2-8
いつもの訓練場。そこになぜか設置されているアリーナ席に座りながら、訓練場の中心を眺める。
「どうしてこうなったの?」
訓練場には、両手に一振りずつショートソードを携えた王子様と、自分と同じサイズはあろうかという大きさの魔杖を握りしめた小雪の姿があった。
「本当に、どうしてこうなったの?」
「それはこっちの台詞ですよ、中里くん」
俺の後ろに座っている大間々先生から声をかけられる。恐る恐る振り返ると、頬をひくつかせながら笑っている美女がいらっしゃいました。
「どうしてフォルティア王国の友好国であるサランド王国の第二王子と決闘することになってるんですか?」
「いやぁ、あんまりにもしつこいから、イラッとしちゃって、つい」
「つい、じゃありませんよ!おバカおバカ!相手は友好国の王子、それも、『雷速』の二つ名を持つサランド王国有数の剣士です!普通は魔法使いが勝てる相手じゃないんですよ!」
二つ名って、ちょっと厨二っぽいよね。なんて笑っていると、背中をポカポカと叩かれる。「も~!」とか言って、本当にこの人は年上なのだろうかと、たまに疑ってしまう。
「ね~ね~お兄ちゃ~ん!月夜野さんが負けたらさ~、私のバディになってくれるぅ?」
右隣の席から、甘ったるい声が聞こえてくる。わざとらしく体を寄せてきたミナモちゃんは、俺の左隣に見せつけるように腕を絡めてくる。
「は?護はアタシのバディになるんですけど?そもそも、アンタ誰なの?」
左隣からは、どっから声を出したの?ってくらいにドスの利いた声が上がる。いや、上野さん本当にどっから声を出してるのさ。
「私はお兄ちゃんの従兄妹で~、婚約者だよ?」
「はああああああぁ?ぽっと出の親戚が護の婚約者になんかなれるわけないでしょ!ねえ護!」
「え、うん。婚約者ではないですよ?」
「まだ、ね?」
そんな含みのある言い方をしても、今後婚約者になる可能性は限りなく低いと思います!
「婚約者でもないただの従兄妹が、ちょっとくっつきすぎじゃない?」
「え~、別にこれくらい従兄妹なら普通だよ?まあ、ただの幼馴染みにはできないだろうけど」
「そ、それくらいアタシにもできるもん!っほら!」
ミナモちゃんに挑発された上野さんは、俺の左腕を両腕で抱え込んできた。かなりムリをしているのか、上野さんはその白い肌を耳まで真っ赤に染め上げている。
恥ずかしいならやらなきゃいいのに。昔から負けず嫌いだったけど、こんなところまで勝ちにいかなくても。っていうか、この人はなんでこんなところに来たんだろうか?
ちなみに訓練場のアリーナには、俺たち4人以外は誰もいない。
こんだけ席空いてるんだから、みんなもう少し広々使ったら良いと思うんだけど、貧乏性なのかな?
「さて、冗談はここまでにいたしましょう。護様、この決闘、本当に月夜野さんに任せて良かったのですか?」
「は?キャラ変わり過ぎじゃない?こわっ!」
「確かに別キャラみたいですけど、こっちがミナモちゃんの素?ですから」
「・・・・・・なんで敬語なの?」
「へ?なにかおかしいですか?」
な、なぜか上野さんの腕の力が少しずつ強くなってきているような・・・・・・
「い、いだだだだだだあ!う、上野さん、腕!腕ぇ折れぇる!」
「ねぇ、アタシの加護、受け取ってくれたよね?」
な、なんでそんな甘えたみたいな感じで言うのか知らんけど、だったらせめて腕の力を弱めてくれ!
「お、折れます!折れちゃいますよぉ!」
「あ、アタシの生涯たった一つのものをあげたのに、敬語なんて使わないで欲しいなぁ」
それは、緊急事態とは言え、生涯に1度しか贈れない祝福を贈ってやったんだから、もっと敬えってことぉ?
