2-1
大島さんの事件から1週間。
あれから大島さんは、すぐにどこかへ連れて行かれてしまった。
いつまた俺を襲うかもしれないし、他の生徒に危害を加える可能性もある。最悪の場合、自殺させられてしまうので、隷属の刻印が解除できるまでは完全に隔離されるらしい。
大島さんに刻印を刻んだ侵入者がどこに潜んでいるのかわからないため、学院の中はわりとピリピリしていた。
だというのに・・・・・・
「はい、皆さんこんにちは。スノーシールドの護です。今日はなんと、異世界の料理店にやって来ましたよ~」
「ねえ護くん、本当にこのお店に入るの?絶対やばいって、違うお店探そうよ!」
なぜか俺と小雪は、動画撮影をしていた。
「俺の編集技術ってすごくね~?なんと一晩で1万再生~!」
粕川先生が見せつけてきたスマホの画面には、『チーム・スノーシールド』のX-チューンチャンネル概要欄が表示されていた。
動画は一つしか投稿されていないものの、その再生数は1万回を超えており、現在進行形でぐんぐんと再生数が増えていた。チャンネル登録者数も以下同文です。
「なんで粕川先生が編集を?せめて投稿する前に見せて欲しかったんですけど」
「いや~2人は訓練もあるから大変かと思ってさ~。まあ、いつでも俺が編集してやるよ。だから、ちょっとこの企画やって来てくれない?」
そういって手渡された紙の束の表紙には、『異世界の料理を体験してみた』と書かれていた。
「お店の名前はスパルティア王国料理店あずま?ああ、はいはい。ということで、また次回の配信でお会いしましょう!」
「おいおい!何言ってんだよ護ぅ。こっちは可愛い弟子がくるってんで、昨日の晩から仕込みして待ってたんだぞ。いいからとっとと入ってこい!」
資料に書かれた場所にあった店に来たら、エプロン姿の東さんがいた。しかも若奥様が着るような薄いピンクのフリフリしたヤツを着ている。胸元はハートマークだし。
鍛え抜かれた胸筋のせいで、今にもはち切れそうなほどにピッチピチ。もうハートが破れちゃいそう。せめて定食屋のおっちゃんが着るような腰巻きタイプのエプロンを着てくれよ!
「なっはっはっは。粕川のヤツが、こっちの方が絶対にウケるって言うからな。それよりほれ、こっちだこっち」
エプロンへのツッコミもほぼできず、東さんに引きずられて入店。店内はコンクリートを使った石造りなのかな?ゴツゴツとした印象がある。
しかし、料理店だというのに椅子も机もないのはなぜなのか?中央にある闘技場みたいな場所は全力で無視するけども!
「え、ええっと、東さん?私たち、どこに座れば良いんでしょうか?」
「ああ、まだ座れねえよ?とりあえずあそこに立って待ってろ。今メニュー持ってってやるから」
立ってろって言われたのは、先ほど全力で無視したミニ闘技場みたいな場所。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
「ほれ、今日のメニューだ」
言われたとおりにミニ闘技場に入ると、すぐに東さんがメニューを持ってきてくれた。
本日のおしながき
・シザーラビット(串焼き・香草包み焼き・塩焼き)
・キングディアー(丸焼き・ステーキ・特製煮込み) おすすめ!
