第5話 光莉がくれたもの

 私は、週刊誌の会社のファイルサーバーに入り込み、闇バイトの組織名、住所、幹部のスマホ番号などの情報を取得した。そして、その幹部たちのスマホに入り込んだ。


 多くの犯罪のデータがあり、そのうち老人を殺害した証拠もあって、全部、警察に匿名で送付しておいた。これで、ずっと刑務所に押し込めておくことができると思う。


 そして、調べてみると、お金を盗んだのは、週刊誌とかにあった若い男性。その男性は、実家は貧しく、子供の頃からとても苦労してきた。だから、光莉はいつも、相談に乗ってあげてたみたい。


 でも、魔がさしたのか、どうせ汚れたお金なので着服してもいいと自暴自棄になったのか、そのお金を持って逃亡したんだって。そして、見つかって、彼を入れたドラム缶はコンクリート詰して、東京湾に沈められたらしい。


 そして、最初は、その男性とよく話していた光莉も一味だと勘違いされて、殺害された。でも、その後、光莉は全く関係ないことがわかったんだけど、もう殺しちゃったんだから、放っとくしかないないだろうという幹部のメールがあった。


 光莉。無実の罪で殺され、死んだ後も1人で寂しかったね。もう、悩まなくていいからね。もう、苦しまなくていいから、ゆっくり休んで。


 光莉は、学校でいじめられた生徒、闇バイトの組織で悩んでた若い男性、そして何よりも私のことをいっぱい考え、助けてくれたの。本当に、天使のような人だったんだから。これからは、みんなの暖かい愛情に包まれ、永遠に幸せに過ごしてほしい。


 私は、光莉の無実を示すやりとりと、犯罪のデータを週刊誌に提供しておいた。これで、光莉の無実も公開されると思う。


 部屋の外はすっかり暗くなり、光莉がいないこの世の中はすっかり色褪せていた。そして、夜空を見ていると、一筋の流れ星が通っていった。光莉の涙だったのかもしれないわね。いくら、私が頑張っても、この若さで人生が終わっちゃうなんて、無念よね。


 私は着替えて、光莉のご葬儀に参加した。今夜は晴れたけど、最近は、雨の日が多く、地面には多くの水たまりが残っていた。光莉の涙が溢れているよう。真っ暗で、泥だらけの涙。


 でも、振り返ってみると、私って、ひどい人。光莉の気持ちを知りながら、都合よく利用していただけだもの。光莉が生きていれば、結婚とかできたんだろうか。想像がつかないけど、無理なんだと思う。


 多分、一緒に暮らすことはできても、結婚していますって、周りの人には言える自信はない。親も子供ができない夫婦って、認めてくれないだろうな。


 でも、光莉とはずっと一緒にいたかった。どうすれば、光莉の気持ちに応えられたんだろう。今の私には、わからない。本当に、ごめんね。来世で、素敵な人と一緒になって幸せに過ごして。そう言って、ご焼香をして、帰ろうとした時、光莉の弟さんという人から声をかけられた。


「あの、岸本さんですか?」

「ええ。」

「私は、光莉の弟です。姉が、岸本さんのこと、一番信頼できる親友だと、いつも話してました。今日は、来ていただき、本当にありがとうございます。最近は、週刊誌も、姉は全く悪くないと報道してくれて、うちへの攻撃はなくなったし、姉も安心していると思います。」

「弟さんなんですね。光莉がいなくなったって、まだ信じられない。この前まで、笑って、一緒に話ししていたのに。もし、よければ、別の日に、光莉のこと、もっと聞かせてもらっていいですか?」

「もちろんです。じゃあ、連絡先、この紙に書いていただけますか? 今日は忙しいので、後日、ご連絡します。」

「そうですね。では、ご連絡、お待ちしています。」


 2日後に連絡があり、日曜日のお昼に喫茶店で会うことにした。


「今日は、お時間をいただき、ありがとうございます。」

「いえ、こちらこそ、光莉のこと聞きたかったし。あの、お名前は?」

「飯田 悟と言います。今年、大学を卒業して、IT会社に就職しました。」

「そうなんだ。光莉とは仲よかったんですか?」

「いわゆるお姉さん子で、いつも、後ろをついて歩いている弟でした。朱莉さんのこともよく聞いていて、やっとできた親友って、いつも、楽しそうに話していましたよ。」


 そんな時、喫茶店の店員が私に水をこぼしてしまい、弟さんがタオルで私の手を拭いてくれた。その時に、この人はとても純朴で、人のことばかり考えているということがわかった。男性にも、そんな人がいたのね。光莉の弟さんだもんね。


 そして、私は、光莉がいない毎日に、抜け殻のようになって、会社にも行けなくなっていた。でも、その後も、弟さんとは何回も会って、光莉のことを話してくれた。


 弟さんも本当は辛いと思うけど、いつも私のことが明るくなるよう、いろいろな話をしてくれた。光莉が、方向音痴で、よく道を間違うとか、弟さんにお弁当を忘れないようにと繰り返し言っていたのに、自分が忘れちゃうとか。


 そんな話を聞いているうちに、光莉のことが少しは思い出と思えるようになって、会社にも行けるようになったし、春の公園を散歩できるようにもなった。


 そういえば、光莉と出会ったのも、春のこの井の頭公園だったよね。頬に1滴の涙が流れた時、横にいた弟さんは、何も言わずにハンカチで拭いてくれた。そう、この人は、いつも、本当に私のことを正面から考えてくれている。


 桜の花びらが、風が吹くたびに、サラサラと湖面に落ちていく姿は、光莉が、もう悲しまないで、自分のことを忘れてと言っているようだった。そして、横をみると、弟さんは、何も言わずに、ただ微笑んで、ずっと、私のことを見守っていた。


 光莉、素敵な人と出会うことができた。これは、光莉のおかげ。ありがとう。


「ママ〜。」

「は〜い。ここよ。パパも、早くきて。お昼にしましょう。」


 ポカポカと暖かい公園で、ビニールシートを敷き、お弁当も用意して家族で過ごしていた。そう、あれから2年後、悟と結婚したの。そして、すぐに光莉とそっくりの娘もできた。思っていたのとは少し違うけど、私は、光莉の家族になれたのね。


 日差しは、光莉が笑顔で私たちを包み込んでくれているようだった。

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