2-2
「ギイイイイイイイィ!」
もふもふとはほど遠い叫び声を上げながら、白い毛玉は檻の中から飛び出してきた。
毛玉がもごもごと動くと、およそもふもふ毛玉に覆われているとは思えないジャキンという効果音とともに、長い耳が飛び出した。本当のハサミのようにジャキンジャキンと動いている。
ウサギ特有の赤い瞳の下には、クリーム色をした長くぶっとい歯が見えている。
耳に気をつけろと言われたけど、あの歯にかみつかれたって、簡単に腕の1本は持って行かれそうだ。
「お~い。シザーラビットの毛皮は高く売れるから、炎属性の魔法は使うなよ?焦げてると一気に値が下がるからな」
つまり小雪は戦力外ってこと?
いやいや、小雪は厨二魔法で『黒炎』を多様するだけで、炎属性の専門というわけではない。多彩な属性魔法が使えるんだ。
「ごめんね、私戦力外だよ」
「なんでやねん!」
長い出刃包丁を放りだした小雪は、両手を合わせて謝罪を口にする。
待って待って!まだあきらめる時間じゃないよ?
「だって今日、戦闘になるなんて思わなかったから杖持ってきてないし」
「いつも杖なくたって魔法ポンポン撃ってるじゃん!」
「そもそも、配信で初めて使う魔法は炎属性って決めてるんだよ。だから、ね?」
なんで俺が聞き分けの悪い子どもみたいな扱いうけなきゃいけないの?そんなこだわり捨ててしまえ!
「ほらほら、早く上野さんの盾出さないと!来てるよ?」
「ギイイイイイイイイイィ!」
来てるよじゃないよ!なんで1人だけそんな距離とって安全圏に逃げ出してんだよぉ。
「くっそ!ひかりの盾!」
「ッグキィイイイイ!」
ひかりの盾に頭をぶつけたシザーラビットは、その巨体を空中でくるくると回転しながら後方に着地する。
ちなみに盾だけど、毎回『あなたと共に』なんてスキル名を叫ぶことはしなくても召喚することができた。
このスキルを今から使用しますっていうのが頭の中でわかれば発動できるらしい。離れしてない俺は、『ひかりの盾』って言わないと咄嗟の時には展開できないんだけどね。
「キュイ!ギュイイイイイイイィ!」
「凍れ!」
四足歩行でツッコンできたシザーラビットが、ひかりの盾によって弾き飛ばされる。防御力は優秀だけど、全ての攻撃を弾き返してしまうのは少しだけ不便だ。
ひかりの盾に吹っ飛ばされたシザーラビットが、その巨体が地面に着地するのと同時に、氷属性魔法を発動。その4本の足を地面に縫い付けることに成功した。
すぐに近くまで駆け寄って、霊力をぐんぐん流し込んで氷を強化する。
これでしばらくは動くことができないだろう。
深紅の瞳でこちらを睨め付けるシザーラビットに、包丁を構えながら歩み寄る。できれば止めなんてさしたくないのだが、両腕を組んで笑っている東さんを見る限り、これで終わりにはしてくれなさそうだ。
「ギュイイイイイイイイイィ!」
覚悟を決めて包丁を突き立てようとしたところに、シザーラビットの叫び声が響く。末期の叫びかと、目を閉じて包丁を振り下ろそうとしたところで・・・・・・
「護くん!危ない!」
小雪の声を聞いて慌ててバックステップを発動。
ジャギン!
