2-6





「どうかしましたか、ラフィ?」


 すっと立ち上がり、ラフィとよばれた少女に微笑みを送った。


 今の土下座をなかったことにしたいようだ。


「姫様、今、まるで跪いているように見えましたが」


 残念ながら、バッチリ見られちゃったみたい。さすがに王族が跪いている姿を見られるのは、体裁が悪いんだろうな。


「い、いい、今のは、こちらのお2人に、この国の作法を習っていたのです!」

「まあ、そうだったのですか。私もぜひこの国の文化や作法を学びたいと思っていたのです!」

「それは良いことです。一緒にこの国の作法を学びましょう!」

「はい姫様。ではさっそく、先ほど姫様が行っていた作法について教えていただけますか?」

「ぶえぇ!」


 姫とは思えない奇声を発したミナモちゃんは、再び地面に両膝をつく。ラフィさんもそれに習うように、両膝をついた。


「い、いいですかラフィ。これは、この国に伝わるあいさつの作法です」

「あいさつ、ですか?」

「こうやって、膝の前に手をついて、頭を下げます」


 優雅な動きで流れるように頭を下げたミナモちゃんは、どこぞの老舗旅館の女将のようだった。


 額を床にこすりつける勢いだったさっきの土下座とは完全に別物だ。


 その動きに習って頭を下げたラフィさんも、美しい所作で頭を下げる。さながら若女将のようだ。

「あの、姫様。先ほどおっしゃっていた、スミマセンデシタ?とは言わなくても良いのですか?」

「うぐっ!そ、そそ、そんなことより、せっかくですから、このまま護様に自己紹介をしてみたらいかがかしら?」


 強引に話をねじ曲げたな。『すみませんでした』って言葉は、ミナモちゃんたちの国ではあんまりなじみのない言葉なのかな・・・・・・いや、そもそもなんでミナモちゃんやラフィさんは普通に日本語をしゃべってるんだ?


 わずか半年で日本語を習得したっていうのは、けっこうムリがありそうなんだけど。


「では、改めまして。グリスモール侯爵が次女、ミラフィリーナ・ロンデ・グリスモールと申します」


 ラフィさん、いや、ミラフィリーナさんは、きれいな礼をしたままその名前を告げた。ミラフィリーナが本名で、ラフィは愛称ってヤツか。気軽に呼んだら怒られるヤツだな。


 さて、この後どうした物か?俺も正座して頭を下げれば良いのかな?


「グリスモール様、どうぞ頭をお上げください」


 さすが俺の相棒。戦闘以外では意外と頼りになるな。小雪の言葉で頭を上げてくれたミラフィリーナさんに視線を向けて、俺も自己紹介をする。


「中里護です。今後ともよろしくお願いしますね、グリスモールさん」

「ありがとうございます、マモル様。どうか私のことは、ラフィとお呼びください」


 イスにふんぞり返ったまま跪いて頭を下げる少女にあいさつをする。これって絵面的に大丈夫なんだろうか?


 どう考えても普通の状況じゃないよね?


「それではラフィ、またお昼過ぎのお茶会で、ゆっくりお話しましょうね」

「はい、姫様。それでは失礼させていただきます」


 立ち上がったラフィさんは、最後まできれいな所作で退室していった。そんな様子を見ながら、ふと思う。この感じの対応が、ずっと続くのかな?


 言い回しは面倒くさいし、動きはピシピシしてて堅苦しい。そんな人たちと一緒の空間で生活するのは、かなり辛い。


 それに、今のままだと間違いなく浮く。


 他人事なら別に関与しないけど、ミナモちゃんの次に家格が高いのは俺らしいから、さっきみたいな対応を受ける可能性がある。


 廊下ですれ違うたびに跪かれてあいさつされるとか、もはや地獄では?しかも周りからは、そんな集団の中心人物とみられ、注目されかねない。


 俺は普通で平穏な学園生活を送るのが希望なんだ。今更ではあるけど、目立つのだけは絶対にダメだ!


