『選択』の呪いを課せられた俺は世界を救うか、滅ぼすか

宇渡織部

プロローグ

「はぁ~、どうしようかな…」

 男はそんなことを定期的につぶやいては、かれこれ1時間ウロウロしていた。その雰囲気は周りから人を遠ざけるには十分すぎるほど怪しいものだった。そんな異様な男が何を考えていたかというと…


 (今日の晩飯何にするかなぁ、麻婆豆腐つくろうかな、いや野菜炒めにするか…、いやここは総菜の唐揚げを買って帰るか?待て、外食して帰るという手も…うんたらかんたら)


 男は優柔不断だった。夕食でさえ決めかねるほどに。

 彼の名は瀬戸頼人セトライト、一人暮らしをする大学生である。


 (いや、晩飯なんて決められるか!!実家暮らしの時は母さんが毎食作ってくれたから楽だったけど、この世に食事のメニューなんて何兆種類あると思ってんだ!!!)


 これまで頼人は自分で物事を決めたことがほとんどない。高校・大学はもちろん、部活、帰り道の買い食いに至るまで人に流され続けてきた。

 もし彼の【これまで発してきた言葉ランキング】があるならば「それでいいわー」や「りょー」は間違いなく上位に食い込んでいるだろう。


 「晩飯 おすすめ っと。ん、このナスチョコ炒めとかいうのでいいか」

 彼の自分を持たない性格は、しばしば常識外れの行動にも繋がっていた。



 


 そして今日、これまで溜まったそのツケを支払うことになることとなる…

 「はぁ~、やっと買い物も終わったし、帰るか」


 頼人はそう言いつつ、すっかり日も落ちて暗くなった道を歩く。自宅に帰るにつれて、静寂はさらに深まっていく。

 その途中、頼人はふと、光る建物を見つけた。

 

 「あ、そういえば、ここコンビニできたんだっけ。寄ってくか、別に買うものないけど」

 まるで光に寄せられる虫かのように頼人の足はコンビニに向かう。


 「お邪魔しまーす………ん?」

 頼人は友達の家に遊びに行くようなノリで自動ドアをくぐると同時に、店内に異様な雰囲気が漂っているのを感じた。


 「おい!!金出せって言ってんのが聞こえねえのか!!!!」

 そして間もなく男の怒号が響き渡った。頼人の目には、レジの店員に向かって一人の男が刃物を突き付けている光景が見える。


 (このご時勢にコンビニ強盗!?確かコンビニ強盗は捕まる確率が80%くらいだったか...?監視カメラもあるし、顔も丸出しじゃないか。盗める金額もたかが知れてるぞ!自棄になったとしても無謀すぎる!)


 ぼーっとしていた頼人の脳は活性化し......逃げるわけでもなくコンビニ強盗の解説をしていた。


 (いやそんなことはどうでもいい!どうする!?とりあえず逃げるか!)


 そう考えていたころには時すでに遅し。強盗はこちらを見ていた。某天狗の面を被った人がいれば、判断の遅さから無事殴られていただろう。


 「おい、そこのお前、ちょっとこいつを後ろから押さえつけろ」

 強盗は刃物でククっと店員の方を指し、頼人に向かってそう命令した。

 

 「い、いやあ…でも…」

 頼人もなんでも人の言うとおりにするわけではない。常識はともかく人並みの良識は持っている。それゆえ判断を鈍らせる。

 だが世界はそれを許さない。


 「もたもたするな、二回言わせるなよ、殺すぞ」

 強盗はドスの効いた声で頼人を恐喝する。


 「は、はい…」

 圧に押され、頼人の身体は促されるまま、レジ側に回り、店員のそばにつく。

 するとこれまでただ震えていた店員が初めて口を開く。


 「あ、あのっ…助けてください…、お願いします…」

 今にも消え入りそうな声で頼人に助けを求める。


 (た、助けろと言われても…どうすれば…)


 店員の声を聴いて頼人の理性は再び戻る。


 (刃物を持った男に対して、丸腰の二人。たとえ二人で飛び掛かってもおそらく無事では済まない。それならば大人しく強盗に従うのが賢いか…、もちろんそれも無事だって保証はないけど)


 そう考え、頼人は強盗の命令を実行しようと店員に手を伸ばそうとした。


 が、


 「お、お願いします!死にたくないんです!助けて!」

 店員が今度は必死の形相でそう訴えた。予想外の事態に遭い、錯乱しているのか、冷静さを失っているようだった。


 「だ、大丈夫ですよ…!今は大人しくしましょう、すぐに助かるはずです」

 頼人はそう言い、なんとかなだめようとする。だが、


 「どなたか知りませんが、2人で戦えば勝てますよ!!」

 一転、強気になった店員は好戦的になる。

 

 (焦って、0か100でしか考えられなくなってるな…でも2人なら何とかなるのか?)