俺の首があった位置を、シザーラビットの耳が切り裂いていた。思わず全身から汗が噴き出すのがわかった。
「護ぅ~、戦闘中に敵から目をそらしてんじゃねえぞ!」
まったくもってそのとおりなのだが、そこまで異世界に染まっていない俺には、そんなに簡単に命を奪うことなんてできない。
相手は殺る気満々だけどさ。
「命の奪い合いをしてんだ。気ぃ抜いた瞬間に死ぬぞ!」
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。それを数回繰り返して、気持ちを切り替える。まあ、そんなに簡単に気持ちの切り替えなんかできないけどね。
きっとあれをムリに殺す必要はないだろう。本当に命の危険があれば東さんたちが助けてくれる。
ただ、本当に死ぬギリギリにならなければ助けてはくれないだろう。殺したくないからと手を抜けば、かなりの痛い目にあわなければいけないし、腕や足を切り落とされる可能性も十分に考えられる。
俺は自分が痛い思いをしたくないから、死にたくないから、命を奪う。
「ああ、俺の倫理観がどんどん壊されていく」
今度は躊躇しない。
包丁を握る手に力を込めて、シザーラビットへ突っ込んでいく。
「ギュイィ!」
振り下ろした包丁を、シザーラビットの耳が受け止める。渾身の力で振り下ろしても、耳には傷一つつけることはできなかった。
耳が届く範囲は攻撃を受け止められる。だったら、後ろからの攻撃に切り替えるしかない。
耳で攻撃されないように距離をとりながら、シザーラビットの背後に回る。すべての足を地面に氷漬けにされたシザーラビットは、俺を追って方向転換をすることができない。
「はああああああああぁ!」
今度は目を背けず、しっかりと狙いを定めて斬りかかる。だからこそしっかりと見えた。
凍りついていたはずの後ろ足が、氷を砕いて俺に向かって蹴りを放った。
「っぐぅ!」
回避も盾も間に合わず、振り抜かれた突きのような蹴りが鳩尾に刺さる。腹の中からもろもろが飛び出しそうな衝撃を受けて、地面をゴロゴロと転がされる。
「ッゲホ・・・ゲホゲホ。やっべぇな」
咳と一緒に血を吐くって本当にあるんだな。口いっぱいに血の味が広がるわ、蹴られたところはジンジンするわ。挙句の果てに前足の拘束も解かれてしまった。
結局最初の状態に戻っただけ、いや、俺の体力が削られただけか。
ひかりの盾で自動回復するから、すぐ体力は戻るんだけどね。ただそうなると、どちらも決定打に欠けるわけだ。
「ギュギュギュイイイイイイイィ!」
氷から解き放たれたシザーラビットは、短い距離をジグザグにジャンプしながらこちらに向かって飛んでくる。
こちらもひかりの盾を展開して迎え撃つ。
「――ライトニングバレット」
どこかから、そう聞こえた。
直後、乾いた音と同時に、シザーラビットの巨体がどさりと倒れる。
ぴくぴくとかすかに動いていたシザーラビットは、すぐに動かなくなってしまった。
頭から、わずかに血がにじんでいる?小雪が魔法で援護してくれたのか?
そう思って小雪の方を向くが、当の本人は別の方に視線を向けたまま、ポカンと口を開けていた。
思わず視線の先を追いかけると、そこには黄金の髪をたなびかせたメイドさんが立っていた?
え?いや、なんでメイドさん?
「出過ぎた真似をいたしました。旦那様」
俺の視線に気づいたメイド少女は、スカートの両端を持ち上げて礼をとった。
「え?え?旦那様?俺のこと?」
このメイドさんの旦那様?俺の奥さんってこと?いやいや、俺まだ15だし、結婚なんて出来ませんしした覚えありませんけど?
「貴方様は我が主、ミナモ様の伴侶となられるお方ですので、旦那様で間違いないかと」
「やっほ~お兄ちゃん!あなたの可愛い奥様、ミナモちゃんがやってきたよ~!」
メイド少女の後ろから、ぴょこんと飛び出してきたのは、俺の従妹にして、フォルティア王国第一王女、ミナモ・リンデ・フォルティアだった。
いや、俺はキミの旦那様じゃないし、結婚なんかするつもりもないんだけど。
あ~、きっとここは編集でカット・・・・・・粕川先生ならそのまま使いそうだから、しっかり編集が終わるまで監視してないといけないなぁ。
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