・ブラッティベアー(ワイン煮込み・ハンバーグ・特製煮込み)
・ホーンフィッシュ(刺身・果実ソースがけ・塩焼き)
・シードラゴン(舟盛り・塩焼き・ステーキ)
・アイスドラゴン(鱗のかき氷・ステーキ)
そっとメニューを閉じて、小雪に手渡す。
「あれ?なんか思ったより普通だね。お~、ドラゴン肉の料理があるよ!すごいファンタジーだぁ!」
どれ一つとしてなじみのない生き物。おそらくは魔獣の類いなんだろう。
魔獣の料理でこの闘技場みたいな場所。どう考えても嫌な予感しかしない。
「東さん!これってお値段書いてないですけど、いくら位するんですか?このアイスドラゴンとか」
「ん?アイスドラゴンなら白金貨10枚ってところだから、日本円で10億か」
「じゅ、10億円!一食でそんなにするんですか!うへぇ~、さすがにそんな大金出せないですよ~」
「いやいや、肉以外の素材を売却すれば白金貨200枚くらいにはなるからな。190億円稼げるぞ?」
「稼げる?」
へぇ~。ドラゴンの素材ってそんなにするんだ~。
「お前らには、まだちょっと早えぞ?キングディアーくらいがちょうどいいんじゃねえか?」
「そうなんですか?それじゃあ、そのキング――」
「シザーラビットで!お、俺、1度でいいからウサギ肉食べてみたかったんだよ~」
あっぶねええええええええ!
これはどう考えても、選んだメニューの魔獣と戦わされる。
アイスドラゴンは当然論外だけど、東さんの言う『ちょうど良い』は絶対に当てにならない。ちょうど死なないギリギリのところで倒せるってレベルに決まってる。
ちょっと定食屋に入って、ギリギリのバトルを繰り広げてたまるかよ。
きっとあのメニューは、下に行けばいくほど強力な魔獣になっているはず。だったら一番上にいるシザーラビットが一番弱いはず!
「護くんウサギ肉に興味あったんだね。それなら、シザーラビットの香草包み焼きにしようかな」
「シザーラビットか。う~ん、ちっと早え気もするが、まあ良いだろ」
チットハエエキモスル?
いやいや、ラビットって言うくらいだからウサギでしょ?ディアーはたしか鹿だった気がする。
鹿よりもウサギのほうが強いなんてないない。
まだ早えって言うのは、小さいから食べるにはまだ早えって意味なんだろう。
「よし、それじゃあ準備すっから、お前らはこれ持って待ってろ」
「「え?」」
手渡されたのは、刀身が100㎝はありそうな出刃包丁。いや、これどう見ても料理道具じゃなくて武器だよね。ショートソードって言ったほうがよさそうなんだが。
「あ、あれ?これって、もしかしなくても私たちがウサギ狩りするの?」
「まあ、そうでしょうね。こんなの使ったら流血間違い無しなんだけど、アカバンされたりしないかな」
「い、いや。アカバンされたら困るけど、もっと目先に困ることないかな?どうして私にも包丁渡されたの?わ、私、一応魔法使いなんですけど?」
「魔法で燃やしたりしたら、食べるところが無くなっちゃうからじゃないの?」
ちっちゃなウサギ相手だったら、小雪の炎魔法で跡形も残らないかもしれないからねぇ。
まあ、どう考えてもちっちゃなウサギを相手にするサイズの刃渡りじゃないんだけど!
「おうっし、持ってきたぞ。シザーラビットだ」
どこかから戻って来た東さんは、その巨体と同じくらいのサイズはあろうかという箱を抱えていた。いや、正確には箱かどうかはわからない。
黒い布をかぶせられた、巨大な箱状の何かを持ってきた。というのが正しい。
「お、おかしいなぁ。ウサギさんを入れるケージはもっとちっちゃいと思うんだけど」
そのサイズに、小雪も動揺している。
東さんサイズのウサギとか、ちょっとしたパニック映画になりそうだよね。
「とりあえず空間魔法でこのコロシアムを別空間に切り離して、拡大するからな」
そう言った瞬間、ミニ闘技場改めコロシアムの外周は紫色の光を放ち始める。
カッと強い光を放った直後に光は収まっていき、気がつけばコロシアムはいつもの訓練場ほどのサイズにまで広がっていた。
「よし、それじゃあ出すからな。一応言っておくが、耳には気をつけろよ?そこがハサミになってるからな」
東さんがそう言った直後、ズドンという重低音とともに、地面が軽く揺れた。
どうやら抱えていた箱を下ろしたらしい。バサリと黒い布を剥ぎ取られると、そこには厳重な檻の中に入った、超巨大な毛玉がいた。
東さんよりでかいウサギって、どうなの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます