2-7





「もちろん正妃として娶る!だから、私の妻となってくれ!」

「だから、絶対ムリです!あと、手ぇ放してください!」


 ぶんぶんと振り払おうとする小雪だが、王子様はさわやかに笑いながら手を放すそぶりはいっさいない。


「ミナモちゃん、あれどうすんの?どうにかして!」

「あぁ、日本も空は青いんですねぇ」


 おいこら!現実逃避すなよ!


 これ、無理矢理間に入ったら失礼になるんだろうか?相手が異世界の王子様なだけに、失礼のラインがわからん!


 どうしたものかと周囲を見渡すと、執事服を着た老紳士と目が合った。


「・・・・・(こくり)」


 彼は小さく頷くと、ゆっくりと王子様に近づいていき、大きく拳を振り上げた。


「あいたあああああぁ!爺!何をする!」


 彼が振り上げた拳は、王子様の脳天に突き刺さった。あまりの衝撃に王子様が手を放したので、小雪は慌てて逃げ出して、俺の後ろに隠れた。


 王子様は小雪から離れた両手を頭の天辺に持ってくると、老紳士を睨み付ける。それを見た老紳士は、再び拳を振り上げて、一息に振り下ろした。


「ぐああああがああああああ!このクソジジイ!なんて威力で殴るんだ!両手が使えなくなったらどうしてくれる。あのレディのエスコートができなくなるぞ!」

「ほう、まだそのようなことをおっしゃいますか。でしたら、エスコートなどと言えなくなるよう、両の腕をへし折って差し上げましょう」


 ボキボキと手を鳴らしながら、老紳士は一歩、また一歩と王子様に詰め寄っていく。


 それを見て顔を青くした王子様は、腫れ上がった両手を目の前でぶんぶんと振り、必死に謝罪を紡ぐ。


「す、すまなかった、ローウェン!だから腕は勘弁してくれ!こ、これから会食の予定だというのに、両腕が使えなくなるのは困る!」

「謝罪する相手が違うでしょう?」

「ひ、ひいいいいいぃ!」


 再び拳を振り上げた老紳士を見て悲鳴をあげた王子様は、こちらにくるりと向きを変えて深々と頭を下げる。


「ミナモ姫、わざわざ出迎えていただいたのに、失礼な態度をとってしまった。申し訳ない。そして、申し訳ついでに、空色の髪のレディ、あなたのお名前をお教え願えないだろうがああああいっだああああ!まって、爺、ちゃんとするからちょっと待って!し、失礼した。あぁっと、貴殿がナカサト新公爵の嫡男だな。出迎えに感謝する」


 間に一発げんこつが落ちたが、無事に?王子様は目尻に涙を浮かべながら、しっかりと笑顔を作って頭を下げた。


「ええっと、それでは、お茶のご準備ができていますので、ご、ご案内いたします」


 ふう、どうにかちゃんと台詞が言えた。後はこのまま王子様をさっきの貴賓室に連れて行けば良いんだったな。


 そう思って歩き出そうとしたところで、ミナモちゃんが自然な形で俺の左腕に自分の腕を絡めた。


「ではレディ、こちらに」


 その様子を見ていた王子様は、キラキラとした瞳で小雪に腕を差し出すが、そのキラキラが塗りつぶされるような、ハイライトの消えた漆黒の瞳で一瞥した後、俺の右腕に自分の腕を絡めてくる。


 うん、わかってた。わかってたけどさ。いくらなんでもこの絵面はダメだって!


 歩きづらいからとかじゃなくて、もう社会的にも絶対ダメ!どこの世界に王子様ほったらかして両腕に美少女抱えて平気でいられるヤツがいるんだよ!


