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※1章から12章→https://dobun.booth.pm/items/5521451
その日、山本はいつになく上機嫌で岡本の石畳を歩いていた。今日は2024/05/26 、fp2級の試験日だった。そして、次の試験で、資格マニアを引退することとしていた。
細かな知識も復習したのが幸いして、足をすくうような問題も真っ向から倒すことができた。さながら昔やったブロックゲームを思い出していた。正にあの感覚だ。あとは阪大数学でもいい。
山「かえったら、ホットケーキ焼いて、今後の方針かな。秘書1に関しては、記述は板についてきたから短答か。準1も押さえておきたいところ。無理せず1日3回分やな。クリアテストは…状況を見て判断」
彼の脳内はすでに来週末へと向かっていた。彼には2つの戦略があった。まず、自身のコミュ力とチーム経験を積むこと、そして、例の集団(エンジニア)の存在意義をはっきりさせ、新しい方針を掘り出すことだった。
それは金曜にさかのぼる。いつもの如く、新長田のファミレスで適当に話していた。しかし彼はふと、何一つ自分たちが、完全燃焼して、目に見える結果を出したり、地域を突き動かすような成果を出せておらず、「惰性」になっていることに気づいた。場の雰囲気は終始穏やかだった。しかし、内心流されていいはずがなかった。
今自分は何かを間違えている。階段で足を滑らせたみたいな、微々たるものかもしれない。しかし許せなかった。間違っていると知っていて脳死で突き進む自分が、インパール作戦の日本軍くらいあさましく見えた。
山「何か心がざらざらする」
そんな時、彼は本を開く。今日は前から興味があった大村益次郎の歴史小説。
山「いかにも神戸にいそうやんな」
こうやって、流れの中で立ち止まる人間に彼はあこがれを感じていた。
簿記の実査と同じで、進みたいと思っているときこそ、我々は信号を赤にする必要がある。
これは何の集まりだ? 何がしたい? 何が達成できればクリアなのか? そのために何するのか?
彼はまず、今までの「理科の記録」を読み返した。そこに毎週末できたこと、できなかったこと、TGIFでの発言を書いている。4年前から始めて、今回でちょうど1冊を使い切るのだった。何かの偶然だろうか。それで痛感したのは、周りを巻き込んだ実績が何一つ自分にないことだった。何一つ。
想えば彼はリーダーシップの真逆を行く人間であった。委員と名の付くものに手を挙げたこともない。中高生のころから急激に人見知りになった。まず人に興味がないのだろうか。家族すら彼にとっては無関心の対象である。そして、このようなやり方が今後通用しないことは彼も知っていた。知識だけ多い人間は、神戸では無価値だ。
「体系化された知識やスキルはすぐにまねされてしまう。誰も持っていない経験でスパイキーになれば、自分にしかできない仕事が出来上がる」
仕事ができる、というのは、これからは「その人にしかできない仕事」を指すのだ、と彼の好きなビジネス書にあった。大学や資格の合格歴や頭のよさというのは畢竟、与えられたものをどこまでできるか、を計測しているに過ぎない。そこで脱線する力だとか寄り道する力などは図ることができない。3週間後に秘書1級に受かるというのは、強いて要領の良さや計画のうまさの証明にはなるだろうが、所詮は自分一人でできることである。
「15年前か、自分が漢検受けたのって」
弓「なんで地下鉄の乗客って皆同じようなしぐさなんやろ」
発泡スチロールの感触が左手に伝わる。カップの水面に、先日カットした前髪と紅い瞳が映る。塗った爪で、チョコレート菓子の小袋を開ける。
大学のキャンパスというのは、どこも同じような構造だ。カフェテリアには芝生と、ほんの申し訳程度のテラス席がつきものだ。
子供みたいに、彼女は姿勢を崩す。自分が人を操る人間だということを、全く感じさせない程度に。
向こうから人が歩いてきた。見慣れた猫背と、リュックの担ぎ方。
山「よお」
弓「また街歩き? 相変わらず飽きへんねエ」
彼がここに来るということは聞いていなかったが、何故か不自然さはなかった。(私暇な土曜は外大のキャンパスで朝食取るんよ、と彼に話したことはあった)
山「家族は…友人は元気…?」
特有のどこを見ているか分からない視線で、キャンパスの建物を観察する。
弓「ええ」
