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2024/7/23

次の会合は新長田の例の喫茶店で集合だった。というより、山本が場所を紹介したのだ。


「新長田、終点です。地下鉄西神山手線、JR線方面は乗り換えです」

ふと携帯の家計簿を見ながら海岸線の席を立った、と同時に何かとぶつかった。

「ごめんね、坊や」

目が合ったのは制服姿の運転士だった。制帽で顔が見えづらかったが、何やら青い目をしていた。

「自分が道を歩いていると必ず何かに衝突を避けることができないようだ」

オフィスの扉にぶつかり、キャビネットにぶつかり、地下街を歩いていると1回は他人の靴を踏む。なぜなのか。

最近調べたのだが「オーバーヒート」と言って、脳が過熱することがままあるらしい。

熱いを通り越して死の危険を感じる暑さである。夏らしいことなかなかしてないけど、まあええか、

体調不良の自分ほどあてにならないものはない。判断力が通常の10分の1程度しかないわけで、そんな自分に何か業務行為や家事を任せるのはギャンブルである。医者から風と言われたらまだ経度でも潔く最低3日は休んだ方が長い目では身のためだ。有給がもったいないとか業務を止めるとかそんなものは言い訳に過ぎない。

我々の認識は健康が軽んじられている。あのバス運転士が、かつて話していた。


「ワーカホリックの家老ってどんな状態?」とよく言われる。それに対する答えは、「視野狭窄になって、皆がモノクロにみえる」だろうか。五感も自由も一瞬で奪われる。人間をやめさせられた気分

ある帰り道、ふと体がだるいことに気づき、医者にかかると風と診断された。そんな自覚はなかったのに。

すぐ5日の休みを取った。私は仕事大好きだが、そこは守ることにしている。それくらいするのがちょうどいいのだ。

帰ると何も食べるでもなくまっしぐらに布団へ寝転がってしまった。頭がマグマかガスタービンか何かのように熱で充満し、立つこと移動すらまあならない。頭痛で立ち上がるとふらふらする。椅子に座ることすら困難である。のどが痛いのが一番困る。こういう時に口にできるのは、OS1,体調不良用のヨーグルト、雑炊、サケの缶詰、果物くらいか。食欲は「何も受け付けない」状態なので2色でも構わない。風呂に入るのもwillpowerが削られるのでやめるべし。資格だとか外出の予定も(たとえ短時間としても)全て吹っ飛ばすのが最低条件。無理ならオンラインにするとか。家から一歩も出てはなら愛。料理もダメ。出前館を積極的に活用しましょう。

ではなにをするのか? ①寝る(時間無制限)②街歩き動画③SPOOKSとかバラエティとか④読書⑤出前見て何食べようかな⑥神戸HPとか次の活動、コミュニティ探し

食べ物は、品数はさほど多くなくてよい。卵雑炊(風邪で唯一おいしいと感じr食べ物)とかバナナリンゴ果物(普段の倍は摂取すること)、缶詰。くらいでよい。間違っても炒め物や煮込みは作ってはならない。どうせ食えん。料理行為は拒否すること。

これだけは覚えてhpしい。究極まで怠けるのが、究極の治療である。出前は良心が痛むとかそういっためんどくさい思い込みは一切許さない。マツコになるのが仕事である。でもそうすると不思議なほど風邪が治っていく。仕事の事とかはその後で考えればよい。自分の場合、1週間ほどかかった。潔く休みを取れ

ふと寝ている(の顔きているのか意識がもうろうとしていて分からない)解き、弓子が横にいる錯覚に陥る。熱を持った肉体を感じ、呼吸を感じる。それが、唯一の助けだった。こんな当たり前のぬくもりを感じるのが遅すぎた。長髪を投げはなし、布団に突っ伏して呼吸している。心臓の鼓動が早くなり、頬の毛細血管が拡がるのがわかる。こんな感情、私持ってたんだ。


「じゃまずは畑で何かやってみたいね」

いちごジャムを塗った往来が言う。イングリッシュブレックファストの皿の上に、パンくずが落ちる。

「焚火を見るとかでもいい。何か空白の時間を作るんや。Pjから離れて何もしない、こそ、実は価値がある。」

先刻から山本は話を聞きながら脳内で地下鉄の走行音が再生されていた。それが一番集中できるのである。

鉄道オタクと言われるのは、幼稚園時代からだった。1000系のGTOvvvfが気に入っていた。モーター音が気に入るというのは、堂宇心理状態なのだろう。


神戸の人間は残業という考え方がない。16時になったら一斉に皆デスクを立って帰ってしまう。

「夕焼けってこんな色やったっけな」

西神南のホームの端から見上げる。信号機はR現示を灯し、架線柱が景色に緊張を与える。

普通に生きていると、受け身や慣れといったものに満足してしまう。自分で自分の人生や尺度を設定するということを忘れがちで、スケールや型にはまってしまう。

求められるスキルや採点基準など、自分で作ってしまえばよい、そんな神戸では当たり前のことを、忘れそうになる。

今の神戸はさしずめ、コミュニティの内部に人が収まり、移動しないがために熱が冷めている状態か。それを回遊させて焼き飯のようにしたい。


彼らが目を付けたのは空き家であった。それらを活用して交流拠点やカレッジ、イベントができないか考え始めた。 農地活用なら得意だ。周囲には実際にそういったプロジェクトを始めた友人もいた。


