第3話

「件くんが東伝くんのところに行っちゃうと、こうして気軽にごはんを食べに行けなくなるから、少し寂しいね。生まれる前から自宅の庭に生えている桜の木が枯れちゃったくらいの寂しさ」

「でも確か、週に一回お休みをいただけるんでしたよね」

「うん。でも、平日にサボってとかは無理だと思うの。東伝くん、四角四面なところがあるから。そういう意味では自由じゃないからね」

「夢を叶えるためですから、それくらい平気です。全く休みがないのであれば、気持ちもまた違っていたと思いますが」

「ほんと真面目ね、件くんは。そういう真面目な年下くんだからこそ、いっしょに過ごすのがこの上なく楽しいんだけど。分かる? あたしが言っている意味」

「楽しいんだろうな、とは思いますよ。僕といるときの愚昧さんは、屈託がなくて、いい意味で少女らしくて。愚昧さんのリラックスした顔を見ると、全てを許せる気がします」

「『許せる』じゃなくて『許せる気がする』なのね。トンカツを奢るだけでは不満足かい? 若人よ」

「満足していますよ。文句なしに満足しています」

「東伝くんの人となりは随筆なんかで予習済みだと思うけど、ノンフィクションとは言い条、脚色もかなりあるしね。少なくとも、根性がひん曲がったどうしようもない人間ではないからね、東伝くんは。慣れない暮らしで最初は大変かもしれないけど、気負わずにやっていけばいいと思うよ。気負わずにね」

「そうですね。ありがとうございます」

「いつになるか分からないけど、また今度いっしょに食事をしたときに、仕事の報告を聞かせて。楽しみにしているから」

「気負いすぎないようにという愚昧さんの言葉、胸に刻んでがんばりたいです」

「そういうセリフを言っちゃう時点で、気負ってるような気もするけどね」

「あ……そうかもしれませんね。食事、一週間後くらいにまたよろしくお願いします。行くとすれば、やっぱり『紀尾井坂の虎』ですか?」

「そうだね。この店しかあり得ない」

「どうしてですか」

「だって、最初からそう決まっているんだもの」


 スズメバチの胴体にタコ糸を結びつけて低い空に遊ばせている、聡明そうな面差しのローティーンの少年。

 瞼が開閉する天使の人形が店頭に飾られている、玩具店。

 路傍に深々と穿たれた、奥底から亡霊のような、病人のようなうめき声が聞こえてくる穴。

 往来を歩き始めてからというもの、様々な不可解で荒唐無稽な事象を目の当たりにしてきたので、目印の樫の木を道の右手に見つけたときは、通行人から注目されるほど大きく安堵の息を吐いた。

 愚昧さんの地図によれば、樫の木の角を右に曲がれば一本道らしい。用済みとなった一枚を風呂敷包みに収め、指示どおりに進む。

 京山東伝宅は山を背に建っていた。敷地を囲繞するフェンスが設置されておらず、山と地続きになっているため、庭は広々とした印象だ。

 栄田くんの足が玄関扉の前で止まる。扉の真上の壁に飾られた、木の棒に突き刺さった鰯の頭部。表札に記された「京山東伝」の四文字。

 菊開月中旬の昼下がりに長距離を歩いたことを差し引いても、汗をかきすぎている。鼓動のテンポは正常を逸脱する一歩手前だ。憧れの作家との対面を目前に控えているのだから無理もない。

 深呼吸を一つして、インターフォンを鳴らす。数秒の間を挟み、足音が玄関扉へと近づいてきた。金属音が鳴って扉が開錠され、無音で開かれる。

「ああ、君か」

 それが京山東伝の第一声だった。

 声から色らしい色は読み取れない。顔に浮かぶのはどこか冷ややかな無表情。随筆やインタビュー記事などを読んだ限り、クールな人という印象は確かにある。藍色の作務衣を着ているのを見て、これもどこかで読んだとおりだ、と思う。こけた頬と青白い肌の組み合わせがいささか病的だし、眉間の皺が肉体的苦痛を訴えているように見えなくもないが、健康面での深刻な不安を抱えているわけではなさそうだ。

「本日から書生として京山先生のお世話になる、栄田件と申します。よろしくお願いします」

 深々とお辞儀をする。先生は栄田くんの礼儀正しさに満足するというよりも、当たり前の反応が返ってきたことに安堵したとでもいうように小さく頷き、

「話は三輪木から聞いている。まずは荷物を君の部屋に置いてもらって、それから仕事の説明に入らせてもらう。説明が終わったら、さっそくだが仕事だ。さあ、入って」

 先生、栄田くんの順番で中に入る。

 二辺を靴箱と壁に接する形で事務机が置かれている。さながら双生児のごとく机上に並んでいるのは、オーソドックスな黒電話とアナログ式の置き時計。どちらも新品ではないが、使い古されてもいない。ここが僕の仕事場なのだ、と栄田くんは直感した。

「さっそくだが、書生としての初めての仕事だ。戸締りを頼む。今回だけではなく、今後はその点に特に注意して生活してもらいたい」

「承知いたしました」と答えて、命じられたとおりに動く。先んじて履物を脱いだ先生に続き、草履を脱いで家に上がる。

 真っ先に案内されたのは、本日より栄田くんの自室となる一室。不必要なまでに大きな収納棚が置かれ、その脇に布団が畳んである。中央の卓袱台は書き物のさいに利用することになりそうだ。

 先生は部屋を使用するにあたっての注意事項を簡潔に伝え、次の一室へと移動する。各部屋を順番に回りながら、その部屋で行う仕事について説明するという形式だ。

 事前に伝達事項について整理しているのは明らかな、理路整然とした語り口で先生は説明する。簡潔すぎて言葉足らずに感じることもあったし、供給される情報の多さに混乱することもあったが、おおむね問題なく呑み込めた。

「察しはついていたと思うが、ここが君の仕事場だ」

 玄関に引き返しての先生の言葉だ。双眸は事務机の無機質な天板へと注がれている。

「喜多村信節作の『嬉遊笑覧』という書物にもあるように、玄関とは即ち幽玄なる世界に通じる関門だ。君には、京山家における関門の番人を務めてもらう」

「番人……」

「早い話が玄関番だ。家事・食事・入浴・睡眠・排泄などをしているとき以外はここに座り、choleraが家内に侵入しないかを監視してもらいたい。来客や電話には普通に対応してくれていいが、その間もcholeraに対する警戒は怠らないように、くれぐれも注意してくれ。仕事に関する説明は以上だ」

「あの……。一つ、お訊きしたいのですが」

 栄田くんが発言した瞬間、先生の顔が「やっぱりな」と言った気がした。不躾な真似をしてしまっただろうかと、反射的に口を噤む。しかし、先生は手振りで発言を促した。

「choleraとは、なんなのでしょうか」

「まあ、君は知らないだろうね。知らなくて当然だ」

 あらかじめその問いが投げかけられると事前に知っていたかのように、先生は即座に言葉を返した。

「しかし、知っておいてもらわなければ困る。……どう説明すればいいかな」

 顎に軽く手を添え、「いかにも考えています」というポーズを取る。しかしその横顔は、思慮の深みには沈んでいないように見える。

「一言で言うならば、名状しがたい存在、ということになるのかな。変幻自在に性質を変えるから、これという対処法がないのだよ。無策に甘んじるよりはましだから、君にこの仕事を任せることにしたのだが」

 栄田くんは説明の意味が呑み込めない。仕事と家に関するそれが理路整然としていただけに、急に精神状態を乱したような印象を持った。要するに、言葉で説明するのが難しい存在だと言いたいのだろうが、「対処法がない」という開き直りとも取れる一言には、言い知れない不安を感じた。

 君がcholeraを理解していないことは理解しているよ、というふうに先生は頷き、

「私は仕事に戻るから、君もがんばってくれ」

 栄田くんに背を向けて書斎へと消えた。


 性質が定かではない対象を警戒するというのは、奇妙なものだ。

 事務机に着いてから十五分ほどが経過し、栄田くんはつくづくそう実感する。

 外界から来るものなのだから、基本的には、屋外に注意を払うことが求められるのだろう。ただ、現時点では、肝心のcholeraがいかなる存在なのかは全くの不明。気にかけるべきは、音なのか、気配なのか、それとも匂いなのか。それすらも分からないのだから警戒しようがないのでは、と思う。

 そもそも、choleraは律義に玄関から入ってくるものなのだろうか? それすらも分からないとなると、いよいよ手をつけようがないという気がする。

 せめて、choleraの大まかな正体くらいは分からないものだろうか?

 暴れ出すと手がつけられない大型動物と、無差別に人家を訪問して住人を殺害する狂人と、空気感染して人を死に至らしめる病原体とでは、求められる心構えが大きく違ってくる。その相違すらも考慮に入れて職務に当たらなければならないのだから、難儀どころの騒ぎではない。

 重圧がかかる状況ではあるが、今のところ、栄田くんの精神状態は正常の範疇に留まっている。

 京山家にやって来たばかり、仕事が始まったばかりという意味では、緊張感はもちろんある。一度、書斎から物音が聞こえたときなどは、顔を振り向ける挙動は多少ぎこちなくなった。しかしその緊張の源泉は、あくまでも京山家に馴染めていないことや、仕事に不慣れなことであって、choleraではない。

 侮っているわけでは断じてない。油断した瞬間に襲いかかってくる類の敵なのかもしれない、という可能性は念頭にある。しかし、あらゆる意味で不透明すぎて、警戒レベルを一定以上に引き上げるのは難しい。

 時刻はたった今午後三時半を回った。夕食は六時半からと先生は言っていたから、炊飯する時間を考慮しても、あと二時間ほどは勤労を継続しなくてはならない。そんなにも長期間、最大限に外界に神経を尖らせ続けるなど不可能だと、やったこともないくせに思う。それも警戒心を最大限発揮できない要因の一つだった。

 そうは言ってもこれは仕事だ。まずはせめて十分間だけでも集中してみよう。

 そう目標を定め、実践してみた。栄田くんが定義するところの最高の集中力は、二分ほどしか持続しなかった。

 難儀だな。

 静けさに包まれた玄関で一人、密やかに苦笑をこぼす。

 音も、気配も、匂いも、現時点では観測できない。黒電話は永遠に鳴らないし、訪問者は永遠に訪れない。そんな気さえしてくる。なんとなく怖い気もする。choleraに対してなのか、静寂に対してなのか、それとも――。

 先生は、choleraはいつか必ず訪れる、という言い方はしていなかった。

 栄田くんとしては、平凡で平穏な日常が末永く続くことを願うばかりだ。


 台所を案内されたさいに、一週間分の献立が記されたメモを手渡され、「これを参考に毎日の献立を決めてくれ」と言い渡されていた。

 ラインナップは和食で、使われている食材は野菜が中心。梅干しを毎食食べているのと、蒲鉾がよく出てくるのが印象に残った。蒲鉾は料理の食材の一つではなく、おかずの一品扱いらしい。痩身の先生は少食で、ゆえに食に対するこだわりが希薄なのだろう。

 ただ、任されたからには喜ばれる料理を作りたい。栄田くんも先生と同じ料理を食べるのだから、自分のためでもある。

 メモを見て察しはついていたが、冷蔵庫の中に動物性たんぱく質を摂取可能な食材は乏しい。ストックが比較的たくさんあった、鶏卵と白菜、この二つを軸に献立を考えることにする。

 卵焼きに白菜の味噌汁、という組み合わせが真っ先に浮かんだ。目玉焼きや炒り卵も好きだし、喜ばれるだろうが、簡単すぎて手抜きを疑われかねない。先生はむしろ「手が込んでいない料理でも構わない」と言いそうだが、それは作り手としてのプライドが許さない。初日だからこそ、ご馳走ではないにせよ、しっかりとした献立にしたい気持ちもある。