山「ほな、帰るわ」
弓「あれ、今日街歩きは?」
山「いいや、敵を見に来た」
頭おかしいで、と心の中で突っ込むのは、これで何回目だろう。
ナイフとフォークでパンケーキを切る。飲み込んだコーヒーの味は、相変わらず酸味の強いものだった。
Web会議アプリが発達した現在、我々はいつでも繋がることができる。理論の上では。
「へえ、ほなほかのプロジェクトもやってはるんですね」
“参加している”のではない、“首を突っ込んでいる”のだ、と訂正したいのを抑え、そうですね…と返す。
「うちみたいにフリースクール運営する団体ってまだまだこの辺は少ないんでね。ま、気軽に参加してくれたら幸いです」
ボランティアスタッフ募集のサイトで偶然、「スキル不要」「単発OK」「社会人大歓迎」という文言と企画の面白さに惹かれて、気づいたら応募ボタンをクリックしていた。「ぜひ面談したい」というので応じた。やりたいことをやるのに時期だ身分だなんて関係あるか、そう思って。
当日は伊川谷に朝9時と指定された。歩いているだけで暑いと感じるようになる、そんな日。
「夏休みの自室って例年だいたいこんな感じやな」
今日の議題は、次回のイベントにいかに人を集めるか、であった。
その団体は、寺を拠点に多世代交流を行っている。衰退が進む神戸各地において、こういった地域コミュニティの維持は急務なのだろう。毎回テーマを決めて、それに即したイベント内容や講師を手配。
山本はチラシ作りを任された。何故かは知らん。
「あえてターゲット決めずに、いろんな人に来てもらいたいですね」
山本はずっと、ファミリーパックの菓子類の袋に目を落としていた。
四角乱獲をやめて、シンデレラタイムを地域活動検索につぎ込むことができるようになった。
その先日6/16、秘書1級試験だった。しかも、駿台模試を受けたのと同じ会場、同じ部屋だった。それで資格遍歴を終わりにしようと思っていたのだが、とある理由で法権を受けることとした。もっとも、寝る前5分と翌朝10分の緩い対策でも受かる(公式テキストの中からしか出ない)。もしかしたらITパスポートもうけるかもしれないが、あれは連休などまとまった休みがあればすぐとれる。なので実際は今回で資格マニアを引退することとなる。一夜明けた今朝、コーンフレークを皿に空けて、牛乳に浸す。塗り薬を1日2回にした。
「The sense of WONDERといきますか」
過去のあれこれに縛られないこと、思い返せば、自分はいつだってそうしてきた。
今は便利になったもので、往復1800円の1デイパスで神戸から姫路まで行くことができる。
「確か夏至が6月22日で、半夏生が7月2日?」
誰に問われるまでもなく鍛えた秘書知識を披露する。神戸では5節句の日にそれぞれフェスがある。
山陽電車のクロスシート車で紙パックのオレンジジュースを吸う。何故か自分は何かに熱中するとき清涼飲料と私鉄の特急の全面展望を体が欲す。
山陽で姫路に行く等何年ぶりだろう? 1回目は小学生の時、的形で貝を拾ってから姫路の山陽百貨店へ向かった。あとはビジネスで来たくらい。携帯で法律択一対策のアプリを開き、ぼんやりと画面を眺める。
「答えはたいてい稼働領域の外にあったりする」
自分が姫路に行くのは、街歩き以外にもう一つ理由があった。自分はとにかく友人が少ない。ただ唯一、幼稚園のころから未だに交友が続いているのが、姫路の友人だった。
自分に言わせれば彼は一番身近なニューエリートだった。暇さえあれば彼の倍の勢いで資格を取り、海外の友人とも交流し、いったいどこからそんな行動力が出るのか自分は不思議だった。
今度姫路に行くんよ、と彼に伝えても良かったのだが、自分はあえてそうせず、お忍びで行くことにした。
姫路にも興味深い地域活動が多々ある。いくつか狙っている物も存在する。
「で、当日のパワポが誰か?」
「なんも情報上がってない」
「それ絶対確かめといたほうがええで。絶対やってないやつ」
客が消えたフィットネスジムの一室で、何人かの20代が話していた。
「ってかそんな都合のいい服ある?」
「友人からもらったんや」
自分はいつも優秀な人間の中に身を置くようにしている。人間とは周囲5人の平均になるのだ。21時を回った地下鉄の車内は、緑色の座面が見えるほどにはすいている。
西「来週か。大人になって出し物するとは、思ってもおらんかったな」
窓ガラスに、背板にもたれる姿が映る。