 あいさつをすませてしまった以上、俺の面はヤツらに割れてしまった。今更人違いですなんて言えないし、無視すれば余計な面倒事が起こりそう。


「こうなったら、こちらの普通を教えるしかないか」


 さっきのラフィさんも、この国の文化に興味があると言っていたし、悪いことではないだろう。わざわざ異世界に留学するくらいだから、やって来た子どもたちは、多かれ少なかれこの国に興味があるはずだ。


「姫様、まもなくサランド王国第二王子、クリストフ様がお見えになります」


 考え事をしていたら、次の来客の時間になるらしい。今後のことは忘れて、いったんお客様に集中しよう。


「それでは護様、いきましょう」

「うぇ!」


 今度は王子様が相手だから、玄関先まで迎えに行かなければいけないのはわかる。でも、わざわざ腕を組んで歩く必要はないよね?


 いきなり左半身に柔らかい感触が殺到して卒倒するかと思ったわ!


「ふふ、女性をエスコートするのは、男性の義務ですよ?」


 そんな義務、日本じゃ存在しないから!


「じゃあ、パートナーの私もエスコートしてもらわないとね!」


 何が楽しいのか、小雪も空いている右腕にしがみついてきた。これ、絶対おかしいよね?傍から見たら両手に女の子侍らしてるクズにしか見えないと思うんだけど?


 ミナモちゃんたちには、絶対この国での普通を教えよう!ついでに小雪にも。




 玄関に移動すると、ちょうど黒塗りの車が見えてきた。車に詳しくないけど、リムジンみたいなヤツ。リアルであんなの見るの初めてだ。内装とかどうなってんのかな?


「馬車から出てきたら、こちらから声をかけてください」


 ワクワクしながら近づいてくる車を眺めていると、ミナモちゃんから声をかけられる。異世界の人からしたら、乗り物はみんな馬車になるんだなぁ。


「それはそうとして、そろそろ腕を放してくれない?」

「ほら、月夜野さん。早く離れてください」

「いやいや、姫様こそ早く離れた方が良いんじゃないですか?一国の王女様が、家臣と腕を組んでるとかみっともないでしょ?」


 2人とも俺の腕に込める力を一層強める。いや、ハーレムラブコメじゃないんだから止めてくれよ。


「2人とも離れて欲しいんだけど」

「「いや!」」


 仲良しかよ!だったら2人で腕を組んだら良いんじゃないでしょうか?


 さすがにいつまでもふざけていられないので、2人の腕を軽く振り払って、一歩前に出る。それとほぼ同タイミングで車が停車し、助手席から執事服?みたいな格好の初老の男性が降りてきて、後部座席のドアを開けた。


 間もなくして、ドアから学院の制服を纏った少年が、金髪をたなびかせながら降りてきた。


 ふむふむ、瞳は深い緑で、いわゆる金髪碧眼のイケメンというわけか。こいつとは仲良くできなそうだな。とは言え、そんなことを言うわけにもいかないので、あいさつの言葉を口にする。


「殿下、ようこそおいでくださいました」

「ああ、出迎えありがとう。ミナモ姫殿下も、久しぶりだ。昨年の夏にフォルティアを訪れた時以来かな。それから・・・・・・」


 俺にはろくに目もくれず、ミナモちゃんにはそこそこのあいさつをした王子様は、小雪に視線を向けると目を見開いて硬直した。


「えっと、殿下?どうかなさいましたか?」

「う、美しい!」

「は?」


 わけのわからんことを言い出した王子様は、突然跪いて小雪の手をとった。


「私はサランド王国第二王子、クリストフ・マーサル・サランド。美しい夜空の髪の君。どうか私の妻となって欲しい」

「絶対ムリですけど?」


 瞳を輝かせて求婚した王子様は、秒でフラれてしまった。


 ああ、これ絶対面倒なことになるヤツだ。外交問題とか言われても、ただの高校生にはどうにもできないよ?






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