 検討の結果、白菜の煮びたしと炒り卵の味噌汁にした。仕上げに溶き卵を投入するのではなく、油で炒めてから汁に投入するため、また違った味わいがある。大きな一つの塊にしたので、食べやすさとボリューム感が両立する。薄く濁った液体の中央に鎮座する鮮やかな黄色は絵的に映えるし、青ネギを散らせばより目に快い。味噌汁の実にするという変則的な形だから、手抜きだと見なされるのも避けられるはずだ。

 味噌汁も煮びたしも、先生は問題なく食べてくれた。味の感想は一言もなかったが、栄田くんは満ち足りた気持ちだった。

 自らの食事の番が回って来るまでの間は、choleraから京山家を守るために事務机に着いていなければならない。簡易な丸椅子に腰を下ろし、外界へと警戒の意識を向けながら、淡々と食事をとる先生の姿を思い返す。

 これまでの人生、誰かに料理を振る舞う機会は皆無だった。実家で暮らしていた時代は、料理作りの技術も知識も全くなかった。一人暮らしを始めたのを機に自炊するようになったが、男友達に手料理を振る舞うのは気恥ずかしく、その機会を避けてきた。

 誰かのために料理を作る。それをきちんと食べてくれる。どちらも、作り手にとってはにやけるのを抑えられないくらい嬉しいことなのだと、今日初めて知った。

 食事を終えて食堂から出てきた先生が声をかけてくれたので、順番が回ってきたのだと分かった。配膳した料理が完食されているのを確認し、鼻歌でも歌いたい気分で自らの食事の準備に取りかかる。


 人生初となる労働は、体力よりも気力を栄田くんから奪った。日課の日記はなんとか書き上げたが、読書や小説の執筆にまで手が回りそうにない。無理をして明日の仕事に支障を来すのも馬鹿馬鹿しい。さっさと消灯して布団に潜り込んだ。


 インターフォンが鳴った瞬間、栄田くんは反射的に身を固くした。彼が京山家で働き始めて初めての来客だったからだ。

『今日は私のいとこが来るかもしれない。もし来たら、話を聞くだけ聞いて追い払ってくれ。ちょうど君と同じくらいの年齢で、性別は女だ。執拗に食い下がってくるようなら、そのときは私を呼びに来なさい』

『その方と会う約束は交わされていないのですか?』

『私はあいつに用はないが、あいつは用があるから勝手に来るのだよ。会話に気を取られている隙にcholeraが忍び込む可能性もあるから、そのことを忘れずに応対してくれ。頼んだよ』

 つい十分ほど前に先生からそう伝えられていたので、訪問者は先生のいとこに間違いない、と栄田くんは決めつけた。しかし、椅子から立って扉の錠に手を伸ばしたところで、いとこ以外の人物の可能性も当然あると気がつき、インターフォンが鳴った瞬間のように体が硬直した。

「それ以外の人物」の正体は、もしかするとcholeraかもしれない。あるいは、いとこと共にcholeraも来訪した可能性も考えられる。疑えばきりがない。

 インターフォンを鳴らしたのだから、少なくとも人間のはずだ。そう自分に言い聞かせながら開錠し、扉を開く。

「やっほー! でんちゃん来たよ――って、あれれ?」

 鼓膜を震わせたのは、甘ったるい高音。

 栄田くんは声以上に、その人物の容姿に驚かされた。黄緑色の髪の毛、谷間が見えるほど開いた胸元、太ももが剥き出しな丈が短いスカート。そんなハイカラで、蠱惑的で、浮世離れした衣服に身を包んでいるのは、ハイティーンの少女。

 扉が開いた瞬間の馴れ馴れしさを考えても、先生のいとこなのは間違いない。

 見かけない顔だけど、君は誰? 艶やかでつぶらな瞳が問うてくる。未曽有の気恥ずかしさが込み上げてきて、とてもではないが顔を直視していられない。しかし視線を下降させれば、胸元から覗く白い谷間が視界に飛び込んできて、視線が重なっていたとき以上にどぎまぎしてしまいそうだ。

 先生は訪問を歓迎していないようだが、先生に用事があって訪れた客なのだから、失礼があってはならない。栄田くんは少女の目をしっかりと見返しながら、

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

「でんちゃんのいとこ。心愛っていうんだけど」

 性別の違い。年齢差。兄妹でも親子でもなくいとこ同士という関係。それらを考慮すれば当然なのかもしれないが、容姿も雰囲気もしゃべり方も先生とは大きく違っていて、驚きと戸惑いを禁じ得ない。実はcholeraが化けた姿で、いとこになりすますことで侵入を目論んだのではないか、とさえ疑った。ただ、一往復やりとりをした限りでは、邪念や嘘の気配は読み取れない。

「君こそ誰? 見かけない顔だけど。でんちゃんの友達? 隠し子?」

「書生として雇われた者です。昨日から働き始めました」

「そうなんだ。そりゃ知らないはずだよね。えっと、今でんちゃんは在宅?」

「はい。先生は昼食を召し上がったあと、ずっと書斎にこもられています」

「堅苦しいしゃべり方するんだねー。敬語とか使って、疲れない? そういうの、わたしは絶対無理。真面目くんなんだね、君って。そういえば、名前は?」

「栄田件、ですが」

「件くん、か。変わった名前! くーちゃんって呼んでもいいかな?」

「はい。お好きなように呼んでいただければ」

 栄田くんは口元を隠すように拳を宛がい、空咳をする。

 軽佻浮薄でフランクな心愛のようなタイプの人間とは、これまで付き合った経験がない。華やかさ自体は文句なしに魅力的だが、どうにも気圧されてしまう。威圧感とはまたベクトルが違う圧力だから、質が悪い。

「ところで、どういったご用件でしょうか」

「うん。ちょっとでんちゃんに用があるの。上がってもいい?」

「ご用件の詳細をお聞かせいただけますか」

「えー、やだなー。だって、くーちゃんにする話じゃないもん。身内だけでけりをつけたいから」

「あっ、ちょっと! ちょっと待ってください!」

 心愛がいきなり中に入ろうとしたので、両手を広げて遮る。

「えー、なんで? わたし、でんちゃんのいとこだよ? この前まで普通に出入りしてたのにー」

「先生を呼んできますので、少々お待ちください」

 穏やかながらも断固とした口調で告げ、扉を閉める。完全に閉まる寸前、「えー」という不満を表明する声が聞こえたが、押し入ろうとはしない。胸を撫で下ろし、書斎へ直行する。

 襖越しに心愛の来訪を報せると、先生はすぐに部屋から出てきた。詳細な説明を求めるのではなく、無言で玄関へ歩を進める。道のりの中程で振り返り、襖の前で棒立ちしている栄田くんを手招きした。すぐさま追いつくと、

「心愛を外で待たせたのはいい判断だった。すぐに終わると思うから、机で待機していてくれ」

 栄田くんは着席し、先生は玄関扉を開く。

「あっ、でんちゃん! こんにちはー。なんか、また痩せてない? まともに食べてないんじゃないの」

「書生を雇ってからは上等な料理を毎日食べている。そんなことより、用件はあれか」

「うん、あれ。よく分かったね」

「あのな、心愛。私の中ではその件は――」

 先生の手によって扉が閉ざされたので、それから先の会話の内容は定かではない。心愛の声は大きいし高いが、扉の厚みを超越するには力不足だ。栄田くんは天板ではなく膝の上に両手を置き、二人の会話が終わるのを待つ。

 十分ほどで先生が戻ってきた。心愛がつけていた香水の芳香を感じた。扉の隙間から外をうかがったが、本人の姿はすでになかった。

「心愛は明日以降も来る可能性があるが、対応は今日と同じでいい」

 先生は扉を閉ざし、施錠したうえでそう告げた。承知いたしました、と型通りに栄田くんは答える。とてもではないが、心愛と交わした会話の詳細について尋ねられる雰囲気ではない。

 書斎に戻る先生の足取りは、心なしか苛立たしげだった。


「『クル屋』という旅館で開かれる、新進作家倶楽部主催の宴会に出席するから、栄田には留守番を頼みたい。今日の午後五時半にこの家を出発し、十時過ぎに戻ってくる予定だ。夕食が出るから、君は一人で食べておいてくれ」

 昼食の配膳をしているさなかに先生がそう告げた。

 告げられたのが突然だったのにも驚いたが、先生が参加するイベントにも驚いたし、指示の内容にも驚いた。

 牛蒡のきんぴらの皿を卓上に置く。仕上げに白炒り胡麻を振るという、ささやかな工夫を凝らした一品。先生が食べるところをこの目で見て自己満足に浸りたかったのだが、それどころではなくなった。

「五日間君に仕事をしてもらって、留守を任せても差し支えないと判断したから頼むことにしたんだ。引き受けてくれるか?」

「はい、もちろん。わたくしはなんの問題もありません。ただ……」

「ただ?」

「先生は大丈夫なのですか? 夜道を一人で歩いているところをcholeraに襲われたら……」

「問題はないよ。絶対ではないかもしれないが、問題はない。choleraは基本的に私の在宅時に訪れるから、心配は無用だ」

 choleraは変幻自在の存在なのに、決めつけてしまってもいいのだろうか? そう言い切れる根拠は?

 納得がいかなかったが、京山家に来てからcholeraの存在を知った栄田くんよりも、確実にcholeraに詳しい先生が断言しているのだ。承知いたしました、と再び頭を下げ、食堂から出て行く。


 昼過ぎから降り始めた小雨がやまない中、出発の時間を迎えた。

 蝙蝠傘を手に玄関扉を潜る先生を、栄田くんは事務机に着いて見守る。玄関先まで出るつもりでいたのだが、先生が「そのままでいい」と命じたのだ。

 扉が閉まり、外から施錠される。遠ざかる足音は早々に雨音に紛れた。

 事務机の上の置き時計の針が刻む音。雨粒の落下音。二種類の音のみが、栄田くんが身を置く世界では聞こえている。

 一人きりだと自覚して真っ先に意識したのは、孤独だ、ということ。

 京山家で働き始めて以来、栄田くんは常に京山家の中で過ごし、先生は常に在宅だった。先生は殆どの時間書斎にこもっていたが、その存在を感じるだけで一人ではないと思えた。厠や自室や風呂場など、自らの意思で密室にいる場合でも、感じ方に大きな変化はなかった。執筆や読書など、創作に関する作業に励んでいる間は目の前のことしか考えないので、孤独について思いを巡らせる機会はそもそも訪れない。長屋で一人暮らしをしていた時代も、友人の総数こそ少なかったが、助けを呼べば直ちに駆けつけてくれた。孤独という状況・状態を経験すること自体が稀だった。

 寂しいと思う。怖い気もする。不安かと問われれば、間髪を入れずに首肯しただろう。当然、気分は晴れない。

 悪いのは、陰鬱な小雨か。それとも、世界が滅びたあとも動き続けそうな時計の秒針の音か。

 どちらかが、あるいは両方が消えたとしても、気分が改善することはないだろう。一人きり、という状況が改まらない限りは。

 栄田くんが来るまでの先生も、同じような心境で日々を送っていたのだろうか?

 一人で過ごす時間が長かったのは確かだろう。仕事に忙殺されて、孤独を感じる暇もないのが実情かもしれない。ただ、ふと手を止めた拍子に、孤独である身の上を強く意識し、物思いに沈むことはあったはずだ。

 寂しさ、恐怖、不安。今、栄田くんはこれらの感情を覚えているが、いずれも主張はそう強くない。

 ただ、考え込んでしまう。choleraについて、ではなく、先生について、でもなく、自分自身について。

 現状に甘んじていてもいいのだろうか。正体不明、いつどのように来るかも分からないcholeraを警戒しているだけで、給料を貰う。こんな生活を続けるのが、果たして正しいのか。

 突然、腹の虫が鳴いた。夕食がまだだ、と気がつく。

 先生が不在だから羽目を外したい気持ちもあるが、冷蔵庫にご馳走を作れるだけの食材は残っていない。栄田くんの技量と知識と経験では、創意工夫によってカバーするのも難しそうだ。買い出しに行こうにも手元に金がない。店の人間に事情を話してツケにしてもらう? できなくはないだろうが、そこまでしてご馳走に固執する理由はない。

 炊飯の準備は淀みなく整った。炊き上がるまでになにを作ろう?

