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「いや~、そんな敵意むき出し~って感じ出さなくても良いってば。もし俺が中里くんの敵ならさ~」


 ヘラヘラと歩み寄ってきていた粕川先生の姿が視界から消える。


「キミ、とっくに俺に殺されてるから」

「あ・・・あぁ・・・」


 粕川先生の行方を探って後ろを振り返ろうとした瞬間に、背後から声がかけられる。首筋をじわじわと締め付けられるような、背中にナイフでも突きつけられたような、背後に死が具現化したような感覚に襲われた。息をするのも謀られるような感覚だ。


「粕川くん、私はまだあなたを信じたわけではありません。不用意にそのようなことは控えてもらえますか?」

「いやいやいや~、奏ちんが差しで俺に勝てると思ってんの?」

「差し違えてでも」

「は~、へいへい。わ~ったよ。悪かったって。だからその杖引っ込めてよ~」


 冷たく相手を射殺すような表情の大間々先生に対して、ヘラヘラとした表情に戻った粕川先生は、自身の顔に突きつけられた杖を見ながら笑っていた。


 こんなんだから、いつまでも信用が得られないんじゃなかろうか?少なくとも俺はこの人を信用できそうにないなぁ。


「それで、ミサカイ皇国の動向だっけ?そりゃあもう酷いもんだよ。半年前に異世界召喚を行うために、国家が傾くレベルの財力をつぎ込んじゃったからね~。30人の勇者を召喚して、大陸中を支配して、失った財の何倍もの利益を得る予定だったのに、いきなり地球と統合。召喚した子どもたちは全員お迎えが来て強制送還。ミサカイ皇国に残ったのは飢えた民だけってわけさ」


 水姫さんも同じようなことを言ってたな。戦争で全てを手に入れようとしていたって。


「ちなみに、皇太子殿下は無類の女好きでね~。武力を盾に各国から姫を嫁にもらっていたってわけ。フォルティア王国の第一王女も嫁にと欲していたんだけど、かなり拒否られててさ~。勇者30人の召喚っていう凶悪カードで交渉しようと思ってたところに失敗して、さらには婚約発表でしょ~?さすがにぶち切れてるよね~」

「どうしてこのタイミングで婚約発表なんかしたんですか?放っておけばミサカイ皇国は勝手に自滅して、何もできなくなってましたよね?」

「いえ、その、それは、ですね・・・・・・」


 なぜか答えを言い淀む大間々先生。なんか答えにくい理由でもあるんだろうか?


「いや~、中里くんのお父さんがさ~、一昨日の爵位授与式でポロッと言っちゃったんだよね?爵位だけじゃなくて息子にお姫様を嫁がせてくれるなんて光栄だな~ってさ」

「は、ははぁ、なるほど?それじゃあ、婚約発表はそもそもの予定にはなかったと?」

「・・・・・・はい」


 あのくっそ親父!今度会ったら絶対ぶっ飛ばす!


「そのおかげで、今回の事件に関わってた奴らを見つけ出して始末できましたので」

「ちょいちょい!それやったの俺だかんね?奏ちんはなんもしてねえじゃん!」

「私は、護様のご家族を警護していました」

「ちなみに俺は、護の護衛をしてたんだぜ」


 たった一晩で何が起こっていたのかはあまり考えたくないな。始末って、おそらくそういうことなんだろうし。


 ヘラヘラしてるけど、粕川先生はそういうことができる人間なんだ。いや、必要があれば大間々先生や東さんも。


 考えたら、ちょっと背筋が寒くなってきてしまった。


「・・・・・・ぅう。こ、ここは?」


 どうやら鈴木さん(仮)が目を覚ましたらしい。大間々先生からは治療を受けてなかったけど、どうやら無事だったらしい。よかった。


「目が覚めましたか、鈴木さん。いいえ、内閣府異世界特別対策室職員の大島猛さん?」

「う、ぐうぅ。できれば、私を拘束してください。すぐにでも、中里くんに襲いかかってしまいそう、なので」

「わかりました。アイスプリズン」


 体を起こすのもままならなかった鈴木さん(仮)改め大島さんを、大間々先生は躊躇なく氷で覆ってしまった。


「それでは、いくつかお話を聞かせていただきましょう。あなたはいつ、誰にその刻印を刻まれたのですか?」

「記憶が曖昧で正確な時期がわかりませんが、中里くんと初めてお会いしたとき、この刻印はなかったと断言できます。刻印を刻まれてから、中里くんに会ったのは、今日が初めてです」