 店員の勢いに頼人の考えが揺らぐ。それと同時に店員に伸ばした手が止まる。

 だがその翻意は強盗には怒りを焚きつけるものだった。


 「おい!!!もたもたすんなって言ったよなあ!?殺すぞ!!」

 強盗はずかずかと頼人に迫り、刃物を胸に突き付ける。


 命の危機が目前まで差し迫り、鼓動は極限まで高まる。それと同時に店員の喧騒、強盗の怒号は高まっていく。


 (どうするどうするどうするどうする!?店員に従うか?強盗に従うか?どっちが良い!?どうするどうするどうするどうす………あ、、、、)


 気付けば胸のあたりが赤くなっている。


 (胸が燃えてる?血が沸騰してる?いや…刺されたのか……)


 頼人は胸に手を当て、赤くなった手のひらを見てそう思う。


 (あ、、、あ、、、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!!!!!あああああああああああああああ)


 頼人はもう何も考えられない。ただ痛さだけが脳を支配する。

 だがその痛みも次第に薄まっていく。意識は遠のき、全身の力は抜け、冷たい床に伏せる。


 (あ、ああ、アア、ア…)


 「はあ…哀れだな…さっさと決断しておけば死にはしなかったかもな」

 

 一転して憐れむような口調の強盗の声が頼人の耳に届く。そして薄まる視界の中で、店員も鮮血を流し床に倒れているのが見える。

 だがそんなことも、もはや頼人の脳を刺激するものではない。強盗の声も、倒れた店員も、床の冷たさも徐々に遠ざかる。


 そうして頼人は死ぬはずだった。



 「…………きろーーー!!起きろーーーー!!!」


 耳をつんざくような声を聞き、頼人は目を覚ます。


 「あ、やっと目を覚ましたか~!おそいよー!!!」

 寝起きの頼人にはそのキンキンする声がただ不快であるということしかわからなかった。

 なぜならば、起きた場所がその声の主と自分以外に何もない真っ白い空間だったからだ。


 「な、なんなんだ、どういうことなんだこれ…」

 困惑する頼人にはそんなことしか呟けない。


 「え?ここ?んー…ここはね~、私の部屋だと思ってたらいいよ」

 声の主はのほほんとそう答える。


 「わ、私…?私ってだれ…」

 頼人はそう言うと、声の方向へと振り返る。


 「……!」

 頼人は思わず息をのむ。そこには長く真っ赤な髪を携えた美少女が立っていた。身体には白い布を1枚巻きつけたような服をしていたが、それがより本人の美しさを際立たせているようだった。


 「あ、あんたは…」

 頼人はただそう聞く。


 「私はね~、かな。

 その人物はこともなげに答える。


 「か、神…?な、なんで?なんの用でここに…」

 より疑問が増えるその回答に頼人はより困惑する。


 「神がなんの用かって?知りたい?知りたいよね?仕方ないなあ~、教えてしんぜよう~」

 神はふわふわしていた。


 「私はね~、君を異世界に転移させてあげようと思ってるんだっ。君って刺されて死にそうだったでしょ~、それを可哀そうに思ってねぇ~、だから異世界に連れてってあげる!」


 「て、てんい??」

 聞きなれた言葉だが現実離れしたその言葉に頼人の知性は吹き飛ばされる。


 「そう転移。これから別の世界でキミは生きるんだ。ただし、条件を一つつけさせてもらうよ~」


 「じょうけん?」


 「そう~、その条件っていうのはね~、キミの選択はキミがするっていうこと」

 神はニコニコしてそう告げる。そして続けて


 「キミって元の世界だと全然自分のこと決めなかったでしょ~?だから次の人生ではそれを直してもらわないと~、キミの最期だって2人に挟まれて決めあぐねてる間に刺されちゃったし、結局別の犠牲者を出すことになっちゃったね~」


 ふわふわした声色から心を抉ることを言われ、頼人の頭は冷やされる。


 「あ、ああ…そうだった…」


 「だから次の世界ではちゃんと決めるんだよ~、お姉さんとのだぞ~?」


 一方的に話の進める神に頼人はひたすらペースを握られる。


 「と、いうことで…早速転移するけどいいかな~?」


 気付けば転移直前まで来ていた。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ!…今、転移したくないって言ったら…?」

 頼人は最後の抵抗をみせ、そう聞く。

 

 その瞬間、神からふわふわした雰囲気が失せ、空気が張り詰める。


 「はあ、転移したくない?このチャンスを逃す?それは考える時間が欲しいからか?自分で選べないからか?残念だがここには私とキミしかいないし、時間もない、転移したくないならそのまま倒れているがいい」

 

 冷たい声色でそう告げ


 「今決めろ、さもなくば死ね」

 誰もいないはずの空間が震え、重くのしかかる。


 「あ、ああ…もちろん異世界に行くよ、冗談だよ…」

 人の身には重いその空気に気圧され、頼人はそう答えた。 

 その瞬間空気は弛緩し、

 

 「よかった~、なら行こうか!頑張って楽しませてね~」


 神はニコニコしてそう言った。それと同時に頼人の身体は光を帯び、その空間から消えた。

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