 質素なりになるべく豪華な料理を、と最初は考えた。しかし、先生のために少しでも栄養がある食材を残しておくべきだ、という思いが待ったをかける。食にこだわりを持たない先生は、家に食材があるうちはそれで作るように、と命じる気がする。だから、よいものから順番に食べるのではなく、なるべく残しておく。そのような発想を持てた自分が、誇らしいような、微笑ましいような気持ちだ。

 しかし、いざ実行するとなると気乗りがしない。

 先生は食事に関心がない。栄田くんが作った料理を褒めてくれたことは一度もない。

 一度もないのは、小説に関する教えもそうだ。愚昧さんの話によれば、それも報酬の一つのはずなのに。

 先生は栄田くんを作家仲間が集う宴会に連れて行かなかった。教える意欲が乏しい証拠だ、と栄田くんは考える。相手はプロ作家だ。一介のアマチュア物書きに過ぎない栄田くんと、彼らが直接交流する機会は絶望的だろうが、プロ作家がいる場所でひとときを過ごし、同じ空気を吸うだけでもなんらかの意味がある。そうは考えなかったのだろうか?

 全般的に先生は栄田くんに厳しすぎる。冷たすぎる。主人が威厳をもって従者に接するのは当然だとしても、冷ややかな対応を取るのはいかがなものか。

 今、孤独感を抱いている原因の何パーセントかは、先生にあるのでは?

 突然、インターフォンが鳴った。

 栄田くんの肉体は、脳髄を除いて硬直を強いられた。

 訪問者。まだ日没して間もないとはいえ、人々が仕事や学業を終える時間帯になって京山家を訪れた人物がいる。

 候補者として真っ先に浮上したのは、先生。

 体調不良などのアクシデントがあり、先生だけが帰宅を余儀なくされた。あるいは宴会が中止に――。

 そこまで考えたところで、この家の主人である先生がインターフォンを鳴らすのはおかしい、と気がつく。鍵を持っているのだから、自力で開錠すればいいではないか。

 次に思い当たった可能性が、cholera。

 名状しがたく変幻自在と言われているcholeraだから、行動パターンを予測するのは不可能に近い。ただ、先生の口振りから推察するに、choleraが標的にしているのは先生一人。栄田くんしかいない京山家を訪れるのは、行動としてはちぐはぐだ。先生が不在の隙に家内に忍び込み、帰宅したところを襲う腹積もりなのだとしても、わざわざインターフォンを鳴らして訪問を報せる理由はない。

 先生説、cholera説、これで二つが消えた。

 では、誰が?

 第三の可能性は思い浮かばないが、思案に耽っているうちに金縛りは解除されていた。

 椅子から立ち上がった直後、再びインターフォンの音色。一・五倍速の手つきで開錠し、扉を開く。

 冷たい夜気と共に淡い薫香が流れ込んできた。香水の香りだ。全容を視界に捉えるよりも一瞬早く、訪問者の正体に気がつく。

「こんばんはー。……あっ、くーちゃんだ」

 先生のいとこの心愛だ。

 鮮やかな黄緑色の髪の毛は、暗闇の中でほのかに光り輝いている。そのたった一つの事実に、栄田くんは圧倒された。服装は前回と異なるが、ハイカラさと露出の多さという意味では引けを取らない。唯一明確に違うのは、香水の主張がそう強くないこと。

「えっとね、でんちゃんに用事なんだけど、上がってもいい?」

「それは駄目です。客人を勝手に上げてはいけないと言われていますし、先生は外出中なので。宴会に参加しているんです」

「ああ、そうなんだ。じゃあ、入ってもいい?」

「いやいや、駄目ですってば」

 中に入ろうとする素振りを見せたので、両手を広げて遮った。

 体の動かし方で、本気で上がるつもりはないと分かったので焦りはなかったが、この人は苦手だ、と思う。言動がいちいち図々しく、遠慮がない。いささか過激な表現を用いるなら、知性を欠いている。なおかつ、本人にその自覚がない。

 自分とは住んでいる世界が違う人だ。そう否定的な眼差しで思う。

「えー、けち。じゃあ、くーちゃんでもいいけど」

「先生に用件があるのであれば、お伝えしますが」

「そうじゃないよー。文字どおり、くーちゃんでもいいの。あのね、あのね――食事がしたいんだけど」

「はい?」

「わたし、晩ごはんをまだ食べてなくて。というか、お金がなくて、食べたくても食べられないんだ。だから、でんちゃんにご馳走になろうと思って来たんだけど」

 栄田くんは渋面を作って小首を傾げた。要求があまりにも突拍子もなかったからだ。

 これまで接してきた限りでは、心愛は本音を率直に口にし、感情を素直に表出する人だという印象がある。目先の食事にありつくための金にも窮しているという訴えは、真実なのではないかと感じる。一方で、容易には拭い去れない軽佻浮薄なイメージは、罪悪感なく巧妙な演技をやってのけているのではないか、という疑いも運んでくる。

 突然、一陣の風が吹きつけた。屋外から屋内へ、心愛の体を通過して栄田くんにぶつかってくる軌道だったため、香水の香りが濃度を増した。日中の気温の高さがなにかの間違いかと疑われるくらいに、菊開月の夜風は冷たい。

 露出の多い服を着ているから、僕以上に寒く感じたに違いない。そう思いながら心愛の顔を直視して、小さく息を呑んだ。心細そうな、疲れたような表情が浮かんでいたのだ。

 心愛が本当に金銭的に窮しているのかは定かではない。しかし、彼女は現在空腹で、自力で食料を調達するのは難しく、食事を提供されたなら涙が出るほど嬉しい。そんな状況に置かれているのは確かだと、表情を見た瞬間に確信した。

 先生の命令の重大さは理解している。赤の他人、顔を一度二度見ただけの関係の人間であれば、「お気の毒ですが」などといった、月並みな言葉を盾に断乎として撥ねつけていただろうが、心愛は先生のいとこだ。先生は心愛を疎ましがっているようだったが、拒絶はしていなかった。

「分かりました。とりあえず家の中に入ってください。寒いですから」

「ほんとに? やったー!」

 心愛は胸の前で拍手をした。栄田くんは横に退いて通り道を作る。彼女は遠慮会釈なく扉の内側に体を入れ、履物を脱ぎ捨てて上がり込む。物珍しそうに事務机の上の双子を眺め、いるはずのない先生を気にするように書斎の方を一瞥し、食堂へ。栄田くんは扉を施錠してあとを追う。

「変わってないねー。一か月ぶりに中に入ったけど、全然変わってない」

 食堂の戸口に立ち、中の様子を眺め回しながらの感想だ。栄田くんが追いつくと、中央に置かれた食卓の外周をゆっくりと回り始めた。周囲に置かれているありとあらゆる物に、次から次へと視線を這わせている。初めてではないが物珍しくはあるといったその様子は、「一か月ぶりに中に入った」という発言を裏づけている。

 先程までの心愛のように戸口に佇み、彼女の様子を見守る栄田くんは、熾火のような嫉妬を自覚する。

 心愛は先生とはいとこ同士で、実際的な交流がある。交流を積み重ねてきた歴史がある。

 一方の栄田くんは、書生として住み込みで働き始めるまで、著作やインタビュー記事など、紙の上でしか先生と接したことがなかった。京山東伝という一個人に意識を注いだ時間は長いが、密度という意味では心愛に大きく差をつけられている。

 先生の心愛に対する扱いを見た限り、親密な関係を築いているわけではないようだが、それでも胸は疼く。我が物顔とまではいかないまでも、遠慮する様子もなく歩き回られると、ちょっと待ってくれ、と物申したくなる。

「あっ、ごはん! 今炊いてるところだね」

 心愛は稼働中の炊飯器を指差した。栄田くんへと振り向けたその顔は、さながら失くしていた宝物を見つけたかのようだ。瞬間、彼は気がついた。

「そういえば、ごはんを二人分炊いてしまいましたね。先生は不在なのに、習慣に引きずられて」

「じゃあ、ちょうどいいね。くーちゃんもまだなんだったら、いっしょに食べようよ。おかず、なにを作ってくれるの? もう作ってあるんじゃなくて、すぐにできるものを作るってことだよね」

「まだ決めていません。というか、心愛さんにご馳走するとは一言も言っていませんが」

「えー、そう? でもさ、余っているんだから食べさせてくれてもよくない? ごはんって時間が経つと味が落ちるから、炊きたてを二人で食べようよ。おかずは適当でいいから」

「そう言われても……」

「ねえ、お願い。本当にお金に困ってて、本当におなかが空いてるの。一回だけ、一回分の食事でいいから、わたしにご馳走して。お願いだから。ね? ね?」

 魅力的な容色の若い女性としての自覚をしっかりと持ち、効果的に使おうとするような上目づかいで心愛は懇願する。

 炊きたてでないと美味しくないという意見は、一理ある。それに現実問題、すでに家に上がった心愛を追い出すのは難しい。大人しく帰ってもらうための最善の策は、彼女が欲しているものを素直に提供することだ。

「分かりました」

 溢れそうになったため息をどうにか堪え、声に諦念を滲ませることで本心をほのめかせながら、栄田くんは答える。

「心愛さんに夕食をご馳走します。大したものは作れませんが、それで構わないのであれば席に着いてお待ちください。ごはんが炊き上がるころにはおかずも完成すると思います」

「マジで? やったー!」

 満面の笑みが咲き誇る。抱きついてきそうな喜びようだったので、栄田くんは反射的に身構えたが、心愛は大人しく着席した。天板に両の肘をつき、鼻歌を歌いながら食堂内の景色を眺める。

 彼は自分以外には聞こえない声でため息をつき、調理に取りかかる。


 人参と蒲鉾を拍子木切りにしたものを卵でとじ、醤油と砂糖で味つけをする。これで一品。

 今宵の菊開月らしからぬ肌寒さを考慮して、小町麩と青ネギと玉ねぎのすまし汁を作る。これで一品。

 炊き上がった白いごはんは、種を取り除き、細かく刻んだ梅肉を混ぜておにぎりにした。献立の参考にと初日に手渡された、先生の一週間分の献立の主食はみな白いごはんだった。だから梅おにぎりを握った。

「うわー、美味しい!」

 一早く食卓の上に出た梅おにぎりを、心愛は大仰な歓声を上げながら頬張る。空腹に苛まれているからこそ実演可能な、微笑ましくも豪快な食べっぷりだ。

「一膳飯屋の料理よりも断然美味しいよ。くーちゃんって料理がすっごく上手なんだね。羨ましいなー、でんちゃん。こんなに美味しい料理を毎日食べられるんだから」

 おにぎりが美味しいのは、高性能の炊飯器のおかげであり、高品質な梅干しのおかげであって、作り手の力量はほぼ無関係のはずだ。そう思いつつも、口角は持ち上がりっぱなしだ。

 普段、先生から料理の腕前を褒めてもらう機会は全くない。そもそも、手料理にポジティブな評価を受ける機会自体、これまで無縁だった。

 長屋暮らし時代に自炊を始め、自分なりのやり方で腕前を磨いたのは、あくまでも自身の生活のためだ。しかし、こうして喜びを感じている自分を客観視すると、誰かから褒められたいのが一番の動機だった気がしてくる。