 俺が大島さんに会ったのは今日を除けば2回。能力検査の日とその翌日。それから1ヶ月は会ってなかったと思う。


「刻印を刻まれたのは、月に1度の定例会議に出席するために、風守学院を出たとき・・・・・・車で走っていて、どうしたんだったか・・・・・・車には1人で?いや、誰か、いた?」


 記憶が混乱しているのか、大島さんは目を閉じて考え込んでいた。思い出せそうで思い出せない感覚って気持ち悪いよね。


「刻印を刻んだ相手は、憶えていますか?」

「それが、黒いローブをかぶった老婆だったような、シルクハットを被った外国の紳士だったような・・・・・・いや、エプロンドレスを着た金髪のメイドだったような気が・・・・・・」

「残念ながら、しっかりと記憶操作されていますね。犯人が特定できないと、刻印を消すことができないのですが・・・・・・」


 相手の思考までコントロールできるんだから、記憶操作もできるってか?便利過ぎじゃないか魔法。


「少なくとも、俺が始末した連中の中にはいないってことだよね~。始末していれば、刻印も消えてるはずだからさ~」

「はずだからさ~じゃないですよおバカ!そしたらまだ、一番厄介な相手が残ってるってことじゃないですか!な~にが全部俺が始末したぜ!きらん、ですか!」

「ああ、いや。きらんとか言うやつ普通にやばいっしょ。俺はそんなこと言ってないからね~?たださ~、皇太子の裏にはガバリナ教団がついてるって話だからさ~。もしかしたらそこと関係あっかもね。さすがの俺も、単独で教団のアジト見つけて殲滅なんて一晩じゃムリよ~」

「はぁ、それじゃあ粕川くんが嫌いな貴族を始末しただけで、事態は何も好転して無いじゃないですか。せっかくおびき出すために一芝居うったのに」

「あはは~。でもあんだけ自分の周りの貴族が消えれば、さすがにあのクソガエルもしばらく大人しくするっしょ」

「そうだと良いですけどね。まあ、学院には東さんがいますから、護様の身に危険はないでしょう」

「なっはっはっは。弟子を守るのは師匠の役目だ。本当にあぶねえときはしっかり守ってやるぜ」


 いや、ちょっと待ってよ!本当に危ないって、今回みたいにどうにかなりそうなときは助けてくれないってことか?


 この人なら普通にあり得る。実践訓練だとか言って、ちょうどいい敵を連れてくるまであり得る。


「さて、それでは引き続き粕川くんは大島さんに刻印を刻んだ犯人を捜してください。見つけ次第、ね?」

「へ~へ~、それで2人の信頼が得られるんなら頑張りますよ~。その代り、こっちのお願いもちゃんと聞いてくれよな?」

「ええ、約束は必ず守ります。むしろ、交換条件にしてしまってごめんなさい」

「いいって。お互いあの頃と違って立場ってのがあんだからさ~」

「そう、ですね。そう言ってもらえると助かります。さて、それでは我々のお話はここで打ち切りますか。そろそろ、お2人は我慢の限界みたいですし」

「いや~、爆弾投下しちゃったのは奏ちんじゃん。さすがに中里くんが可哀想っしょ」


 え?俺が可哀想?なんのことやらと思いながらも大間々先生の視線を追ってみると、そこにはなぜか恐ろしいほど冷え切った笑みを浮かべた小雪と上野さんがいた。






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