スクランブル神戸

@aka5839

13

その日、山本はいつになく上機嫌で岡本の石畳を歩いていた。今日は2024/05/26 、fp2級の試験日だった。そして、次の試験で、資格マニアを引退することとしていた。

細かな知識も復習したのが幸いして、足をすくうような問題も真っ向から倒すことができた。さながら昔やったブロックゲームを思い出していた。正にあの感覚だ。あとは阪大数学でもいい。

山「かえったら、ホットケーキ焼いて、今後の方針かな。秘書1に関しては、記述は板についてきたから短答か。準1も押さえておきたいところ。無理せず1日3回分やな。クリアテストは…状況を見て判断」

彼の脳内はすでに来週末へと向かっていた。彼には2つの戦略があった。まず、自身のコミュ力とチーム経験を積むこと、そして、例の集団(エンジニア)の存在意義をはっきりさせ、新しい方針を掘り出すことだった。

それは金曜にさかのぼる。いつもの如く、新長田のファミレスで適当に話していた。しかし彼はふと、何一つ自分たちが、完全燃焼して、目に見える結果を出したり、地域を突き動かすような成果を出せておらず、「惰性」になっていることに気づいた。場の雰囲気は終始穏やかだった。しかし、内心流されていいはずがなかった。

今自分は何かを間違えている。階段で足を滑らせたみたいな、微々たるものかもしれない。しかし許せなかった。間違っていると知っていて脳死で突き進む自分が、インパール作戦の日本軍くらいあさましく見えた。

山「何か心がざらざらする」

そんな時、彼は本を開く。今日は前から興味があった大村益次郎の歴史小説。

山「いかにも神戸にいそうやんな」

こうやって、流れの中で立ち止まる人間に彼はあこがれを感じていた。


簿記の実査と同じで、進みたいと思っているときこそ、我々は信号を赤にする必要がある。

これは何の集まりだ? 何がしたい? 何が達成できればクリアなのか? そのために何するのか?


彼はまず、今までの「理科の記録」を読み返した。そこに毎週末できたこと、できなかったこと、TGIFでの発言を書いている。4年前から始めて、今回でちょうど1冊を使い切るのだった。何かの偶然だろうか。それで痛感したのは、周りを巻き込んだ実績が何一つ自分にないことだった。何一つ。

想えば彼はリーダーシップの真逆を行く人間であった。委員と名の付くものに手を挙げたこともない。中高生のころから急激に人見知りになった。まず人に興味がないのだろうか。家族すら彼にとっては無関心の対象である。そして、このようなやり方が今後通用しないことは彼も知っていた。知識だけ多い人間は、神戸では無価値だ。

「体系化された知識やスキルはすぐにまねされてしまう。誰も持っていない経験でスパイキーになれば、自分にしかできない仕事が出来上がる」

仕事ができる、というのは、これからは「その人にしかできない仕事」を指すのだ、と彼の好きなビジネス書にあった。大学や資格の合格歴や頭のよさというのは畢竟、与えられたものをどこまでできるか、を計測しているに過ぎない。そこで脱線する力だとか寄り道する力などは図ることができない。3週間後に秘書1級に受かるというのは、強いて要領の良さや計画のうまさの証明にはなるだろうが、所詮は自分一人でできることである。

「15年前か、自分が漢検受けたのって」


弓「なんで地下鉄の乗客って皆同じようなしぐさなんやろ」

発泡スチロールの感触が左手に伝わる。カップの水面に、先日カットした前髪と紅い瞳が映る。塗った爪で、チョコレート菓子の小袋を開ける。

大学のキャンパスというのは、どこも同じような構造だ。カフェテリアには芝生と、ほんの申し訳程度のテラス席がつきものだ。

子供みたいに、彼女は姿勢を崩す。自分が人を操る人間だということを、全く感じさせない程度に。


向こうから人が歩いてきた。見慣れた猫背と、リュックの担ぎ方。

山「よお」

弓「また街歩き? 相変わらず飽きへんねエ」

彼がここに来るということは聞いていなかったが、何故か不自然さはなかった。(私暇な土曜は外大のキャンパスで朝食取るんよ、と彼に話したことはあった)