「つくる」という意味では、文筆に関しても同じかもしれない。

 作家という夢は遠すぎて、書き上げた小説を、蓄積した作家論や文学論を、仲間から賞賛されるのが一番のモチベーションだったように思う。作家になる夢だって、小説を書くのが好きだからというよりも、執筆した作品の出来栄えをみんなから賞賛されたい、文才を賞賛されたいという欲求に基づくものだと言ってしまえば、それが正解だという気もする。

 同じ目標を目指す仲間とは、袂を分かったわけではないが、今はみな遠い場所にいる。京山家で働き始めてからというもの、習慣化している日記を除けば、まとまった文章を書く機会は捻出できていない。

 しかし、今宵、心愛から賞賛の言葉を受ける光栄に浴した。

 栄田くんの中で、なにかが遠慮がちに胎動している。

「ごはん、くーちゃんもまだなんでしょ。もたもたしてると、わたしが全部食べちゃうよー」

 心愛は挑むような口振りでそう言って、手にしているおにぎりにかぶりつく。彼女の食事のペースは速い。二品のおかずは各自に取り分けたが、主食であるおにぎりは大皿に盛りつけていた。

 栄田くんは急かされるような気持ちで一つ手に取り、大きくでも小さくでもなくかじる。自分の作品の出来栄えを客観的に評価するのは難しいが、空腹を覚えている人間であれば文句なしに満足できるクオリティではあるだろう。

 心愛は食事を進めつつ、他愛もない話を自由奔放に語る。食事をご馳走になったお礼だからでも、語りたいことがあったからでもなく、誰かと食事をするときはそうするのが普通だから、というふうに。

 野犬を解体し、その場でしゃぶしゃぶにして食べさせてくれる屋台。

 廃屋から現れたかと思うと路地裏へと消えていった、鈍色の噴霧器を小脇に抱えた、防護服にガスマスクという出で立ちの集団。

 天体望遠鏡を介して、路面の一点をいつまでも凝然と見つめている、女装した中年男性。

 栄田くんがこの家に来るときに歩いた、商店が立ち並ぶ往来を通って京山家まで来たらしく、そのときの模様を語る。語り口は軽妙で、感情表現は豊かだ。心愛が話し手で栄田くんが聞き手、という基本的な役割分担だが、

「その犬のしゃぶしゃぶというのは、無料で振る舞われていたんですよね。だったらそれを夕食代わりに食べればよかったんじゃないですか」

「嫌だよー、わんちゃんの肉なんて。わたし、食べたことがない食材を口に入れるの、凄く抵抗がある。食べたことがある食材を食べたことがない方法で調理した料理、とかなら平気なんだけど」

「分かる気がします」

「でしょ? そういう意味ではくーちゃんが作った料理は安心だし、美味しいね。あっ、そうそう。食べたことがない食材で思い出したんだけど――」

 時折栄田くんが話を振ると、心愛は昔馴染みのような気安さで言葉を返してくる。そしてそれをきっかけに、往来で見た光景からは離れた話題へと一時的に移行し、また元に戻る。そのパターンが反復される。

 しゃべるのが好きなのだな、と最初は思っていたが、明るい表情が絶えないことに気づいてからは、楽しいことが好きなのだ、と認識を微修正した。図々しいところがある性格からの連想で、行儀が悪いという先入観を持っていたが、箸の持ち方は正しいし、咀嚼音は立てないし、口の中に食べ物が入っている状態ではしゃべらない。

 栄田くんはいつからか、心愛と過ごす時間に爽やかな快さを感じていた。

 やがて卓上の食器が全て空になった。食べたおにぎりは、栄田くんが二なら心愛が三という比率。しゃべっている間こそ鈍ったが、それを補って余りあるほどハイペースで彼女は食べていた。

 普段の食事量に物足りなさを感じていた栄田くんとしては、この機会に腹に詰め込みたかった。食事を開始した当初は、自分の分が奪われる苛立ちもあったのだが、心愛と過ごす時間の心地よさに懐柔され、貪欲さは次第に薄れた。結局、腹八分目にあと一歩足りないような、いつもどおりの満腹度に落ち着いたが、心の満足度は高かった。

「ごちそうさま。じゃあ、でんちゃんが帰ってこないうちに帰るね」

 案の定、心愛は食べ終わるとさっさと席を立った。思わず苦笑してしまったが、機嫌を損ねたわけではない。

 玄関まで見送りに出て、何十分かぶりに事務机を目にして、玄関を守るのが栄田件に課せられた使命だ、という自覚が甦った。

 先生が帰って来るまでまだ間があるが、日常に復帰しよう。僕にとっても、心愛さんにとっても、そして先生にとっても、それが最善の対応のはずだ。

「今日はありがとうね。美味しかったし、助かったよ」

「どういたしまして。帰り、暗いから気をつけてください」

「くーちゃん、優しい! 大好き!」

 いきなりハグされたので、栄田くんの全身は鋼鉄のように強張った。

 香水の芳香が乱舞する中、柔らかなものが右頬に触れた。軽く押し当てられた、と形容するのが適当なその圧力は、二秒で消失した。

 心愛は彼から体を離し、年端のいかない女児のようなはにかみ笑いで手を振る。

「ばいばい。またね!」

 その手で扉を開き、京山家を去った。

 choleraのことを思い出し、扉の施錠に意識が向かなければ、先生が帰宅するまでその場に立ち尽くしていたかもしれない。


 ほぼ申告したとおりの時刻に先生は帰宅した。

 傘では防ぎきれなかったらしく、燕尾服の肩の狭い範囲が濡れている。行きには持参していなかった紙袋を提げていて、持ち方を見るにある程度の重量があるらしい。

 荷物が出るのであれば、なおさら僕を同行させるべきだったのでは? そう思わないでもなかったが、過ぎたことだ。

「留守番ご苦労。choleraは来なかったね?」

「cholera」という言葉が「心愛」と言ったようにも聞こえ、一瞬変な間を作ってしまったが、「来ませんでした」と答えた。その間を訝るように、先生は書生の顔を凝視する。

 心愛が帰ってから二時間が経っているから、香水の残り香は跡形もないはず。ただ、もともと匂いの中にいた人間の嗅覚を基準にした「跡形もない」だ。先生の感じ方は違っているかもしれないと懸念したが、

「安心したよ。あともう少し、仕事をがんばってくれ」

 そう告げて書斎へと去ったので、深く胸を撫で下ろした。


 入浴を終え、先生への挨拶を済ませ、自室で一人きりになってからというもの、ずっと心愛のことを考え続けている。

 キスをされた直後のように頭がぼーっとしている。脳の中心に力が入らない感じ、とでも表現すればいいだろうか。そのせいで、思案に割く時間を長く取っているくせに、同じことばかりくり返し考えている。

 僕はキスをされたんだ、心愛さんに――。

 唇同士ではないキスなんて、心愛さんみたいなハイカラな女の子にはなんでもないことなのだろうけど、キスはキスだ――。

 あれが僕にとって初めてのキスだった――。

 柔らかかった、とても柔らかい唇だった――。

 僕は心愛さんにキスをされたんだ――。

 京山家に住み込みで働き始めて以来、小説は一文字も書いていない。自宅から持ってきた選り抜きの京山東伝の著作は、一冊も読了できていない。書く方は現在スランプ中とはいえ。持参したのはボリュームがある長編小説が多いとはいえ。

 あっという間に就寝時間になった。消灯して布団に潜り込んだものの、目は冴えている。覚醒状態の頭を漫然と働かせているうちに、はたと気がつく。

 夢を叶えるための書く練習も読む習慣も満足にこなせず、一人の異性のことばかり想い続けている。

 これは、もしかして、恋というやつなのでは?

 緩やかに眠りに向かっていた目が一気に覚めた。意識は冴えたはずなのに思考は混乱に見舞われた。

 心愛に抱いている感情が恋心と呼ぶべきものだとして、自分はどう振る舞えればいいか、それが分からない。

 答えを知るために、なにを起点に思案を進めていけばいいのか、そんな初歩すらも理解できない。

 僕は書生であり、プロの小説家を目指す立場だ。先生はcholeraに悩まされていて、僕は仕事のせいで執筆のための時間の読書のための時間も満足に確保できていない。恋なんかに現を抜かしている場合ではないのに、僕は、僕は……。

 転機となったのは、心愛に対する感情は恋心ではないかもしれない、という可能性に気がついたこと。

 栄田くんは同年代の異性と密に交際した経験がない。希少で、なおかつ胸が高鳴る体験をしたことで、初心で単純に作られている心がまんまと勘違いをした。それが真相なのでは?

 今の栄田くんに見極めるだけの気力はない。考え疲れていた。だから、これ以上頭を使わなくて済む「心愛に恋をしたというのは勘違い」説が正しいと一方的に決めつけ、掛け布団を頭まで引き上げる。

 心愛はまた家に来るかもしれない、と先生は言っていた。そのときに本当の真実が明らかになるのかもしれない。

 そんな期待とも不安ともつかない想いを胸の片隅に残しつつも、ひとまず心愛のことは忘れて眠りに就くことができた。


 突如として黒電話が鳴り始めたので、栄田くんの肩は不可抗力的に跳ねた。隣に置かれたアナログ式の置き時計は午後九時を回っている。

 そろそろ先生が入浴する時間で、そのあとは栄田くんの番だ。今日一日の仕事もあと少しで終わる。

 気が緩みやすい時間帯なのだろうが、一定の集中力と緊張感は確保していたつもりだ。それにもかかわらず驚いてしまったのは、京山家で働き始めて今日で六日目になるが、電話が鳴ったのは初めてだからだ。

 電話をかけてきたのは誰なのだろう。出版社の関係者? 先生の家族? 心愛? ……cholera?

 まさか、とは思う。ただ、choleraが襲来に先立ち、大胆不敵で意味深長な予告電話をかけてくる可能性は、奇妙なリアリティを伴って胸に迫った。

 その説が正しいのだとすれば、直ちに先生に報告するべきだ。そう冷静に考える一方、choleraは音と同質の存在で、受話器を取り、choleraが発信する音声を耳にしたとき、それこそが京山家への侵入にcholeraが成功した瞬間なのではないかと、空想科学小説のようなストーリーを想像してしまう。

 緊張は刻一刻と高まる。一方で、呼び出し音は書斎にも届いているはずだから、早々に応対しなければ先生に不自然に思われてしまう、という危惧の念もある。

 短くも濃密な逡巡を経て、覚悟を決めて受話器を持ち上げた。

「もしもし。京山東伝宅ですが」

「あれっ、件くん? 東伝くんかと思ったら」

 声を聞いた瞬間、栄田くんの心は柔らかな温もりに包まれた。

「お久しぶりです、愚昧さん。電話は僕の机の上に置いてあるので、誰よりも早く出られるんですよ」

「玄関の見張りだけじゃなくて、電話のお守りもさせられているわけか。大変だね、給料もそう高くないのに」

「いえ、よい経験をさせてもらっています。働くのはこれが初めてですから、勉強になることばかりで」

「話をしてみた感じ、元気そうね。うん、安心した。話すのは一週間ぶりかな」

「明日で一週間ですね。今のところ大きな失敗なく仕事をこなせているので、それが自信に繋がっているんだと思います」

 失敗は確かにない。ただ、小さな不平不満がないわけではない。

 その気づきが心に陰りをもたらしたが、今は愚昧さんと会話中なのだからと、頭を振って振り払う。

「えっと、愚昧さんは先生に用事、ですよね」

「東伝くんにと言えばそのとおりなんだけど、本当に用事があるのは栄田くんなのよね。単刀直入に言うと、そろそろあなたに食事を奢ってあげたいと思って。明日のお昼十二時に、前回と同じく『紀尾井坂の虎』で。どう? 食べに行く?」