眠そうですね、と言う指摘を弓子は良く受ける。それはきっと、仕事と遊びはひとまたぎだからという素質をみてのことなのだろうか。 西「駅の装飾どうしましょうか?」 弓「西山さんの案でええ思うよ。自分やったらマスキングテープかなー」 山本が先日、みなとまつりの近況を話してくれ、そこでマスキングテープを活用したという話を聞いた。 「皆でマスキングテープで装飾作ろうって話になったんよ。んでみんなでテープ切って貼ってって作業を平日夜に集まって」 メンバーの事務所の一室に集まっていたらしい。 「でも一緒に作業してるからって関係が深まるかっていったらそうでもないんよね」 「別にええやん。一人くらいそういう人は要るし」 「めんどくさそうなやつって思われとるんやろな」 山本はそれが口癖であった。全然話そうとしない人間が異質であることは、彼も良く理解していた。


ラヂオ体操の音楽が流れるのは、団地の夏の風物詩である。掃除機をかけていると、風がフローリングの上を滑るとともに、古びたコンクリートの合間から音楽が聞こえる。

「まずはイベントきてみ?」

まちかつってなにしてるんや、と山本に聞いて、渡されたのは商店街で使える商品券であった。

一般に、商店街は保護することで活性化を目指す。しかし神戸では、成長やトランスフォームを試みる。

路線バスは工業地や何もない林道を抜け、新興住宅へ入る。

上脇で降りる。コープ西神戸店の2回、そこにコミュニティスペースがある。

「今日は何の集まり?」

「ボードゲームとかお好き?」

子供たち相手にオセロだ将棋だを遣るだけという催しで、Tシャツ作成などの教室もあった。夏休みに合わせ、去年からやっているらしい。

山「子供は苦手でな。顔が怖いって言って遠ざかっていく」

人足りてへんからやらへん? と彼は缶ジュース片手に部屋の隅を見て言う。相変わらず誰を相手にしゃべっているのか不明だ。

垂「でもなんでボードゲーム?」

山「居場所のある子どもと、人間力だとか五感のある人間を増やすんや。行動することでしか自己肯定は満たされない。自分とは違って。」

少しでも「これができる」という体験を与える。そうすると、自分で機会だとかをつかむようになる。

山「自分は物事を熱中しすぎてワンマンになる傾向にあるからな」

彼はどちらかというと思考が“あっちの世界”にあって、なんとかこちらの世界に合わせようとして話している感じがする。人に興味ないのだろうか。常に思索にふけっていて、どうも他人と協業しようという意思が感じられない。


垂「あいつ果物売り場と反対行っとるやないか」

疾病予防に何か青果を買うと言って1階へ降りた山本を、しみずはチェスの駒をいじりながら眺める。暑さで皆頭が狂ったのだろうか。

山本は何処を目指すのか、会うたびに分からなくなる。焦点がいつまでたっても定まらないのだ。路線バスのように、異なる分野を平気で何本も跨ぎ、見知らぬ路地に突っ込む。客が転げる勢いで加速したと思ったら、その次には隣街の、でも言葉も考え方も全く通じないエリアに着地している。

神戸の路線バスが特異なのは、停留所と次の停留所で人口構成も性格も雰囲気も全く異なる。一個一個の停留所が独立した居住圏になっていて、一度に5人から10人乗ることも多い。1台当たりの人数だって市電並みだ。中心部では乗り場だけで3040か所あり、路線バスが何十本も行きかう。電線のとりの如く、神戸の人間は列にも並ばず車を選んで、乗っていく。

山本は驚くほど全く話そうとしない。が、同時に1瞬間に信じがたいほど頭を動かしている。ガムシロップがアイスティーの中を漂うように、思考が拡散して収束する。こうなると頭の回転が速いのか遅いのかさえ判別できない。これは独り言で「しゃらくせえ!」「くたばりやがれ!」「どないなってあんねや!」を連発敷いていることや、通勤時間に法学検定に熱中することからも明らかである。あるいは、軽妙な神戸語をつかいたがるからなのか。重池坂に挑むバスとかVVVFなど交通系の動画ばかり見ていると頭がバスエンジンになるのだろうか。

なぜ資格マニアを続けるの? と問うと、山本は「スピード意識とバックキャスティングを取り戻す試み」という。

「日常過ごしててあんまり期限を設定したり、逆算でもの考えたり、フルスピードが求められることってないやん。なのでどうしてもさび付いちゃう。資格はそれ鍛える手段」

お互いにアクセルしか踏まない、それが昨今の神戸に求められている事なのだろうか。

垂「たくさん試して収束する癖は相変わらずみたい」

窓の外は西晋山脈に夕焼けがかかり、そのふもとに一軒家の明かりがつき始めた。何度も通っている景色のはずなのに、今迄でも最も感動した。なぜ気づかなかったのだろう、六甲山ってこんなきれいやったんや。