「た、大変申し訳ございませんでした上野様!ど、どうかお許しくださいいいいいいいぃ!」
「え?様?ね、ねぇ護?アタシは昔みたいにもっと―――」
「あ、始まりますよ!」
恭しく謝罪した効果か、締め付けられた腕は解放された。
その後で何か言ってたけど、その言葉はミナモちゃんの声によって掻き消されてしまった。
「レディに剣を向けるのは不本意だが、本気でやらねばキミに失礼だ。すまないが、一太刀で決めさせていただこう」
「・・・・・・」
双剣を胸の前で十字に構えた王子様はそう告げると、その姿が一瞬で掻き消える。
まさに雷速の二つ名に恥じぬ速度で移動した王子様は、気がつけば小雪の後ろに現れ、横薙ぎで一閃。
「は?」
薙いだ剣に手応えが無かったことか、それとも斬り伏せたと思った小雪の体が霧か雲のように消えて行ったことに驚いてか、大きく口を開いて間抜けな声をあげた。
「残像だよ。ヘルファイヤー」
「へ?うがあああああああぁ!も、燃えるううううううぅ!」
姿が消えた小雪は、突如として王子様の背後に姿を現し、漆黒の炎を浴びせる。
手加減はしてるんだろうけど、全身を黒い炎に包まれた王子様は、悲鳴をあげながら地面をゴロゴロと転がった。
「ああああぁ!やっぱやっちゃいましたよ、ど、どど、どうしましょう。中里くんの首1つで許してもらえるでしょうかぁ」
「それ、俺死んでませんか?」
「し、仕方ないじゃないですか!そもそも中里くんが決闘を挑んだのが原因なんですよ!」
だから腹を切って詫びろと?
こうなるのがわかってたんだから、大間々先生が止めれば良かったのに。
「おーい護く~ん!勝ったよ~!」
満面の笑みでこちらに手を振る小雪に、俺は軽く手を振って返す。
「ぐおおおおおおぉ!あ、あっちゅあっちゅいぞおおおおおおぉ!」
ブンブンと手を振っている足元で、いまだに黒炎に焼かれ、転げまわっている王子様は気にならないのだろうか?
「な、なんですか今の魔法は。不思議な魔法を使う人だとは思っておりましたが、あれはいったいどういった原理で?」
「残像って言ってたから、斬られる直前に超高速移動をしたとか?」
いや、小雪運動苦手だし、それはないかなぁ。
厨二魔法で幻影を作り出して、本人は姿を隠していたってところじゃないかな?
残像じゃないじゃん!って思うかもしれないけど、そう言いながら相手の攻撃をかわすのって、厨二心をくすぐるものがあるよねぇ。
「まさか、知力は残念だけど武力は最高と謳われるクリストフ王子をここまで簡単に打ち破るとは」
「それ、悪口から始まってるけど本当に謳われてるの?」
「もちろんです。同世代では敵なしとまで言われているのですから」
「そ、そうなんだ」
だったら最初の知力は残念って部分は抜いてやれよ!
とはいえ、同世代で最強だったんだ。
パッと見、アホな王子様だから余裕だろぉぐらいの感覚で決闘を挑んだけど、俺が戦わなくて良かったぁ。
大間々先生も最初から小雪が勝った後のことを心配してたから、大した相手じゃないと思ってたんだけど。
俺が戦ってたら、一撃目をもらったのにも気づかず負けていたんじゃないだろうか。良く勝てたよね、小雪さん。
「はぁ、はぁ・・・・・・やっと炎が消えた。しかし、さすが私が惚れたレディ。強さも兼ね備えているとは恐れ入った!はっはっは、私に勝った褒美に、妻として娶って―――」
「結構です。勝ったのは私なので、金輪際近づかないでください、話しかけないでください、視界に入らないでください!」
「そ、そんな・・・・・・見つめることもさせてもらえないのか」
黒炎が消えた王子様は、思ったよりもピンピンしていた。
負けた直後に小雪を口説くとか、どんだけタフな性格してるんだか。
まあ、あの調子なら俺の首を差し出さなくても大丈夫・・・・・・だよね?
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