「行きたいです。たびたびご馳走になって恐縮ですが」

「まだ奢ってもいないのに、そういうことは言わないの。じゃあ、電話の前まで東伝くんを引っ張って来てくれる? あなたが伝書鳩になるよりも、そっちの方が早いでしょ」

「分かりました。……でも、愚昧さん」

「どうしたの。お腹でも痛い? それとも、明日で世界が終わる夢でも見た?」

「いえ、どちらでもないです。仮に僕と愚昧さんが昼食に出かけたら、その間、先生は一人自宅で過ごすことになりますよね。そこにcholeraが来たら、ひとたまりもないのではないですか? 本当に、僕が外出してもいいのでしょうか」

「choleraは来ないから大丈夫。分かってもらえるように説明するのは難しいんだけど、とにかく来ないから。あたしが断言するんだから間違いない」

 愚昧さんは爽やかな薄ら笑いが似合いそうな、砕けた口調で懸念を否定した。

「愚昧さん、もしかして、choleraに詳しいんですか? それとも、僕と食事がしたくて嘘をついているとか」

「疑り深いのね、件くんは。とにかく、東伝くんの許しを得ないと始まらないから、伝えてきて。よろしく」

 納得がいかないところもあったが、先生の許可を得なければ始まらないという意見は百パーセント正しい。そうでなくても、愚昧さんにいささか盾突きすぎている。

「すみません、分かりました」

 そう答えて受話器を置き、書斎へ。

 襖越しに用件を伝えると、無言が返ってきた。栄田くんは軽く息を呑んだ。言葉で返事をするのでも、無言で書斎から出てくるのでもない対応が取られたのは、これが初めてだからだ。先生とコミュニケーションを取るさいに不可分に抱く緊張が見る見る増幅し、不安感が芽吹いた。

「栄田、君にはすまないのだが」

「はい」

「choleraのこともあるし、君には家を空けてもらいたくない。今後ずっと外出は禁止、と言うつもりはないよ。もうそろそろ、食料の買い出しにも行ってもらいたいしね。ただ、働き始めてまだ一週間にもならないし、今回は三輪木との食事は見送り、ということにしてもらえないだろうか」

 宴会のときのように、先生は今回も留守番を命じるかもしれない、と覚悟はしていた。したがって驚きはないし、承諾することに異論はない。一方で、愚昧さんと時空間を共有する機会が失われて残念だ、という気持ちも当然ある。

 仕事なのだから、先生の命令なのだから、従うしかない。次の機会に外出を許可してもらうために、今は仕事をがんばろう。

 心の中でそう自らに言い聞かせ、気持ちを切り替えようとする。恐ろしい想念が念頭に浮上したのは、試みが成功に終わる寸前のこと。

 先生は、僕から楽しみを奪おうとしているのでは?

 京山家に来てから一週間が経とうとしているのに、小説のことは一ミリも教えてくれない。日々の食事は貧しい。せっかくのご馳走にありつく機会が発生しても、それを禁じる。宴会があったときだって、提供された食事の残りを持ち帰れたはずなのに、手土産一つなかった。

 働き始めて一週間にも満たないから、外出は控えるべき? よくよく考えればおかしな言い分だ。一週間に一度は休みがもらえると愚昧さんは明言していたのに。

 多種多様な思いが胸中で渦を描いている。正視し続けていると、眼底から滲み出してくる眩暈を催す成分に体がふらつきそうだ。

 目の前には先生がいる。返答を待っている。音を立てないように唾を飲み込み、栄田くんが口にした返事は、

「承知したしました。今回はそうします」

「賢明だな。それでは、三輪木と話をしてくる」

 先生は襖を閉ざすと、ついてくるよう手振りで促し、玄関へ向かう。栄田くんは黙ってそれに従う。

 決定に完全には納得していない栄田くんとしては、愚昧さんの抗戦を期待する気持ちがあったが、話し合いは拍子抜けするほど呆気なく決着がついたらしい。先生は無言で栄田くんに受話器を渡し、書斎に帰っていった。

「残念だったね。また来週誘うから、次こそは食べに行こう」

「分かりました。楽しみにしています」


「二時ごろに近所の寺へ出かけるから、君もいっしょに来てくれ」

 昼食の配膳をしている只中に先生からそう告げられて、栄田くんは息が止まりそうになった。

 栄田くんは少量の山葵を添えた醤油の小皿を手にしている。蒲鉾につける用の醤油だ。

 先生に対する不満。一つ一つはゼロと見なしても差し支えないほど小さいが、いくつも溜まったことで、「先生に対して不満を覚えている」と認めざるを得ない質量に達していた。

 決め手となったのは、愚昧さんと昼食に行くのを禁じられたこと。自覚の引き金は、本日の昼食の準備中に引かれた。

 本来であれば今ごろは、『紀尾井坂の虎』で愚昧さんと昼食を共にしていたはずなのに。そう思った瞬間、目の前の仕事に真剣に取り組むのが馬鹿らしくなったのだ。

 労働しなければ報酬は得られない、という意識が、警告を発するかのように浮上したため、職務怠慢という選択肢はひとまず除外された。しかし、いかんせん気乗りがしない。先生のために食事作りに最善を尽くそう、という心境では明らかにない。

 先生は食に対するこだわりがない。毎食の梅干しと、野菜中心のおかず、必須項目はこの二点のみ。その二点も、毎日の食事への関心が希薄ゆえに生まれたものだ。

 食事作りに関して、先生のために全力を尽くす必要はあるのか。気力を振り絞る必要はあるのか。

 そう自問した結果、蒲鉾で済ませてもいいや、という思いが芽生えた。その数秒後には、本来作る予定だった副菜を蒲鉾に替えよう、と方針転換した。主菜にはちゃんとしたものを作るし、基本的なルールは遵守するのだから、一品は蒲鉾でも構うものか、と。結果、サツマイモの煮物、蒲鉾、白米に梅干し、という献立になった。

『手抜きをしたのは確かですけど、でも蒲鉾は先生の好物だし、わざわざ山葵をすりおろしたんだから、文句はありませんよね?』

 そんな、ささやかな反抗。

『二時ごろに近所の寺へ出かけるから、君もいっしょに来てくれ』

 実行に移した直後だっただけに、先生の発言には驚愕させられた。

 宴会には連れて行ってくれず、一週間が経っても小説について教えてはくれず、愚昧さんと食事に出かけるのを禁じた。その先生が、いっしょに寺へ行こう、だなんて。

「時間になったらまた声をかけるから、それまでは通常どおり仕事に励んでくれ。二時まではあっという間だが、決して気を抜かないように」

「承知いたしました」

 山葵醤油の小皿を先生の前に置くのが恥ずかしかった。「失礼します」と頭を下げ、逃げるように食堂を出る。

 事務机に向かい、先生が寺でなにをするつもりなのかを考えてみる。ただ参拝に行くだけではないのはなんとなく察しがつくが、具体的なことはなにも分からない。

 京山家で寝食するようになって以来、すっかり世間の動きに疎くなった栄田くんには、あまりも難解すぎる謎だ。


 何事もなく十四時を迎え、先生が書斎から現れた。宴会に出かけたときは燕尾服に鳥打ち帽だったが、今回は普段着の藍色の作務衣だ。

「さあ、出かけよう。十五分ほど歩けば着く」

 先生に続いて栄田くんも外に出て、玄関扉を施錠する。扉を開けて、屋外に出て、閉める。その五秒ほどの時間でも、choleraは屋内に侵入可能なのだとしたらお手上げだな、と考えながら。

 先生が宴会に出かけたときは何事もなかったのだから、今回も何事もない。そう願うばかりだ。

 栄田くんが京山家にやって来るときに通った往来を、先生は逆方向へと進む。当時は晴天が続いていた影響で路面から砂埃が発生していたが、昨日だらだらと降り続いた雨がその現象に蓋をしている。

『本邦初上陸!』と大きく記された看板が出た建物の店先で、夥しい人間の髪の毛が混入した肉料理が振る舞われている。多くの通行人が見向きもしない中、ただ一人、魯鈍そうな顔の三十がらみの男が足を止めて料理の大皿を凝視している。店主と思しき、ねじり鉢巻きをした初老の男性は、三十男を完璧に無視し、甲高い声で客の注目を引こうと腐心している。

 店の前を通過し、先生は脇道に入る。日陰の中を道なりに歩いているうちに、前方の屋根と屋根の間に褐色の物体の一端が垣間見えた。歩を進めるにつれて視認可能な領域が広がっていき、やがて山門だと判明した。

 道幅が急に広くなる。同時に視界が開け、道が山門に直通していると分かった。門の周辺は人の行き来が盛んだ。老若男女の偏りはない。和服姿の人や被り物をした人などが目立ち、雰囲気はハレの日めいている。

 山門の両脇でラベンダー色の幟が秋風にはためいている。幟には白く文字が記されているが、揺れと遠さに阻害されて判読できない。

 先生の体が門の向こう側に出た。栄田くんは数秒遅れて幟に差しかかる。両手で押さえて動きを止めると、「九月度青空御開帳」の八文字が目に飛び込んできた。

 コンクリートで固められた参道をひたすら直進すると、一面に玉砂利が敷かれた広場に出た。人々がひっきりなしに行き交い、硬質だが軽快な音が奏でられている。奥手にそびえているのは、古色蒼然とした本堂。

 栄田くんはそれよりも、空間の中央に立てかけられた金色の屏風に心を惹かれた。陽光を受けて輝くその表面には、文字あるいは絵が描かれているらしく、全体が青みがかっている。空間内を歩いている人間よりも、屏風の前で足を止めている者の方が多い。

 先生は肩越しに栄田くんに一瞥を送り、境内に足を踏み入れる前と変わらない、落ち着き払った足取りで人だかりへと歩を進める。彼らから少し距離を置いて立ち止まり、屏風を見上げる。栄田くんは先生の左隣で足を止め、同じ対象に注目する。

 成人男性の胸の高さほどの木製の台が地面に直に置かれている。その台の上に、五メートル四方ほどの屏風が垂直に設置されている。

 描かれているのは、中世日本において一般的だった衣装に身を包んだ、僧侶、神官、武士、市井の人々。そして、魑魅魍魎。両者の割合はちょうど半々といったところだ。

 当世風の手法とはまた違ったアプローチでデフォルメされた彼らは全員、なんらかの行動を取っている姿を切り取られている。ただし、一定のリアリティを備えながらも写実性はさほど高くないため、なにをしているのかが分かりづらい。

 たとえば、中央やや左寄りに描かれた、右方向を向いて日本刀を振りかざした武士。彼の左にいる小鬼に斬りかかろうとしている、と解釈するのが妥当なのだろうが、武士の背中からは鮮血が火花のように噴出している。武士は被害者なのかもしれない、という可能性を念頭に周囲を観察すると、右隣に鍬を振りかぶっている農民の男が目に留まり、どうやら武士を襲おうとしているらしいと分かる。農民の頭上では、一頭の鵺が、今にも飛びかからんばかりに全身を緊張させている。しかし攻撃しようとしているのは、真下にいる農民なのか、その左隣にいる武士なのか、鵺の目を見ても判然としない。その鵺も、自身の左斜め上にいる、鋸を手にした大工らしき風貌の男から睨まれている。狙われている。

 そのような混沌極まる狼藉騒ぎが、約五メートル×五メートルの画面いっぱいに、立錐の余地ないほど密に、遠近法を潔く無視して展開している。

 収拾不可能な猥雑さと、様々な人種・身分の有象無象が醸すおどろおどろしい生命力に、栄田くんは圧倒された。散りばめられた謎や疑問点にばかり注意していたはずが、いつの間にか絵全体に圧倒されていた。

 他の観覧者も似たような心境らしく、誰もみだりに口を開かない。発言するとしても、連れの者に最小限の感想を伝えるか、感嘆の声を漏らす程度。大勢の人間が塊を形成しているにもかかわらず静かというのも、絵が持つ異常性の一部であるかのようだ。