灯の消えた提灯やホワイトボードをかたづけ、床の埃が掃除機に吸い込まれていく。17時にブースが閉まり、メンバーが三々五々分かれていく。


岩谷はニュータウン在住のせいか、神戸の下町とか都心部を知らない。山本は御崎公園だからいろいろ歩いているらしいが。

岩「そうか。3系統って吉田町で入庫するからいったん降りなあかんのか」

街を歩くときと言えば、某ドラマの如く飲食に行く時くらい。その日はカツカレーの大森を出す和田岬の店へ。

岩「これか。山本が言ってた標柱ってのは」

和田岬にはなぜか、折場専用のポールが離れた位置にある。ラッシュ時にしか使わないであろう。

この辺りは町工場の本社が多い。どうしても気になってしまう。あとは橋と運河の街。身の危険を感じる猛暑だが、その時だけ一瞬涼しくなる。運河の濃青のなかに、工場の白屋根が浮かぶ

人と仲良くする努力はそれなりにしてきたつもりだ。それでもなお、持ち前のキレ障とけんか腰は根元の部分は改善できない。進級するたびに山本を不思議に思っていた。なぜそこまで静かに過ごすことができるのか? よく生きてこれたなこの都市で。しかしそれが彼にとっての日常なのだ。中央市場の線路みたいに、アップダインすることもない。

出されたドロドロ多めのカレーを混ぜながら口に運ぶ。米となかなか混ざらないと、彼はよく母に不平を言っていた。


「海外ってどこ行ってもああなのか」

録画したワールドニュースを早朝に見るのは、買い出しに並ぶ山本の休日日課である。イギリス国鉄がストを起こすのはもはや見慣れている。

「ナショナルレール再国有化ね」

労組は反対。

山本が主に見るのは、ローカル掲示板などだった。更新が止まったものも含めて。土曜の夕方五時、和田岬のクレーンが夕焼けに染まる。

「この時期はラジオ体操か。ふれあい喫茶ねー」

30Q/hの速度で解説を読んだ後、そうして次の地域活動を探すのだ。

最近は疲れやすいので街歩き単体はいかない。彼が街を歩くときとは、それはまちかつに参加するときだ。抱き合わせで考えねばならない。


「イベント運営とかコミュニティスタッフもいいけど、もっと街を作り上げるpjしたい。企画運営とか」

ボランティア以外にも街活の手段はあるはず。学生団体とか。

「いったん立ち止まって考える必要がある。行動前進するだけでもアカン」

人生は今自分に何を求めているか? 何したくて? 何する?

市バスの15系統は動画内で松風台をアクセル全開で駆けている。最近はああいう場所も行かなくなった。

「そういや大倉にこんなパンフあったな」

それは、新長田のとあるカレッジで開かれる自主ゼミみたいなものだった。

「空き家、団地、シャッター街、、、地域の課題について考え、視察し、地域団体とともに解決策を発表します」

なぜこんなに「プロジェクト」と名の付くものに飢えているのか?

今まで、自分はコミュ障であるのが当然だし、それに対して違和感はなかった。周囲は自分がコミュ障であることを理由に離れていったが、それも当然のことだと思っていた。

しかしこの都市で過ごしていて分かったのは、それと逆のことだ。はみ出し者こそ、人を動かすことができるのだと。山本はふと、昔国際的カンファレンスで見た映像を思い出していた。1人のTシャツ男がアホみたいに踊っている。最初はみんな無視している。しかし徐々に1人1人マネしだして、最後は全員が躍る。行動し続けていれば、ついてくる人間も現れるのだと。

リーダーシップだとかスピーチなどというものの対局に生きている、と思っていたが、明らかになったのは真逆の事だった。少なくともこの都市では、リーダーシップや人を動かす力はビジネスエリートだけの特別なものではなく、小学生でも個人商店でも、1日に何十回と使っている、息を吸うように行っている、市バスの如くごく普通にありふれたものである。そんな当たり前のものに、彼は全く気付いていなかった。

ポイントを切り替えるのであれば、きっと今だ。そんな言葉をいつだって繰り返してきた。

弓「やったことのないことをやってみるって、かっこ悪いことやないで、少しも」

動画の中の地下鉄車両は、スパゲッティのような線路をまたぎ、集電靴から青い火花を散らし、外国特有の青空とレンガ建築の中に消える。


「交叉点みたいな人間でありたいって思っているからさ」

次の会合で彼が話したのは、過日のイベントであった無料塾経営者や、地域活動家の話だった。

どうしたらそんなに行動できるの? と訊かれて、彼はそう答える。

動かすことができないのなら、周囲をかき混ぜることでプロジェクトを動かす。交叉点で会っては分かれる鉄道やバスの如く、思えばそれが自分の得意技だった気がする。

交叉点から交流を生み、交通を通して人と人が交わる。シャッター街と空き家オールドタウンだらけの都市が、フルノッチで加速する。メンバーを見まわして、オレンジジュースの入った汗をかくグラスを持ち上げる。

「どこおるんやろ、あの青目の運転士」

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