岩谷は日曜近場のSCまで行くのが日課である。同じ売り場、いつもと同じような客層、それを確認するかのように、彼はレジへと進む。2階の喫茶チェーンが混むのは見慣れた光景だ。自宅の半径500mでも休日らしい気分を得ることができる。
彼が出費を抑えるのには理由があった。沖縄と台湾へ行くのだ。
ニュータウンという幾分か閉じられた世界にいたせいか、かれはかつてから外の世界に興味があった。先日参加した青年会で偶然台湾での交流プログラムが発表され、10月に年休を取っていくことにした。
「高校以来やね」
Youtuberの旅行解説動画を見ながら、そうつぶやく。画面の中では色彩加工されたカットが繰り返され、字幕が躍っている。
姫路外遊を午前で終え、山本は電車を乗り継ぎ海岸線に乗り換える。
「あいつ楽しそうやな」
西山は機材を担ぎ、連絡通路の先を歩いていた。あの歩き方はさしずめ発表会とかそういった感じか、と最近読んだ心理本知識を披露する。自意識過剰な知識と過小評価な経験が、交差する。
集中できるときとは、熱中できるときとは、どのようなときなのだろう。その瞬間、人は追われるものから追うものになる。扉が閉まった瞬間加速を開始し、曼荼羅のように指令無線が脳天を駆け巡り、長かったり短かったりする駅間を繰り返す。そんな感覚に、山本は飢えていた。そうなりたいと願って降りてくるものではないのだろう。
夏祭りのポスターを見、ようやく七夕が近いことを知った。べたつく手で、脂ぎった頭皮に触れる。いつもの彼の癖だ。左右の肩が平衡を崩している。
西山は駅南側に張り巡らされた連絡通路をいくつか渡り、昼下がりのアスタくにづかへと向かう。ブースを出すにあたり使えそうなものを入手するのである。
吹き抜けとエスカレーターが目に付く。人がまばらなせいか、通路が広く見える。串カツ屋、マッサージ、個人商店のエトセトラ……
「山本みたいな人間はさ、」
タイルの目地を目で追う
「外の世界を知らなくていいから幸せだよね」
洋服の内側に熱気がこもる。ニュースでは飽きもせず、今年の夏は例年より暑くなると伝える。
駅から歩くこと20分、目当ての100円ショップに入る。
弓「ゴーヤチャンプルーの素?」
アイロンの手を止めて、何故か視線は床に置かれた生協のチラシをぼうっと眺めていた。つけっぱなしのバラエティーは、笑う女性司会者と苦笑するひな壇を交互に映す。
「新長田やったらあるんちゃうの?」
西「前提が破られたわけや」
「あ。でも、こないだ岡本を通った友人がカルディにあった言うてたわ」
「ありがとう」
通話を切った西山は、画面を数秒見る間、山本の社会性を計測しようとしていた。次の瞬間、意識は京の午後のタスクへと戻っていった。
「神戸におけるコミュニティが干上がりつつあるらしい」
岩谷はそんな話を山本から聞いた。
「うちの顧客って最近どこが多いと思う?」
「老人ホームか? そんなもんどこもそうだと思うが」
そういえば、先日秘書1級の面接だった。それに先立ち、彼は口座を受けた。
「早口だと減点されますので、そこを意識してみましょう」
私は面接試験というものが生理的に合わないらしい。これは対策すれば云々の話ではない。無理としか言いようがないのだ。 抑揚をつけて言葉を話したことも、感情を込めたこともない。 今まで私と会った友人の多くは、コミュ障だと知って離れていった。それに対しとくに不快感はなかった。そうだろうなと思って。 「コミュ障癖など笑い捨てよ」十年前、クラスの男子で唯一ダンスサークルに入った自分を思い出す。
帰りの電車でいつものように法学検定テキストを斜め読みする。十五分ごとにタスクを変え、少しでもフロー状態に近づこうとする。課題を見つけて突っ走り、見つけて突っ走り、それが1日のうちに何度も繰り返される。
駅から自宅へ歩いていると、ふと、近所の縁日が目に入る。雰囲気に惹かれて境内に入るが、5分で飽きてしまう。なぜなのか。
瞼の裏に方眼紙みたいなものが移り、だんだん濃くなっていく。やがて8ミリビデオみたいなものが流れる。が、今日はうまく寝れない。
起きているとも寝ているともつかぬ状態で窓の外を見る。ふと、夏祭りの時期だということを思い出す。この時期になると、毎週末沿線のどこかで縁日や盆踊りだ。
昔は近所であっても出かけたりイベントに足を運んだりは何よりの楽しみだった。今は以前ほどワクワクを感じなくなった。下町に行っても、開発地でも、「そこに来た」という感じを得ないのである。