 異様さに引き寄せられるかのごとく、一人、また一人と集団に加わる。その足取りは、催眠術にかかった者のそれを連想させる。

「この絵は『濁世終末絵図』といって、千年近くも前にこの寺の住職が描いたものだ」

 その声が先生の口から発せられたことに、栄田くんは二秒のタイムラグを経て気がついた。

 先生の青みがかった黄金色の絵を一心に見つめている。義務ではなく、義理でもなく、能動的に熟視している。

「百鬼院、という雅号を用いていた僧侶だそうだ。詩歌なども嗜んだ才人だったそうだが、謎も多くてね。『濁世終末絵図』は別人が書いたのではないか、そもそも百鬼院なる人物は実在しないのではないか、とも言われているんだ。しかし、少なくとも、この絵が千年前に描かれたのは事実。科学的にも証明されているらしい」

 口を動かしている間も、先生の真剣な表情は揺るがない。先生は四捨五入すれば三十になる年齢だが、現在の横顔だけ見れば、大志を抱いた十代の青年のようだ。

「この絵は日ごろ、本堂の奥の奥に厳重に保管されているのだが、月に一回、こうして一般公開されていてね。この絵を眺めていると、寺がこの作品を容易に人目に晒さない措置を取っているのも、頷けるとは思わないか」

 問いかけるような口振りだが、それでいて、ひとり言の気配を色濃く孕んでもいる。返事をするべきか、流すべきか。結論を下すよりも早く語が継がれる。

「百鬼院は己の画才を試すべく、全身全霊をかけて一つの作品を形にしたい欲求のもとに、この大作を描いたと言われている。仏僧や仏教徒、さらには当時この国を牛耳っていた貴族に対する、抗議や非難の意図を込めて描かれたわけではない、と結論している専門家が多いそうだよ。文献に残る彼の言行を見た限り、その線が濃厚なのではないかとね。真相は今となっては闇の中だが、私としてはその説を全面的に支持したいかな。百鬼院関連の資料を読んだ限り、その説が正しいと思えたし、私自身、文学や芸術に携わる者はそうあるべきだと考えている」

 先生が自らの文学観、あるいは芸術観について語った機会は、これまでに何度もある。しかし、絵画についてはこれが初めてのはずだ。

 憧れの人の未知なる領域に肉薄する実感に、栄田くんの全身の皮膚はひりつく。冷温のベクトルは正反対だが、鳥肌が立つのにも似た感覚だ。

「その説が正しいのだとすれば、極論、絵は焼き捨ててしまって構わないことになる。しかし、優れた作品を多くの人間に見せたいのは、凡人の悲しき性なのだろうね。不定期に一般向けに公開されるようになり、それがいつしか月に一度と定められ、私たちがこうして眺めている」

 発言が途切れた。次なる言葉を探しているらしい顔つきだが、絵図を鑑賞する意思を放擲するつもりはないらしい。

 白い着物の女性に馬乗りになって牙を剥き出しにした、双頭の人狼。

 槍で串刺しにした赤子を天高く掲げて行進する、翼竜の翼を生やした悪魔の一群。

 取っ組み合いの喧嘩をする、髪の毛が燃えている男と半纏を着た猫又。

 そのどれを、先生の瞳は捉えているのだろう。

「寺としては、昔の住職が描き上げた優れた作品の力によって、民衆の目と心を喜ばせたい一念だったのだろう。それがいつの間にか、絵を見るとご利益が得られることにされた。恋愛成就、金運、安産祈願……。時代によって変化したし、個人で自由に解釈してもらって構わない、というのが寺側のスタンスらしいのだが、近年になってよく言われているのが、厄除け。この絵には、ほら、数々の災厄が描かれているだろう。悪鬼、暴力、殺意――広い意味での災厄の数々が。つまりこの絵は、ありとあらゆる災厄を閉じ込めたものだ。閉じ込めたのだから、外へは出ていかない。したがって、この『濁世終末絵図』を網膜に焼きつければ、その者は災厄とは無縁でいられる。非現実的で、非科学的で、荒唐無稽な理屈だが、とにかくそういうことになっているらしい」

 栄田くんは理解した。先生がなぜ、『濁世終末絵図』を見るために寺を訪れたのか。今の話を聞いて、それが完璧に分かった。

 先生がおもむろに栄田くんの方を向いた。その顔は、栄田くんが理解したことを理解していると、言葉を口にするよりも雄弁に語っている。

「そう、cholera対策だ。絵図を鑑賞することで、choleraとは無縁でいられればと考えて、絵の公開に合わせてこの寺まで足を運んだのだよ」

 轟音が空を横切っていく。飛行機ではなさそうだ。先生を含めて、周りの人間の誰も上空を仰がないのを見るに、栄田くんだけが認識できる現象なのかもしれない。

 不可思議の正体を確かめたい、という思いが芽生えたが、余所見をするのは先生に失礼だ。飛行機ではないにもかかわらず、轟音を立てながら空中を移動している時点で、正体を確かめるのが恐ろしくもある。

 逡巡している間に栄田くんの上空を通過したらしく、音が遠のいていく。

「私はcholeraを病的に恐れている。君の目に触れる範囲内でいえば、そうだな、毎食梅干しを食べているだろう。あれもcholera対策なのだよ。この国が近世から近代へと移行しようとしていた時代、西洋から流入した感染症が爆発的に流行した折に、梅干しを食べるとその病気に罹らない、という迷信が流布したそうだ。その時代のこの国の人間が無知蒙昧だったのではない。当時はまだ効果的な治療方法がなく、藁にもすがる思いからそのような迷信が生まれ、広まったのだろう。私の場合も同じだ。choleraにどう対処すればいいかを知らないから、これはと思った方法はことごとく試している。百度参りを行ったこともあるし、般若心経を唱えるのが日課だった時期もあるし、風水にも手を出した。我ながら呆れるくらいに様々なことをしたものだ。……そして、今も」

 自嘲の色が口角に滲み、すぐさま消える。

「宴会の席では、先輩からも後輩からも心配性を笑われたが、怖いものは怖い。貧乏な家に生まれたから人よりも多く働かなければならないのと同じで、私はcholeraを恐れ、choleraと戦わなければならない星の下に生まれた人間、ということなのだろう。みなのように、choleraなど存在しないだとか、対策しようがないから足掻いても無駄だとか、開き直った考え方は断じて支持できないのだよ。意地を張っているのではない。そういう星の下に生まれた、ただそれだけなんだ」

 先生は、実はcholeraの正体を知っているのではないか、という疑惑が栄田くんの胸に萌した。

 それが正しいなら、choleraから先生を守る役割に任ぜられた者として、choleraがいかなる存在なのかを知っておく権利がある。義務と言ってもいいかもしれない。

「だから栄田も――」

 先生は、抱いたばかりの疑いが跡形もなく吹き飛ぶような、驚くべき言葉を吐いた。

「厳しい言い方になるが、栄田はよりいっそう精進しなければいけない。誘惑に流されることなく、ストイックな生活を送りながら、choleraに目を光らせる。そうしてくれることを期待して、私は君を雇ったのだから」

 頭の中が真っ白になった。世界から自分一人だけが切り離されたような、おぞましい感覚が総身を包んでいる。

 先生はなにもかもお見通しなのでは?

 食事の内容と量に対する不満。小説について教えてくれない不満。宴会に同行させてもらえなかった不満。独断で心愛を家に上げ、食事を振る舞ったこと。それらの全てを、先生は把握しているのでは?

 たとえば心愛の件だと、彼女に起因する匂いが家内に残留していて、それを根拠に、留守中に心愛を自宅に招き入れたと推測したのではなく、超能力を行使して秘密を暴いたのでは?

 荒唐無稽極まりない解釈だが、栄田くんにはそれが真実に思える。

 先生は『濁世終末絵図』に視線を戻した。栄田くんはその行動を、広い意味での慈悲だと解釈する。

 鼓動が速い。汗が盛んに分泌されている。絵図を鑑賞している人々のひとり言や、玉砂利の上を移動する足音が、事実として認識できるにもかかわらず、同じ世界に身を置いている実感が湧かない。未知なる巨大な飛行物体が境内の上空を飛び去った過去は、別世界における現実を切り取って貼りつけたもののような気がしてくる。

「では、そろそろ帰ろうか」

 先生は『濁世終末絵図』に背を向けて歩き出した。行きに通ったルートを線で表した場合、その上から数センチも外れることなく。

 遠ざかる砂利を踏む音に我に返り、先生のあとを追う。置いてきぼりにされる不安感ではなく、ついていかなければならない義務感に引っ張られて、ついていく。

 京山家に着くまでの間、二人は一言も言葉を交わさなかった。


 不平不満を口にすることなく、命じられた義務に殉じるべきなのか。

 対立を承知で、その果てに決別、あるいは追放があるのだとしても、意見や思いはしっかりと主張するべきなのか。

 本日の仕事が全て終わり、入浴を済ませ、自室で一人きりになって漸く、栄田くんはその問題について思案する。

 玄関の事務机でcholeraを監視している間は、考えるだけの心のゆとりはなかった。気を抜けば一巻の終わりの難敵だ、という認識が強くあった。

 業務を疎かにしてはいけないという思いは、仕事を始めた日以来揺らいでいない。薄れてもいない。先生に尽くさなければならないという思い。尽くしたいという願い。そう言い換えても式は成立する。

 ただ、その思いとは独立して、不満もある。不機嫌の黒雲がついて回るような陰気なニュアンスではなく、別の新しい単語を用意したくなるような、ちっぽけな不満が。

 しかし。

 雇われている立場にもかかわらず、先生に不満を訴えることが許されるのだろうか? そんな真似、おこがましいのでは?

 そもそも、先生は真実を見透かす特殊能力を持っているのだから、不平不満を胸に秘めていることも把握しているのでは? 隠し通そうとする意味はあるのか? 先生はむしろ、僕が不平不満を打ち明けるのを待っているのでは?

 馬鹿げている。特殊能力、だって? そんなもの、この世界に存在するはずがない。先生が持っているのは、素晴らしい文学作品を生み出す力、それだけだ。

 煎じ詰めれば、言うか言わぬか。

 二者択一。だからこそ、結論を出すのは困難を極める。いつまで経っても歩むべき道を定められそうにない。

 それは実質、不満を露わにすることなく生きていく道を選んだに等しい。

 本当にそれでいいのか?

