出会い:ヴォルフ・ビルガメス

 頼人は気付けば野原に立っていた。

 神に異世界へ転移させると言われ、視界は光に包まれた。再び目を開いたときには、ただ広漠たる大地にいた。


 「なんなんだ…」

 思わず口をついて出る文句とともに、とぼとぼと歩き出す。


 「改めて情報を整理しよう。まず俺は刺された、うん、あれは痛かった、死ぬかと思った。いや…あのままなら間違いなく死んでた。だが、神とかいうやつによって助けられ、ここにいる。うん……で、ここってどこだ…?」

 思考を止め、あたりを見渡す。草木が生えた緑の平野の果てには地平線が見える。


 「いや、どこだよ!!!!!ここはどこで!?俺はなんでここにいるんだ!?」

 あまりの情報の無さに思わず発狂してしまう頼人。


 「おちつけ俺、まずは情報収集が一番だ。この世界のことを知ろう、うんそうしよう。こういうのは大体街に行くのが鉄板だな。まずは街を探そう」

 頼人はそう言って、再び歩き出した。



 ~3時間後~


 

 「誰かああああああ!!!!助けてくれえええええ!!!!」

 頼人は発狂していた。


 「なんで何もないんだよ!?歩いても歩いても歩いても草木草草草木草草、何にも変わってないぞ!!!」

 頼人は確かに3時間歩き続けた。しかし景色は変わらず、もはや進んでいるのかさえ疑わしいほどだった。


 「はぁ…はぁ…もうダメだ…あそこの木陰でいったん休もう。

 頼人はそう言い、草原に生える木の根元にしゃがみ込む。


 「異世界に行くってもっとワクワクしたものかと思ってたわ…剣と魔法で冒険したり、スキルで無双したり…。片や俺はなんだ?ずっとウロウロウロウロ、気が狂う!」

 異世界に降り立って3時間、頼人は既に後悔し始めていた。


 「あ~、せめてもっとかわいい女の子とかかっこいいドラゴンとかいればなあ~。あ、そうそうちょうどあんな感じの……」

 頼人は木陰から空を見上げながらそこに飛行する生物を見ながら、そう呟く。


 「ん?あんな感じ…?????  ぐおわあああああああ!!!ドラゴンが!!いる!!」

 頼人は思わず叫ぶ。空には翼を広げた、まさしくドラゴンがいた。

 そしてそのドラゴンは地上にいた叫ぶ生物を見つけ、その方向へ旋回した。


 「あれ?こっち来てね?いやそんなこと…、いやでも明らかに目線俺に向いてるよね?」

 頼人はぶつぶつそんなことを言いながら少しづつ後ずさりする。

 そして、


 「あああああああ!助けてくれー!!!!ドラゴンに殺されるーーー!!」

 本日何度目かの発狂とともに、全速力で逃げ出した。


 だが、ドラゴンはそれを追う。元より頼人に秀でた身体能力があるわけではない。ドラゴンと頼人の距離はどんどん縮まっていく。


 「あああああ!誰かああああ!」

 藁にもすがる思いで叫び続ける。もちろん、このだだっ広い平野でそんな藁も落ちている確率は低かったのだが…その願いは届いたようで…


 「あ!!馬車!!あの、誰かいませんか!」

 頼人は視界の先に馬車を見つけ、助けを求める。


 「アァ?うるせぇな…こっちは仕事してるってのに…」


 「あの!ドラゴンに追いかけられてて!なんとかしてもらえませんか!?」

 頼人は馬車から降りてきたフードを被った人物にそう呼びかける。


 「なんとかって、てめぇでなんとかしろや…、なんで俺が金にもなんねぇそんなこと…って、お?ほほう~?」

 その人物は不愉快そうに頼人の叫びを聞いていたが、頼人の後方に目を向けると一転ニヤリとする。


 「なんだよ、俺にもツキが向いてるじゃねえか、おい坊主!仕方ねぇから助けてやるぞ!」


 その人物は背中にあった大刀を抜きフードを脱ぐ。そして跳躍、否、もはや飛行と呼べるほどに高く飛び上がり、頼人のはるか頭上を超え…ドラゴンの目前に迫り…一刀両断した。


 「なっ…」

 その光景を見た頼人は命の危機が去った安堵感などなく、ただその異次元の人間に呆気に取られていた。

 一方、見事ドラゴンを討ち果たした人物は何かを拾い上げると、すたすたと頼人のそばへ歩いてきた。

 その人物は近くで見ると無精髭に、ボサボサでくすんだ茶髪とかなり粗野な印象を受ける男だった。

 

 「よぅ、坊主!おめぇのおかげで『クエスト』が達成できたわ!こんななんもないトコうろうろして、挙句、野郎の悲鳴まで聞かされた甲斐があったもんだぜ」


 「は、はあ…」

 近くに来たかと思えばいきなり大きな声で話すその男の勢いに押される頼人。


 「俺の名前はヴォルフ・ビルガメス、まあ大体ビルって呼ばれるけどな。まあ見ての通りの『冒険者』だ。お前の名前は?」

 ビルと名乗るその男はさらにそう続けた。


 「あ、俺の名前は瀬戸頼人って言います。ビ、ビルさん」


 「セトライト?変わった名前だが今はまあいい。ライト、お前はこんなトコで何してたんだ。『冒険者』じゃねぇみてぇだが」


 「い…いやあほんと何ででしょうね…あははは。ちょっと俺も分からなくて」


 「あぁ!?なんだそりゃ。散歩でもしてる途中に寝ちまったのか?おうちの方角が分からなかったのか?まあ、なんにせよ大間抜け者に変わりねぇが」


 要領を得ない頼人の回答にビルはため息をつく。

 いや、頼人にはここにいる理由が明確にある。それは異世界転移の場所がここだっただけという理由だ。だが、ただでさえ、怪しい人物である自分がさらに意味不明な人物になり得ると感じ、自重したのだ。


 「まあいい。なんだか知らねえが、お前これからどうすんだ。なんも持ってないように見えるが」


 「とりあえず街に行こうと思ってたんですが、なかなか遠くて…」

 初めてまともな情報らしい情報を口にした頼人を見て、ビルは何かひらめいたような顔をする。


 「ほう~、ま、いつもの俺ならこのままお前を捨て置いて帰るが、お前にはあのドラゴンを連れてきてもらったっつう借りがある。俺もたまたま街に帰るところだ。別にこの馬車に乗せて帰ってやっても良いんだがな?」


 「ほ、ほんとですか!お願いしますお願いします!ありがとうございますビルさん!」

 思わぬ申し出に一気に元気になる頼人。それを見たビルは一瞬驚きながらも、少しにやけて


 「ま、そこまで言うなら仕方ねぇなぁ。だが、勘違いするなよ、別にお前のためじゃねぇ。俺が個人的に人に借りを作るのが嫌いなだけだ」

 そう言って、馬車の荷台に人ひとり座れるだけのスペースを作った。

 

 その光景を見ながら頼人は(古典的なツンデレっぽいなあ)という感想を口に出すまいと堪えていた。


 「よしライトォ!出発するぞ、乗れ!」


 その掛け声の後二人は街へと駆け出した。

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