山「家族は…友人は元気…?」

特有のどこを見ているか分からない視線で、キャンパスの建物を観察する。

弓「ええ」

山「ほな、帰るわ」

弓「あれ、今日街歩きは?」

山「いいや、敵を見に来た」

頭おかしいで、と心の中で突っ込むのは、これで何回目だろう。

ナイフとフォークでパンケーキを切る。飲み込んだコーヒーの味は、相変わらず酸味の強いものだった。


Web会議アプリが発達した現在、我々はいつでも繋がることができる。理論の上では。

「へえ、ほなほかのプロジェクトもやってはるんですね」

“参加している”のではない、“首を突っ込んでいる”のだ、と訂正したいのを抑え、そうですね…と返す。

「うちみたいにフリースクール運営する団体ってまだまだこの辺は少ないんでね。ま、気軽に参加してくれたら幸いです」

ボランティアスタッフ募集のサイトで偶然、「スキル不要」「単発OK」「社会人大歓迎」という文言と企画の面白さに惹かれて、気づいたら応募ボタンをクリックしていた。「ぜひ面談したい」というので応じた。やりたいことをやるのに時期だ身分だなんて関係あるか、そう思って。


当日は伊川谷に朝9時と指定された。歩いているだけで暑いと感じるようになる、そんな日。

「夏休みの自室って例年だいたいこんな感じやな」

今日の議題は、次回のイベントにいかに人を集めるか、であった。

その団体は、寺を拠点に多世代交流を行っている。衰退が進む神戸各地において、こういった地域コミュニティの維持は急務なのだろう。毎回テーマを決めて、それに即したイベント内容や講師を手配。

山本はチラシ作りを任された。何故かは知らん。

「あえてターゲット決めずに、いろんな人に来てもらいたいですね」

山本はずっと、ファミリーパックの菓子類の袋に目を落としていた。


四角乱獲をやめて、シンデレラタイムを地域活動検索につぎ込むことができるようになった。


その先日6/16、秘書1級試験だった。しかも、駿台模試を受けたのと同じ会場、同じ部屋だった。それで資格遍歴を終わりにしようと思っていたのだが、とある理由で法権を受けることとした。もっとも、寝る前5分と翌朝10分の緩い対策でも受かる(公式テキストの中からしか出ない)。もしかしたらITパスポートもうけるかもしれないが、あれは連休などまとまった休みがあればすぐとれる。なので実際は今回で資格マニアを引退することとなる。一夜明けた今朝、コーンフレークを皿に空けて、牛乳に浸す。塗り薬を1日2回にした。

「The sense of WONDERといきますか」

過去のあれこれに縛られないこと、思い返せば、自分はいつだってそうしてきた。


今は便利になったもので、往復1800円の1デイパスで神戸から姫路まで行くことができる。

「確か夏至が6月22日で、半夏生が7月2日?」

誰に問われるまでもなく鍛えた秘書知識を披露する。神戸では5節句の日にそれぞれフェスがある。

山陽電車のクロスシート車で紙パックのコーヒー牛乳を吸う。何故か自分は何かに熱中するとき清涼飲料と私鉄の特急の全面展望を体が欲す。

山陽で姫路に行く等何年ぶりだろう? 1回目は小学生の時、的形で貝を拾ってから姫路の山陽百貨店へ向かった。あとはビジネスで来たくらい。携帯で法律択一対策のアプリを開き、ぼんやりと画面を眺める。

「答えはたいてい稼働領域の外にあったりする」


自分が姫路に行くのは、街歩き以外にもう一つ理由があった。自分はとにかく友人が少ない。ただ唯一、幼稚園のころから未だに交友が続いているのが、姫路の友人だった。

自分に言わせれば彼は一番身近なニューエリートだった。暇さえあれば彼の倍の勢いで資格を取り、海外の友人とも交流し、いったいどこからそんな行動力が出るのか自分は不思議だった。

今度姫路に行くんよ、と彼に伝えても良かったのだが、自分はあえてそうせず、お忍びで行くことにした。

姫路にも興味深い地域活動が多々ある。いくつか狙っている物も存在する。


「で、当日のパワポが誰か?」

「なんも情報上がってない」

「それ絶対確かめといたほうがええで。絶対やってないやつ」

客が消えたフィットネスジムの一室で、何人かの20代が話していた。

「ってかそんな都合のいい服ある?」

「友人からもらったんや」


自分はいつも優秀な人間の中に身を置くようにしている。人間とは周囲5人の平均になるのだ。21時を回った地下鉄の車内は、緑色の座面が見えるほどにはすいている。

西「来週か。大人になって出し物するとは、思ってもおらんかったな」

窓ガラスに、背板にもたれる姿が映る。

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