適当な答えに疑義の念を抱きつつも、それ以上踏み込まず、話は流れていった。


 ドラゴンを平らげ、二人は空を見上げる。すでにあたりは闇に包まれ、星の瞬きと焚火のぱちぱちとした音だけが五感を刺激する。


 だが頼人の思考は先ほどの傷跡が支配している。なぜあんな傷ができたのか、あのような傷を作ってまで、何も求めて冒険者をしているのか。疑問は絶えない。

 しかし、先ほどの質問でははぐらかされたような答えをされた。答えたくないことなのか…今日知り合った恩人に深く踏み込むのも間違っている気がする。頼人は悶々としながらなおも空を見続ける。


 「ま、やることねぇし、寝るか」

 静寂を破ったのはビルの発言だった。尤も、それは寝るという宣言であり、なにか会話を起こすものではない。


 「そうですね…」

 いつものように人の行動に流される頼人。疑問は解消していないがそのまま寝ようとする。


 が、その時

 

 頼人の視界は闇の世界からただ光り輝く白い世界に移り変わった。


 「なんだこれは…!?これは…あの神の世界と同じ…?」

 頼人にはこの空間に見覚えがあった。果てまで白い世界。転移の際に神と出会った世界。ただ違うのは神の姿は見えず、2つの巨大な門があった。

 そして門にはそれぞれ文章が書いてあった。



 【ビルに冒険者とは何か聞く】


 【ビルに冒険者とは何か聞かない】



 「これは…2択?」

 聞くか聞かないか、とてもシンプルだが正反対のこの2択を見て、頼人は神に転移させられた時のことを思いだす。


 『条件っていうのはね~、キミの選択はキミがするってこと』


 「まさかこれがその条件か…?」


 あの時、頼人は状況が飲み込めずに上の空だった。あの時もっと詳しく聞いておけば良かった。何が起こるのか、俺の身体はどうなるのか、そんな後悔を一瞬する。だが、改めて門に視線を向ければ、そんな後悔など、今すべきことでないと理解できる。何が起きたか、そんなことは目の前に答えがある。


 「なるほど、選択しろ…か。こんな直接的なものとは思わなかったけど…。ふう…どっちにするかな、まぁ無用な問題を起こしたくないし、ここは『聞かない』でいいか…」


 そう言いつつ『聞かない』と書かれた門に歩を進める。そして、門に手をかけ、開こうとする。


 だが、門にかけた手は動かなかった。否、動かさなかった。


 「はあ、なんなんだろうな、この心のしこりは」

 頼人は顔を伏せ、自らの足を見つめる。足先は既に横を向いている。顔を上げれば、目線は『聞く』の門に向いている。

 

 「なあ、わかってるはずだろ、俺!異世界に来てまで他人の顔色伺いばかり、それで何か変わったか?それで俺は俺として存在できたのか?変わるなら今じゃないのか!?」

 自省か、暗示か頼人は自らを叱責する。それと同時に足は強く前に出で、『聞く』の門の前に立つ。そして迷いなく、門を開き、眩いその先へ進んでいった。



 「おい、ライト!おやすみっつってんだろうが!おやすみくらい返せや!」

 頼人が再び目を開くと、ビルが何やら頼人に怒っていた。


 「あ、ビルさん…すいません。それより…」


 「あ?なんだよ」


 「冒険者って何をするんですか?」


 頼人は再びその問いをビルに投げかける。しかし以前のそれよりまっすぐと、目を見つめて。

 星の瞬きも焚火の音も、今は止まる。

 

 ビルは須臾の間、なにかを考えたのち、口を開く。

 

 「はあ、なんだよ、またそれかよ。だから大したことしてねぇって」


 「でも、その身体の傷は普通じゃありませんよ、何をしたらそんなことが…」

 再びはぐらかすビルに頼人はさらに深く切り込む。絶対に聞く、という確固たる意志があるかの。だが、その様子を見てビルは噴きだした。

 

 「グヮッハッハッハ!真面目な顔して何かと思えばそんなことか!お前みたいにぼけぼけした奴は知らなかったかもしれんが、こんなん冒険者には日常茶飯事なんだよ!」

 常に口角が上がったその言葉には、心底くだらないというビルの心情が感じ取れた。

 予想していた反応と異なるその様子に頼人は拍子抜けだった。


 「え?そうなんですか?」


 「あたりめぇだろ、そりゃ冒険してんだから多少痛いこともあるだろうよ!」


 「冒険ってそんなに大変なものなんですね…」


 「おめぇ、ほんとに何も知らねぇんだなぁ、よっしゃ明日街についたら『冒険者協会』も案内してやるよ!」


 寸刻前の張り詰めた雰囲気からは想像もできない豪放さでビルは頼人を連れる約束をする。強引ではあるが、頼人にとってもそれは好都合だった。ただでさえ何も知らない異世界、情報はどんなものでもありがたい。案内人がいるならなおさらだ。


 「本当ですか!行きたいです!」


 「よし、そうしよう。なら明日に備えて今日は寝るぞ!朝早ぇからな!」

 あの門をくぐった瞬間、世界が確実に変わる音がした。この世界は未だ分からない。だが、未知を知りたいと思えた。


 (明日はついに街だ、この世界のことをいろいろ知らないと。いや、なにより楽しみだ!」


 頼人はいつかぶりに心を躍らせ、眠りについた。

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