「殿下、王族が地に伏すとは何事です。どのようなことがあっても、王族は堂々としていなければなりませんぞ」

「・・・・・・爺、もう少し優しくしてくれぇ」

「では、私が殿下のエスコートをいたしましょうか?」

「・・・・・・いや、いいよ」


 すいません、王子様。悪気はないんです、本当ですよ。




「それでは改めまして、私は中里護と言います。父がフォルティア王国の公爵になったと言うことですが、私はごく普通の、ありふれた男子高校生です」

「うむ。私はサランド王国第2王子、クリストフ・マサル・サランド。この度は出迎えいただき感謝する」


 貴賓室であいさつを交わした俺たちは、席についてティータイム。


 いや、優雅に紅茶なんぞたしなんだことがないんで、作法がわからないのですが。


「時にナカサト殿、一つ聞きたいことがあるのだが」

「なんでしょうか?」

「貴殿の後ろで控えている女性。空色の髪の君は、貴殿の侍女であろうか?」

「違いますけど?」


 小雪は、貴賓室まで俺の腕にしがみついていたくせに、俺とミナモちゃんがソファーに座ると、後ろに逃げてしまった。


 よっぽど王子様とお茶をしたくなかったんだろう。気持ちはわかる。


「で、できればそのぉ、彼女の名も教えていただきたいのだがぁ」


 おいやめろ!イケメンが上目遣いなんてしてくるな!気色悪いだろ!とは思いながらも、小市民な俺はそう言うことができなくて、ちらりと小雪に視線を向ける。


 小雪はため息をついて、一歩踏み出した。本当にすいません!


「私は月夜野小雪。護くんのパートナーです」


 愛想笑いを浮かべることもなくそう告げた小雪は、それ以上口を開くことはなく元の位置に戻った。


「ツキヨノ・コユキ・・・・・・なんと、名前まで美しいとは!まるで月下の女神のようではないか!どうか、我が妻になって欲しい。貴女が望むなら、私は次期国王の座を手に入れてみせようぎゃあああああ頭がああああ!」

「殿下、慎んでください。そのようなことを言えば、国が割れますぞ」


 振り下ろされた拳は先ほど以上だったようで、ズドンというような振動が地面を通してこちらにまで伝わってきた。ソファー、大丈夫だろうか?


「ぐううううぅ。わかっている。私も兄上を敵に回すつもりはない。だからその拳を収めてくれ。これ以上は私の脳細胞が死んでしまう」

「不要な雑念であれば、この爺が喜んでその悉くを滅して見せましょう!」

「か、勘弁してくれぇ」


 しゅんしゅんとシャドーを開始した老執事に、王子様は再び両手を大きく振ってから頭を下げた。


「こ、こほん。重ね重ね失礼した。ところで今、コユキは「下の名前で呼ばないでください。あと、呼び捨ては馴れ馴れしいので止めてください」失礼、ツキヨノ嬢は、ナカサト殿のパートナーだと言ったな。バディについては説明を受けている。ダンジョン探索など、戦闘時における最小パーティのことであろう?」

「はあ、そうですが」

「であれば、ツキヨノ嬢。どうか、私とバディを組んではくれないだろうか」

「無理です」

「そこをなんとか~」


 こいつ、本当に王子様なのか?いや、ミナモちゃんも似たようなもんだから、王族だってただの人ってことなんだろう。


 それにしても、今日の小雪は容赦ないなぁ。普段と比べるまでもなく、とげとげしいというか、冷たいというか。


「殿下。すでに私は小雪とバディを組んで2か月になります。それを今さら解消することはできないでしょう?」

「いや、大丈夫だ。私はこの先一生をかけてツキヨノ嬢と共にあろうと思っているからな!」


 それの何が大丈夫なのだろうか?全然話がかみ合わないんだけど。


 そろそろ俺もイラッとしてきたよ?


「殿下、今日はお疲れでしょう?そろそろお部屋に行かれてはいかがですか?」

「ははは!ツキヨノ嬢の顔を見たら、疲れなどどこかへ行ってしまった。ぜひ、この後一緒に昼食でもいかがだろうか?」


 暗にとっとと出てけこの野郎と伝えてみたが、ダメだった。本物の貴族だったら、もっとうまく促せたんだろうか?


 まあ、もういいや。言ってきかないヤツには、それ相応の対応をさせてもらおう。


「失礼ながら、小雪は俺のバディです。解消するつもりはありません。どうしてもと言うのであれば、力づくでどうぞ」


 そう言いながら、王子様に向かって拳を突き出した。


 あれ?なんか東さんの思考に似てきた?





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