 時間の流れを遅く感じるわけではないが、堂々巡りから抜け出せないため、気がついたときには就寝時間が目と鼻の先に迫っていた。

 今日も小説は一文字も書かなかった。

 読書だって、読書したうちに入れるのが恥ずかしくなるくらいに、一日あたりに読むページ数は少ない。

 日課である日記は、書きつづる内容が日に日に雑になっていく。

 ただ、仕事をこなすだけの日々。

 敬愛する先生に警告を受けた身で。

 仕事上、生活上の大小の問題を背負いながら。

 書生の仕事は自分にとって困難なものだと、仕事を始める前から覚悟していたつもりだ。

 とはいえ、この展開は。この現実は。この未来は。

「……寝よう」

 疲労感を隠せない挙動で消灯して布団に潜り込んだ。


 京山家に来て初めて、買い物に行く機会が巡ってきた。

「寺とは反対方向に通りを行けば、食料品店がある。さほど大きくはないが、ひととおりのものは揃えられると思う」

 小豆色の風呂敷包み、唐草模様のがま口財布を栄田くんに託し、先生は説明する。朝食を終えてからまだ一時間も経っていない。

「往来をさらに進むと製糸工場の跡地があって、現在は市場として活用されている。食料品以外にも珍しいもの、安く手に入るものもあるから、気分転換がてら覗いてくるといい。どこでどんなものを買うかは君に一任する。頼んだよ」

 先生への不満を自覚する前であれば、「気分転換がてら」の一言に仏のごとき慈悲心を見たのだろう。しかし今の栄田くんは、皮肉めいた無益な言葉だと感じた。

 先生の役に立ちたい気持ち。使命を果たさなければならない責任感。初めてとなる場所へ赴く気分の高揚。

 それらは決して弱くない。むしろ、胸中をほぼ隙間なく埋めている。しかしそこに、先生に対する不信感が混入している。割合としては僅かかもしれないが、決して無視できない存在感で。


 砂埃が立つ往来を昨日とは逆方向に進む。樫の木を曲がるまでは気分が重かったが、曲がってからはめくるめく珍奇な事象に意識を奪われた。

 膝を抱えれば人間が収まりそうな大鍋に、ブリキのバケツで黙々と水を注ぐ、腰が九十度近く曲がった金物屋の老婆。

 両の拳で殴り合い、血だらけになりながらも満面の笑みで歩き続けている、学ランを着た少年二人組。

 卵色の花が咲いた植木鉢を頭頂に載せ、落とさないようにバランスを取りながら交通整理をしている、無精ひげを生やした初老のガードマン。

 まるで『濁世終末絵図』の世界から抜け出してきたかのようだ。百鬼院が現代に生きていたとすれば、嬉々として彼らを一幅の絵に変換したに違いない。

 栄田くんとしては、百鬼院や『濁世終末絵図』についてもう少し深く考えたかった。しかし、いくらこね回しても想念はまとまらない。

 百鬼院なる人物に不案内だからなのだろう。絵画にさほど関心がないからかもしれない。それらとは異なる要因に阻害されたのだ、という気もする。たとえば、百鬼院は傑出した創作者であり、『濁世終末絵図』は類稀なる芸術作品だから、凡才の自分の理解が及ぶはずがない、といったような。

 草履のつま先になにかが接触し、栄田くんの意識は現実に引き戻される。

 動物の骨だ。一軒の食料品店の前の地面に、小石のように無造作に転がっている。長さは手の人差し指、太さは小指で、全身が灰色がかった白色。

 周囲を広く見渡したことで、店の前にはたくさんの白骨が散乱していることが判明した。跨ぐ人、踏み潰す人、迂回する人と、対応は十人十色。白が破砕される乾いた音は、音量以上に強く聴覚に訴えかけてくる。

 食料品店は先生が言及していた店らしい。店内は万人を受け入れ、万人から受け入れられる明るさに包まれている。外観や全体的な雰囲気は、ありふれた食料品店という印象だ。棚のデザインや陳列された商品の種類までありありと想像できる。

 製紙工場跡の市場とやらの様子を見に行ってみよう、と栄田くんは心に決める。牛頭が牽引する人力車が、骨を慌ただしく轢き潰しながら駆け抜けていくのを見送り、歩き出す。

 通行人の密度は次第に増していく。市場までの所要時間は聞かされていないが、そう遠くはないらしい。予測が正しいという確信があったから、路傍に廃棄された天蓋つきベッドに大声で話しかける、浮浪者風の身なりの中年男性を見かけても、心には漣すら立たなかった。

 六・七分ほど歩くと、行く手に目的地が見えた。「青空市場」と明記された巨大な看板が出ていたので一目で分かった。

 無機質なコンクリートの地面の上に、ある店は巨大な革製のテントを張り、ある店はチープなレジャーシートを広げただけの簡潔さで、思い思いの商品を販売している。食欲をそそるジャンクフードの匂いの主張が強い。規定の枠内に販売スペースを収めなければならない規定はないらしく、任意の場所に必要な広さだけ縄張りを確保しているため、通路は不規則だ。来客数は市場の広さと比べるとやや寂しいが、陳列された商品の百花繚乱が補って余りある華やかさを演出していて、総合的には活気が感じられる。

 順路の概念が存在しない入り組んだ通路を、好奇心の赴くままに逍遥する。そうするうちに気がついたのは、食料品を扱っている店はむしろ少数派ということだ。手作りらしい木彫りの民芸品。古い切手のコレクション。人間のものらしき爪を詰めた小瓶。食料品を売っている場合も、漫画雑誌の切り抜きを綴じたものとスモモの砂糖漬けが抱き合わせにされているなど、ひと捻りをした店が多い。

 ふと顔を上げると、前方に巨大なブロンズ像が屹立している。全高は十メートルにもなるだろうか。眼鏡をかけた壮年の男性を象っていて、西の空を雄々しく指差している。像の台座を囲う木製ベンチを占めているのは、休息をとる高齢者、談笑に耽る男女のペア、屋台の一品に舌鼓を打つ親子連れ。食事をとるためのテーブルセットも複数用意されている。

「あっ、くーちゃん!」

 突然の呼び声に、反射的に振り向いた。テーブルセットの一脚に座り、栄田くんに向かって手を振る者がいる。自らの存在を誇示すると共に、自らのもとに直ちに来るように促す動作。

 栄田くんが唖然としていると、その人は椅子から立って両手で大きく手招きをした。彼の足は自ずと急いた。近づけば近づくほど再会を果たせた喜びは膨らみ、あっという間に戸惑いを凌駕した。

「心愛さん! どうしてこんなところに?」

「それはこっちのセリフだよー。くーちゃんはここになにしに来たの? 買い物?」

「はい。家にある食材も残り少なくなってきたので、買いに行くように先生から命じられました。食料品店で事足りるそうなのですが、市場には珍しいものも売っているとのことなので、様子を見てこようかと」

「でんちゃんの命令かー。わたしに会いに来てくれたのかと思ったけど、違うんだね。ロマンがないなー」

 心愛は拗ねたような表情を浮かべたが、すぐに陽性の笑みが取って代わる。瞳、唇の両端、表情全体。どこをどう見ても、栄田くんに広義の好意を抱いているのは明らかだ。

 先生が宴会に出かけた夜の出来事の数々が脳裏を走り抜ける。込み上げてきた気恥ずかしさが発声の邪魔をする。

 視線を落とすと、剥き出しになった臍が視界に映った。今日の心愛は胸元こそ隠れているが、腹部と両腕を露出していて、スカートの丈は目が眩むほどに短い。かわいいだとかセクシーだとかいう言葉を通り越して、猥褻と形容したくなる。「わたしに会いに来てくれたのかと思った」の一言が尋常ではない迫力で胸を圧迫し、頬が熱くなる。

 反応が示されないのを訝しく思ったらしく、心愛が下から顔を覗き込んできた。勇を鼓して目を合わせ、

「すみません、面白味のない人間で。もう一度うかがいますが、心愛さんはどうしてこの場所に?」

「うん、それがね」

 心愛の顔が曇った。間を演出するように周囲を軽く見回し、寂しげな色を表情に追加する。

「実は、昨日からなにも食べてなくて。だから、試食品でも配ってないかと思ってここに来たんだけど、そんなものはなくて途方に暮れていたわけ。ナンパ待ちっていうか、奢られ待ち? 誰かが声をかけてくれて、いっしょにごはんを食べられたらなーと思って、朝からずっとここにいるんだけど」

「わたしに会いに来てくれたのかと思った」という言葉の意味が、再び変化した。

 心愛は京山家で夕食を食べたがった理由として、食事代を捻出できないことを挙げていた。現在の表情を見るに、あの説明は百パーセント正しかったらしい。

 老若男女が織り成す猥雑な賑わいの中、一人椅子に座り、憂鬱そうに頬杖をつき、救いの手が差し伸べられるのを待つ心愛を脳裏に思い描く。

 目的を果たせる見込みがどの程度あると、彼女は踏んでいたのだろう。実行に移したのだからゼロだとは考えていなかったのだろうが、決して楽観はしていなかったはずだ。陰気くさい顔をしていては、神に見放される。本来なら得られるはずの恩寵も得られなくなる。そんな非科学的な思いに囚われて、無理矢理笑顔を作っていたのかもしれない。

 常に楽しそうに振る舞う人だ、笑顔が魅力的な人だという印象は、あの夜からある。ただ、演技は決して巧みではない。ことに、隠したいと願うものを秘めておくさいの演技は。隠しきれずに露わになった苦しみや悲しみほど、痛々しく見える色はない。本来の笑顔が華やかなだけに、なおさら。

 そんなものは見たくない。誰だってそう思う。彼女の一点の曇りもない笑顔を一度でも見たことがある人間ならば、絶対にそう思う。

「というわけで、わたしといっしょにごはん食べない?」

「えっ……」

 心愛の発言よりも、表情の変化に驚いた。大きな括りでいえば微笑のままだが、隠しきれていなかった陰りの色が、徐々に薄れてやがて消えるのではなく、手品のように一瞬で消滅したのだ。

「だってくーちゃん、買い物に来ているんだからお金を持ってるでしょ。だから、わたしに奢る余裕がある。小学生でも分かる理屈だよ」

「それは理解していますが……。でも、先生からいただいたお金は、食料を買うためのものですから」

「わたしに奢るのも食料だよー」

「先生が食べるものを買うためのお金という意味です。厳密には僕の分も含めて、ですが」

「でんちゃんのため、でんちゃんのため、ばっかりだよね、くーちゃんは。そういうのって、かわいくて凄くいいなって思うけど、でももっと自由でもよくない? でんちゃんっていう檻から解き放たれて、わたしのために使ってよ」

「でも、渡されたお金はそう多くはないですし」

「だったら安い商品を買うとか、買う予定だったものを買わないようにするとかしてよー。迷惑をかけて申し訳ないとは思うけど、こっちも一大事だし。でんちゃんは食事には興味がない人だから、ちょっとくらいグレードを落としても文句は言われないって」

「そうかもしれませんが、しかし、イレギュラーな行動を取るのは……」

「でんちゃんに迷惑をかけないだけじゃなくて、くーちゃんのためにもなるんだよ。くーちゃん、わたしがこの前でんちゃんの家にお邪魔したときの感じだと、毎日質素な食事をしてるんでしょ。でんちゃんに合わせて。だったらさ、この機会に二人で美味しいものを食べようよ。羽目を外しちゃおうよ」

 絡みついてくる心愛をどう振り切ろうか、という思いがこれまでは優勢だったが、誘惑に身を委ねたい欲求がここに来て上回った。そして、逆転現象に戸惑っている間も見る見る膨らんでいく。

 先生に逆らってはならない。従うべきだ。

 その考えは健在だ。心の中で自らに言い聞かせもした。しかし、どうにも歯止めがきかない。

 心愛と対話している間も、食欲をそそる匂いが四方八方からひっきりなしに自己主張する。甘辛いたれが絡んだ肉が焼ける匂いが、狐色に揚げられた揚げ物の匂いが、フルーツと生クリームの匂いが、欲望に忠実になれ、身を委ねてしまえと、天使の声で悪魔のようにささやきかけてくる。

 この匂いに惹かれてこの場にやって来たのだ、と栄田くんは思う。先生に行ってみるようにすすめられたから。今後買い物をするかもしれない場所だから、下見として。それらも一因ではあるが、食欲を満たしたいというのが不動の主因なのだ。

 売っている食べ物はどれも美味しいだろう。なおかつ、庶民にも手が届く値段だ。自分や心愛の個人的な食事のために使ったとしても、その事実は恐らく先生には露見しない。心愛は食事を共にしても不愉快な人間では決してない。むしろすこぶる愉快な人だ。なにより人助けができる。

