第2話 ホステスの死
「今日は、エレベーターが急落下し、死亡したホステスについてお話しをお聞かせください。エレベーターは点検作業のミスで、ワイヤーのストッパーが外れ落ちたということになってますが、あなたは、あれはご自身でNWから操作したとお話しをしていると聞きました。合っていますか?」
「ええ、その通りよ。」
「なんで、そんなことしたんです?」
「そのホステス、クラブのママだからと言って、そこで働く女性たちをいじめてるのよ。また、お客に対して、いくら金を巻き上げられるかなんて話していて、悪いでしょう。もっというと、お店の子に売春までさせて、お金をピンハネしてるの。そんな悪いやつ、放置してちゃダメでしょう。」
また、自己正当化が始まった。患者は、本当に楽しそうな笑顔で話し続けている。患者の笑顔と話しの内容がミスマッチで、どこか迷宮にでも入り込んだようだ。
「それが事実で、ひどい人だとしても、いつも言っていますが、あなたが制裁するのはダメなんです。あなたは、警察とかに申告して、警察が調べ、問題だとなれば処罰しますから。」
「だって、警察に言っても、どうして、そんなことがわかるんだって言うでしょ。そして、ハッキングでわかったなんて言ったら、私が犯罪者だとか言うんじゃない?」
「それは、そうですね。だから、ハッキングはやめてください。」
「なんで、悪いことを排除するためにハッキングしちゃダメなのよ。そんなこと言ってるから、こういう悪はなくならないし、立場の弱い人は、泣き寝入りしなくちゃいけなくなるのよ。どうして、そんな風に大所高所で見れないのかしら。」
言っていることは正しい。だが、現実はそんなに簡単じゃない。
どうも、こんなに明るい、爽やかな雰囲気の中で、こんな非合理的な話しが延々と続いているのか違和感がある。いつの間にか、私が間違っているのかと勘違いしそうだ。
いやいや、間違っているものは間違っている。この患者に、洗脳されるところだった。気をつけないと。
「エレベーターに乗られていた女性は死亡しましたが、足とか腕を複雑骨折し、折れ曲がった状態だったのですが、30分ぐらいは意識があったようです。かわいそうじゃないですか。真っ暗な中で、1人で、痛みに耐えながら、死を待つ恐怖に怯えながら。」
「悪いことしたんだから、当然でしょ。そうだったんだ。それは良かった。多分、その時間に、自分がどれだけ悪いことをして、女の子たちを苦しめてきたのか、懺悔していたんだと思う。」
「確かに、一部のホステスからは憎まれていたようですけど、半分以上のホステスからは、慕われていたようですよ。毎年、お墓参りに何人も行っているようです。だから、あなたの見方も正しいかもしれませんが、そうでない人もいるんだと知ることが重要です。」
「そうなんだ。かわいそう。お墓参りしている人って、ママが死んでも、ママに心を束縛されてるのね。それほど、恐怖を味わっていたんだと思う。私は、ママの顔を見ないことで、少しでも落ち着ける時間を過ごせるようにと、いいことをしたんだわ。良かった。」
何を言っても、この人が、自分の罪を悔いることはなさそうだ。でも、このまま刑務所を出たら、また犯罪を起こすだろうから、少しでも、改心させないと。
「当時の総務大臣の不正も暴いて、失脚させたと聞いていますが。」
「そうそう、検察とかにもできないことやったんだから、褒めてよ。どちらかというと、国が私を雇って不正を暴くのがいいと思うんだ。雇ってよ。」
「それって、いろいろな人のメールとか、口座とか、常時チェックするということでしょう。戦争中に、秘密警察とかがやっていたことで、今は禁止されてるんですよ。」
「昔、やってたんだ。なんでやめちゃったの。今は、不正が蔓延してるんだから、こういうことを積極的にやらなくちゃダメなのに。」
「こういうことは権力闘争の中で悪用されてきたんです。そして、いつ見られるかわからないとなって、みんなが疑心暗鬼になっていくって歴史が証明してるんですよ。」
「それって、包丁で人を殺す人がいるから、包丁を全て禁止するようなもんじゃない。おかしいよ。悪用されないように、チェックは人じゃなくてAIがやるとかさ、ダメな面があるから全部やめるんじゃなくて、やることを前提に、悪用できなくするのが正解でしょ。」
「それはそうなんですが・・・。」
だめだ。論破されてしまっている。
この女性は、見た目は可愛いし、結論だけ見るとおかしいが、その途中のロジックを見ると頭脳も明晰だ。この力を、どこか正しいところで使ってくれれば、社会のためになるのだがと思って刑務所の門を出た。
私に、この患者を改心させることはできるんだろうか。自信がなくなってきた。毎日、暑すぎて、夜も寝れない日々が続き、精神的にまいっているから、こんなにネガティブな気分になってしまうのだろうか。
いつになったら、この暑さは和らぐのだろう。もう9月中旬だが、見える景色は炎天下としか言えない。空気が揺れ、生き物は、太陽の陽が当たらないところに身を隠してるのか、動くものが見えない。
太陽の強い日差しが降り注ぎ、逃げようがない状態は、多くの患者が、私を批判しつつ、仕事なので逃げられない私の置かれた状況と似てる気がする。そして、息苦しく、このまま続けるのは辛い。
これから、楽しい人生が待っているんだろうか?
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