「次は、名谷、名谷、須磨パティオ前です。」
「The next stop is Myodani. Station number,S12.」
車輪のフランジがきしむ音で、岩谷は立ち上がる。この駅に着く前、電車は決まってポイントを渡る。
岩「あいつホンマにコミュ障なんか?」
山本は幼いころから自分をコミュ障と呼んでいる。しかし、彼と長年付き合っている幼馴染からは、「コミュ障」を詐称しているのではという声さえ上がる。
コミュ障が趣味で地域活動するだろうか? 会合の世界大会を目当てに台湾に行くだろうか? 討論クラブに入るか? 資格オープンチャットで対策法を展開するだろうか? どれも正気の沙汰ではない。彼は強いて言えば、コミュ障をひっくり返しているか、コミュ障を笑い捨てているか、追い越しているか、そういった人間なのだ。思えば、幼いころから「型にはまらない」人間だった。息を吸うように嗜好を変え、スライムのように回遊する。コミュ力主義や能力主義が押し寄せても、彼の前ではバターのように溶けていきそうだ。
「Wanderlust?」
駅員の友人がそんな言葉をつぶやいていた。
その頃、彼女の職場では妙な噂が飛ぶようになった。
「若者が平日日中に湊川に集まるらしい」
「苅藻に行くと、クリエイターは救われる」
「伊川谷は多世代交流のモデル都市らしい」
「朝活集団の聖地が中央市場にある」
地下鉄の沿線というのは、下町と未来都市が、予期せぬ形で一体となっている。決して石畳やステンドグラスのように美しくかみ合って居るわけではない。どちらかというとピサの斜塔や無秩序に形成された地下街の如く多少不格好になっている。連続しているが、そうなることは全く予定されていなかった。
そのせいなのか知らんが、炭酸清涼飲料水の如くスパイキ―な出来事や、ナシゴレンの如く好奇心を刺激する見聞が毎日のように発生する。現実世界とNET上の両方にファンクラブが設立される路線は日本にいくつあるのか。それが良いことなのかどうかは、当事者である利用者にすら判然としない。
西山も当路線の「一本に収まらない」路線への接近を実感していた。
先刻(朝6時)、休日のモーニングで立ち寄った喫茶店での会話は次の通りであった。
「休みの日は何してはるんです?」
と白髪交じりの店主が常連に聞く。目玉焼きを焼く音が聞こえる。
「特に何も。天気の良い日に商店街巡りへ。高齢者しか歩いていませんよ」
この会話には違和感がいくつかある。猛暑の時期に外を歩く人間などまれだ。最近は高齢者すらネット利用が増えていて、商店街はどちらかというとレトロを味わいたい若年層のほうが多く歩いているという指摘すらある。
巫女というのは暇なとき何しているのか、とよく問われる。彼女の場合は簡単に言うと、副業をしている。
コスプレと菓子好きが幸いしてかそういう関係のイベントを手伝うこともあるし、自治会から呼ばれることもある。信用が高いのだろうか。あとは趣味でニッチな寺社を取材したりするくらい。
困りごとや悩みを聞いていることも多い。自覚はないが、何故か彼女の周囲には人が集まる。
最近は鉄道業も待遇が改善され、休日に出る代わりに平日に休みを取れるのがありがたい。それと同時に、会話をする相手が増えた。
学校帰りの子供やシニア層は、現役層とは逆で、平日昼に暇なことが多い。それで困りごとを訊いたりする。
耕作放棄地が増えた、孤立する高齢者がいる、遊び場が減った、そういったところか。
山本が考える神戸の課題は、単一化が進んでいるという点でおおむね一致する。交流が生まれずに創造性をなくし、モノクロのようになっている
「一定地域内の交流はようやくなされるようになったけど、地域や区割りを超えた交流を行う機会はまだない」
姫路を外遊していて、彼はふと、そんなことに気づいた。タブを開けたオレンジジュースの香りが、ふわっとした視界をはっきりさせた。セミの鳴き声が、通り雨のように止んだ。
「初めまして。神戸在住の22歳です。この度、地域交流と多世代交流に興味を持ちました。是非一度WEBでもお話しませんか」
姫路から帰った山本は、ボランティアサイトの応募フォームにそう入力して、送信ボタンを押した。果汁を注いだ湯呑みを持つと、冷たさが左手に伝わる。彼はそれを一口飲んで、債権の知識を補充し始めた。
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