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「お待たせいたしました。シザーラビットの香草包み焼きです」


 音も立てずにテーブルに置かれた皿からは、数種類の香草と、焼けた肉の香りが漂ってくる。


 盛り付けられた肉にソースなどはかかっていないが、付け合わせの野菜たちが皿をきれいに彩っていた。


「うおおおおおお!なんだこれ、薄味だけどすんげえうめえぞ!」

「なんで東さんが真っ先に食べてんだよ!」


 もちろん、我らが東さんにそんな繊細な盛り付けができるわけもなく。


 シザーラビットは下処理から調理まで、全てをミナモちゃん付きのメイドさんがやってくれた。


 ちなみにあのまま東さんがスパルティア風で調理を行っていたら、肉の塊といくつかのハーブをホイルで包んで、たき火の中に突っ込んで終了だったらしい。


 なにがスパルティア料理なのかというと、用意された食材を自分で狩ることが最高のスパイス。戦って食うことこそがスパルティア風なんだってさ。意味わかんないよ。


 しかも到底子どもが支払える金額じゃない。こんな店が学院の敷地内にあって大丈夫なんだろうか?ダメだろ!


「ねえ護くん?それでこちらのお姫様は、護くんとどういう関係なの?」

「妻です!」

「従兄妹だよ!」


 唐突に話を切り出した小雪の質問に、ノータイムで答えるミナモちゃん。こちらも負けじと答えるが、なぜか俺にだけ冷たい視線を向けてくる。


「はいお兄ちゃん、あ~ん!」

「・・・・・・」


 フォークに刺したニンジンを俺の口元に持ってくるミナモちゃん。俺は無言で口を開いて、それを向かい入れた。


「随分と仲が良いんだねぇ~」


 は?どこが?これどう見ても、ミナモちゃんが嫌いな食べ物を俺に食べさせただけじゃないの?


 それならと思い、俺も皿に乗ったグリーンピースをフォークでつっさして、小雪の口元に運ぶ。


「はい小雪。あ~ん」

「ふぇ、ちょっ!ど、どうしたの急に!」

「はい、あ~ん」

「うぅ・・・あ、あ~ん」


 なぜか首まで赤くした小雪の口に、グリーンピースが刺さったフォークを運んでいく。


「おいしい?」

「う、うん。おいしい、よ?」

「マジで?俺グリーンピースだけは食べられなくてさぁ。良ければ全部もらってくれる?ついでにこのフォーク、まだ俺が口つけて無いやつだからそのまま使って良いよ。あれ?小雪?どうしたの?」

「バカバカ!護くんのアホ!いつか前後からナイフで刺されちゃえバカぁ!」


 皿の上のグリーンピースを全部お願いしようとしたら、小雪は一瞬動きを止めた後、ぽかぽかと俺を叩きながらそう言った。


 前後からナイフで刺されるって、とんでもない板挟みだなぁ。俺が躱したら大事件に発展しそうだよ。


「ね~ね~、私にも食べさせてよ~」


 グリーンピースなら自分のがあると思うんだが?


「あれ~?もしかしてテレちゃった?ね~ね~、テレちゃったの~?か~わいいんだ~」


 何を食べさせたものかと悩んでいたんだけど、どうやらミナモちゃんは俺が恥ずかしがっていると思ったようだ。


 もしかしてクソガキに煽られてんのか?


「ほい、あ~ん!」


 先ほどのお返しとばかりに、皿にあったニンジンを全部フォークにさして口元に運んでやる。


 それを見たミナモちゃんは、明らかに表情を崩して、向かってくるフォークから顔を離した。


「うげ!お、お兄ちゃん。わ、私ぃ、お、お肉が良いなぁ~」

「わかったわかった。これの次はお肉にしてあげるから。とりあえずこれ食べちゃって」

「う、うえぇ。やっぱり自分で食べるからもういいや~!だからね、お兄ちゃん。それはお兄ちゃんが食べていいよ!」

「もらいっぱなしは悪いからさ。せめてこれくらいはお返しだよ」

「せ、せめて1つにして?ね?1つならがまんできるから」

「あれれ~、もしかしてテレちゃったのはミナモちゃんの方なのかな~」


 なんかちょっと楽しくなってきちゃったぞ。


「た、食べる!食べるから、その、せめて自分のタイミんぐうぅ!」


 口が開いたので、思わず口の中にツッコんでしまった。もちろんニンジンをだよ?