「分かりました。何品か奢るだけなら、別に構いませんよ」

「ほんとに? やったー!」

 心愛は子兎のように跳ねて喜びを露わにした。栄田くんは肩が軽くなったのを感じた。気が緩んだせいで、あと一歩で腹の虫が鳴くところだった。

「じゃあ、さっそく買ってくるね。くーちゃんはなにがいい?」

「心愛さんが食べたいもので構いませんよ。僕は一品だけでいいので、二品目以降は心愛さんの好きにしてください」

「分かった。じゃあちょうだい、お金」

 財布から紙幣を出して差し出すと、心愛は手元ではなく栄田くんの目をしっかりと見つめながら、金を持った手を自らの手で柔らかく包んだ。そして、紙幣を受け取る。

「席、確保しておいてね。頼んだよー」

 心愛は駆け足で、脇目も振らずに遠ざかっていく。栄田くんは椅子に腰を下ろし、小さく息を吐く。

 どうしてこんな展開になったのだろう。

 自問してみたものの、答えは浮かばない。というよりも、そもそも思案に集中できない。そわそわしてしまう。視線は自分らが着いているテーブルの白く安っぽい天板だが、意識は心愛に囚われている。

 彼女が戻ってきた。たこ焼きのパックを両方の手に持っている。収穫物をテーブルに置き、開封し、爪楊枝に刺して口に入れる。全てはあっという間の出来事だ。

「うひゃー! んまーい! 熱いけどおいひー!」

 心愛はがっつくように頬張る。盛んに動く上下の歯の間から、たこ焼きが咀嚼されている光景が垣間見える。会場のどこかで鳴り始めた断続的な銅鑼の音に、食べっぷりが加速していくようでもある。

 対照的に、栄田くんは息を吹きかけながら一口ずつ食べる。向かいの席の少女の食事の様子は慌ただしいが、彼はほっとした気分だった。

 心愛は食事に夢中、栄田くんは強いてしゃべろうとはしないので、会話はない。現在食べているものの味についての感想を、彼女が無意識のように口にするだけだ。

 これで充分だ、と栄田くんは思う。充分に満足だ。間食の愉楽、ジャンクな味を堪能する愉楽が、思いのほかちっぽけだったことに対する驚きはあったが、それすらもどうでもいい。

 僕はきっと、心愛さんが喜ぶ顔が見たかったんだ。満足がいく食事をしたい。それも一因なのだろうけど、主因ではなかった。先生を裏切った理由はそれだと決めつけたのは、きっと青くさい照れ隠しだったのだろう。

 僕はきっと、あの夜からずっと心愛さんのことが――。

 銅鑼はいつの間にか鳴りやんでいる。

 最後のたこ焼きが心愛の口腔に収まり、数回の咀嚼を経て嚥下された。栄田くんはやっと折り返しとなる四個目を爪楊枝に刺したところだ。彼女は桃色の舌で口元のソースを掃除し、

「美味しかった! ねえねえ、もっと食べていい? まだまだ食べられそうだから、食べたい!」

「いいですよ。僕はもう満腹なので、心愛さんの分だけ買ってきてください」

「ありがとう! くーちゃん、優しいから大好き!」

 テーブルの上に置いた硬貨を、心愛はいささか性急にすくい取り、出店が建ち並ぶ方へと駆けていく。栄田くんはすくい残された硬貨を眺めながら、漸く食べやすい温度になってきたたこ焼きを、たこを最後まで残しておくかじり方で食べる。

 アイスクリーム、フライドポテト、大判焼き。心愛は三種類の食べ物を一度に買ってきた。アイスで、油で、あんこで、口元を汚しながら元気よく食べる様は、年端のいかない子供のようで、栄田くんは口角が持ち上がるのを抑えられない。

「あー、食べた食べた! 大満足! 遊園地で一日中遊び倒したみたいな満足感だよ」

 心愛は背もたれに背中を預け、剥き出しの腹部を労わるようにさする。テーブルの上の容器は全て空だ。

「くーちゃん、ありがとう。おかげでお腹いっぱいになったよ」

「どういたしまして」

 素直にその言葉が口から出た。いっしょに食事をしないかと心愛に誘われた当初、迷惑に思った気持ちは今や跡形もない。空腹感が幸福な形で満たされたことだけが、その感情とは無縁でいられている要因ではないのは明らかだ。

「これからどうしようか。わたしと二人で市場を回ってみる?」

「申し訳ありませんが、僕は買い物に行かなければならないので、ごいっしょすることはできません。時間に余裕がないので」

「あっ、そうだね。残念だけど、奢ってもらったし、うん、しょうがないかな。重ね重ね、ありがとうね」

 しっかりと目を見ながらの感謝の言葉が照れくさく、栄田くんは無言で席を立つ。手を振る心愛に会釈で応じ、彼女から遠ざかる。

 少し歩いてから振り返ると、テーブルにすでに心愛の姿はなかった。

 キス、してほしかったな。

 栄田くんははにかんで頬を赤らめた。


 汎用性の高そうな食材を、日持ちを考慮しながら多めに買い込み、栄田くんは食料品店を後にした。市場での食事代と合わせても、金は足りた。

 今ごろ心愛はどうしているのだろう。一人で市場を散策している? それとも、どこか別の場所に遊びに出かけた?

 どちらもあり得そうな気がして断定はできない。心愛に関して、知らないことがあまりにも多すぎる。

 その事実が、栄田くんの心をネガティブな方角に向かわせることはない。今後も、頻繁にではないが交流を重ね、あの子にまつわる情報を漸次得ていくのだろう。そう朗らかに楽観している。

 たすき掛けにかけた風呂敷包みの重みが、充実感に変換されて栄田くんの肉体に伝わってくる。

 往来の真ん中で無数に跳ねる鈍色の蛙。人語をしゃべる三毛猫がラップ調で呟く愚痴。店頭に陳列された数多の骨董品から送信される「殺して」のテレパシー。

 観測した瞬間は呼吸も足も停止を余儀なくされたが、すぐに取るに足らない些事だという認識へと変化し、羽音一つ立てずに飛び立っていく。

 一定の存在感を誇っていた先生に対する不満は、心愛と過ごしたひとときによって完全に浄化されていた。

 問題自体は解決していない。時間が経てば再び主張を強めるのだろう、と想像はつく。それでも、栄田くんは今とても前向きな気持ちだ。

 心愛さんのことを小説に書いてみたい。

 自分と同年代の少女が主要登場人物として出てくる小説を栄田くんは一度も書いたことがないから、一朝一夕では難しいだろう。

 だとしても、力を蓄えて、いつかは。


 京山家の玄関扉を開くと、事務机の前で先生が仁王立ちをしていた。

 栄田くんは息を呑んで立ち竦む。何食わぬ顔をして買い物の報告ができるだろうかと、案じながら扉を開くと先生がいたので、心の中を読まれて待ち構えられていたような、そんな錯覚に襲われた。

 栄田くんの膝の高さの床の上で、足を肩幅に開いて佇み、一直線に見下ろす先生の顔は険しい。唇を真一文字に結び、細い眉を吊り上げて憤怒を表現している。

 こんな顔、これまで、栄田くんに対しては見せたことがない。

「お前の帰りが遅いせいで、私のもとにcholeraが来た」

 先生がおもむろに告げた。今にも爆発しそうな感情を懸命に抑えつけているようなしゃべり方だ。腰の横で拳が震えている。

 先生の怒りを観測した瞬間より心身を支配していた緊張が、一気に跳ね上がって天井を突き抜けた。

 choleraの侵入が、先生を中心とする世界になにをもたらしたのか。それを知りたくて、敬愛する人の顔を、恐怖を感じながらも改めて凝視したが、激しい怒りの感情が読み取れるだけだ。周囲に観察の目を走らせたかったが、先生の双眸から射出された視線の圧力がそれを許さない。

「分からないか。私はcholeraに感染したのだ。お前の帰りが遅かったせいで。お前が職務を怠慢したせいで。一見そうとは分からないかもしれないが、すでにcholeraに感染していて、手遅れなのだ。……おしまいだ。人生も、作家としても、なにもかも全て」

 どう答えればいいか分からない。触れた瞬間、致死量の熱で報復されそうな気がしたからでもあるが、それだけではない。「感染」という一言を聞いた瞬間、理解できたと思ったcholeraの正体が、先生のひとり言のような語りに耳を傾けているうちに、再び分からなくなってきたのだ。

 先生はおもむろに腰を屈めた。その足元には、見覚えのある風呂敷包みが無造作に置かれている。

 先生は風呂敷包みを掴み上げ、力任せに書生へと投げつける。受け止めた体は一歩二歩と後退する。栄田くんが京山家に持参した唯一の荷物である、抹茶色の風呂敷包み。重さから判断するに、栄田くんの持ち物の全てが収まっているらしい。

 恐ろしい予感に、栄田くんは弾かれたように顔を上げる。先生は書生に鋭利な眼差しを送りつけながら告げる。

「出て行け。お前は玄関番失格だ。一刻も早く、この家から去れ」

 悪寒とは似て非なる電流が背筋を駆け上がり、体が震えた。さながら走馬灯のごとく、京山家で積み重ねてきた思い出が脳内を駆け巡る。

 出て行く。この僕が。

 玄関番失格。この僕が。

 腹の底から込み上げてくる激情がある。抑えきれず、体が一瞬波打った。頭頂から爪先まで空白の余地なく熱い。

 京山家から出て行く? 嫌だ。

 玄関番として失格? 嫌だ。

 栄田くんは叫ぼうとした。心愛を助けていたから遅れたのだ、と。外に出ている時間が長くなったのは確かに自分の非だが、馘首を宣告されるほどの大罪だとは思えない、と。困っている人間を助けるのは人として正しい対応だ、と。

 しかし、発しようとした言葉は、先生がさも苛立たしげに吐き捨てた言葉により、枯れ葉のように呆気なく吹き飛んでしまう。

「私が把握していないとでも思っているのか? お前は心愛の食事代を負担しただろう」

 心臓が止まったかと思った。

 なぜ先生がその事実を把握しているんだ? 尾行して一部始終を見ていた? そんなはずはない。心愛を助けることが許容できないのであれば、その場で制止していたはずだ。

 だとすれば、残る可能性としては、予知能力。

 というよりも、世界を掌握する能力?

 さながら、神のように。

「九月度青空御開帳」に出かけたさいの先生の発言から、先生は特殊な力を有しているのでは、という疑惑を栄田くんは抱いた。荒唐無稽を理由に、一度はその可能性を否定した。

 しかし、まさか、本当に超常的な力の持ち主だったとは。

「その行為こそが、お前が玄関番失格である理由なんだ。困っている人間を助けるなど、必要ないではないか。お前の役目はcholeraの侵入を防ぐことだというのに、無駄な真似を」

 違う、と思った。反論しようとした。口を開こうとした瞬間、先生の双眸がかっと見開かれた。

「出て行けと言っているんだ!」

 声が風圧となり、真正面から力強く栄田くんの胸を突いた。ふらついた体が一歩二歩と後退する。咄嗟に踵に力を込めていなければ、転んでいたかもしれない。ずり落ちそうになった風呂敷包みを抱き締める。目頭が急激に熱くなる。

 無理だ、と思った。思ってしまった。言葉の圧力に負けた瞬間に。それが早すぎるのなら、唯一の荷物を地に落とすまいとした瞬間に。

 栄田くんは抹茶色の風呂敷包みを肩から外し、自らの足元に置く。腰を屈めた瞬間にこぼれ落ちそうになった涙を指で拭い、懐から取り出した財布を小豆色の風呂敷包みの上に置く。深々とお辞儀をする。

「短い間でしたが、お世話になりました」

 やはり返事はない。

 栄田くんは扉を閉ざし、京山家に背を向け、しゃにむに駆け出した。

 往来を疾走しながら、叫びたい気持ちだった。視界は滲み、呼吸は荒く、心は乱れている。通行人のみならず、魂を持たない無機物でさえもが、栄田くんの進路から左右へと退く。

 先生、と叫びたかった。

 実行に移さなかったのは、二度と手に入れられないという諦めがあったから。

 全速力で走っているはずなのに、家になかなか辿り着かなかった。

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