 よっぽどニンジンが嫌いだったのか、ミナモちゃんは放り込まれたニンジンを咀嚼せずに飲み込むと、メイドさんが差し出したワイングラスの水をグイッと流し込んだ。


「うげぇ、にがあぁ。お兄ちゃんの意地悪!バカ!バカバカ!」


なぜかミナモちゃんからもバカよばわりだ。これはどう考えても自業自得では?


 口直しとばかりに、ミナモちゃんは自分の料理に手を付け出したので、俺たちも食事を再開する。


 魔獣の肉だということも忘れて堪能させてもらった。東さんなんかキロ単位で食べてた。


「さて、それでは本題をお話ししてもよろしいでしょうか、護様」

「え?この子急にしゃべり方変わったけど大丈夫?」

「う、うん。こっちが素だと思う。お姫様だから、色々あるんじゃないかな?」

「そ、そっかぁ。クソガキからお姫様に変わったからビックリしちゃったよ」


 たしかにギャップがエグいからね。


「こほん。話を続けても、よろしいでしょうか?」


 その笑顔、水姫さん並に圧がある。うちのお父さんには到底できない眼力だけど、本当に血がつながった兄妹なのだろうか?


「これから大事な話をしますので、オオママ卿もどうかおかけください」


 大間々先生?ずっと一緒だったよ。カメラ係をしてくれてたからずっと無言だっただけだよ。ちなみにシザーラビットの肉はちゃっかり食べてました。


「はい、姫殿下。私のことはどうか、奏とお呼びください。その呼び方では、日本では目立ってしまいますので」

「ですが、子爵家の当主を呼び捨てなど」

「いえいえ、この国ではそのような身分など・・・・・・」


 このままだといえいえいやいやと、エンドレスなループに陥りそうだ。


「だったら、大間々先生って呼べばいいんじゃない?先生だって、ちゃんとした敬称だよ?」

「なるほど、では、大間々先生と呼ばせていただきます」


 小雪のドローでループには陥らなかったか。大間々先生も、まあそれならって言って納得してくれた。


 カメラも止めて、全員が席に着く。それを確認したミナモちゃんが、改めて口を開いた。


「私と護様の結婚を、世界に向けて大々的に発表します!」

「ダメでしょ!」


 まじめな顔して何言ってんだこのお姫様は!


 せっかく動画作って細々と婚約はしてませんって世間にお伝えしてんのに、その努力を無かったことにされてたまるか!


「聞いてください護様!」

「とりあえず言ってみて?」

「ナカサト公爵、護様のお父様のファインプレーで、一度は私が婚約していると世間に知らしめることができました。それなのに、護様たちのどうが?のせいで、正式な婚約はしていないと知ったミサカイ皇国から、ひっきりなしに求婚の書状が届くんです!無視するわけにはいかないので丁重に断りの書状を送るのですが・・・・・・毎日毎日断りの書状を書かされて、私、頭がおかしくなりそうで」


 そうは言ってもなぁ。結婚なんて考えられないし。正式に婚約を結んで、この前の大島さんの事件みたいのが起こっても嫌だ。


「ここは王族の務めと割り切って、ミサカイ皇国に輿入れしたら?」

「それは絶対にいやだああああああぁ!助けてよお兄ちゃ~ん!」


 お姫様口調が崩壊したミナモちゃんは、俺に抱き着いてぎゃん泣きした。


 女性陣から向けられる視線が物凄く冷たかったので、あちこち当たっているミナモちゃんの柔らかさを堪能することはできなかったよ。






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