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「う、うそ・・・・・・そんな」
護が、炎の渦のようなものに飲み込まれてしまった。さっきは別の渦を2本も消し去っていたのに、どうして?
「オオオオオオオオオオオン!」
護を飲み込んだ炎の渦は、その場で燃え上がると、大きく爆発して消えていった。そしてその中心には、全身が焼け爛れてボロボロになってしまった、護が倒れていた。
アタシなんかをかばわなければ、アタシなんかを助けに来なければ、護はこんなに傷つくことはなかった。
だから、全部アタシが悪い。そして、あの駄犬が害悪だ。
駄犬を睨み付けると、あいつは余裕そうな風体でこちらに歩いてくる。もう勝ったつもりみたいだ。
本当はアタシがぶっ倒して護を助けたいけど、悪者の出番はもう終わったみたい。
今日のところは、護の相棒に任せることにしよう。次は絶対、アタシが護の隣に立ってやるんだから。
「アンリミテッド・メテオヘルブレイズ・インフェルノランス!」
空から無数の漆黒の槍が降り注ぐ。こちらに視線を向けていた駄犬は、反応が遅れて高速で飛来するそれをよけることができない。
「ギャアン!」
胴に、足に、尾に、そして頭に突き刺さった槍は、漆黒に燃え上がり、爆ぜた。
「ギャウゥ・・・・・・」
五体のあちこちを吹き飛ばしながら、駄犬はバサリと倒れ込んだ。事切れたんだろう。
「ね~ね~見た見た護くん!私の隠し必殺奥義!めっちゃ格好良かったでしょ~」
ドヤ顔で上空から下りて来た月夜野さんは、ふわりと着地しながらアタシに視線を向ける。
「あ、あれ?上野さん?ま、護くんは?」
どうやらアタシと護を間違えたらしい。そうだよね、ドヤ顔で話しかけたら人違いってかなり恥ずかしいよね。って、そうだった。護の治療をしなきゃ!
「いやいや、まさかフレイムフェンリルが倒されるとは。これは困ってしまいましたね」
「う、ぐぅ」
迷彩服を着込んだ長身の男が、アタシたちと倒れている護の間に割って入る。男は背中に大剣を背負い、右手にはロングソードを、左手には藤岡くんを装備していた。
ん?なんで藤岡くんをヘッドロックしちゃってんの?せめて持ち方ってのがあると思うんだけど?
「えっと、鈴木さん?どうしてその、藤岡くん?をそんな持ち方してるんですか?」
「確かに、このような持ち方は失礼でしたね」
「っがはぁ」
手を離して地面に落ちた藤岡くんの腹を、男は勢い良く踏みつけた。
「何やってるんですか鈴木さん!」
先ほどまでのオロオロした感じは一切無くなった月夜野さんが、男に向かって杖を向ける。それを見た男は、右手で持っていたロングソードを藤岡くんの首筋に当てた。
「月夜野さん、下手なことはしないでください。私も、できればこんなことはしたくないんです」
「これは、なんのつもりなんですか?どうして、その、藤岡さん?にそんなことするんですか!」
「大丈夫ですよ。すぐに藤岡くんは解放します。ええ、藤岡くんは、ね」
男は藤岡くんの体を蹴り上げる。藤岡くんの体は軌跡を描きながらアタシたちの方へと飛んでくる。
さすがにそれをよけるわけにはいかないので、慌てて受け止める体制をとったところで、男がこちらに背を向けて走り出したことに気づいた。
その方向には、護がいる。もしかして、あの男は護を狙っているの?
「月夜野さん!ま、護を―――」
「フレイムバレット!」
すでに月夜野さんは男に向かって魔法を放っていた。何かが男の足を貫通したようだったが、それでも男は走るのを止めず、護の元までたどり着いてしまった。
男はボロボロの護を荷物のように肩に担ぐ。
「ま、護をどうするつもりなの?」
「申し訳ありません。彼をどうするのか聞いておりません。ただ、彼を引き渡すようにと」
「引き渡す?誰に?」
「それは、お聞きにならない方がよろしいでしょう。私のようになりたくなければ」
男が上着の袖をめくると、腕には黒い刺青のようなものが記されていた。ここからではよく見えないけど、どことなく嫌な感じが伝わってくる。
「これは『隷属の刻印』というそうです。これを刻まれた者は、刻んだ者に絶対服従を強いられます。本当はこのようなことはしたくない。本心からそう思っていても、体は命令に逆らえません。彼らに目をつけられれば、あなた方もこれを刻まれる可能性がある」
「もし護くんを連れ帰れなかったら、あなたはどうなるんですか?」
「さあ、それはわかりません。この刻印に呪い殺されるのかもしれませんし、何も無いのかもしれない」
「じゃあ、何も無いことを祈ってください!ヘルフレア・バインド!」
躊躇なく発動した月夜野さんの魔法は、複数の鎖となって男に襲い掛かる。
「マジックカウンター!」
「うそぉ!」
男に直撃すると思われた鎖は、男が手を翳した瞬間に方向を変えて月夜野さんに襲い掛かり、彼女の体を雁字搦めに縛り上げてしまった。
月夜野さんはもう動けない。だったら今度はアタシが!
「うおおおおぉ!」
「やめてください!上野さんのステータスでは私の足止めすらできません」
殴りかかろうとしたアタシに反応して、男は手にしたロングソードを投げ捨てて拳を振るう。アタシの拳よりも先に、男の拳がアタシの顎に届いた。
ぐらりと脳が揺られ、意識が飛びそうになったけど、どうにか踏みとどまった。躊躇なく顎にカウンターを入れてくるあたり、本気で抵抗しているんだろうけど、アタシを殺すつもりはない?
ロングソードで斬られれば、間違いなくアタシは死んでいた。あの時ロングソードを放り出したのは、隷属の刻印に対する彼なりの抵抗だったのかもしれない。
だったら、まだどうにかできる!
「もういっちょおおおおおぉ!」
「・・・・・・すいません」
「っかっはぁ!」
彼は申し訳なさそうに謝罪をつぶやきながら、さらに拳を振るう。アタシの拳は空を切り、彼の拳はアタシの鳩尾に突き刺さる。
苦しい、痛い、気持ち悪い。
でも、さっきよりも深くに踏み込むことができた。もっと鋭く、もっと速く。
次は、絶対に届く!
「やあああああぁ!」
深く腰を落としてから足に限界まで力を込めて、渾身の突きを放つ。先ほどまではカウンターを狙っていた男が、ここで初めて回避しようと体を半歩横にずらした。
そのチャンスを、絶対にモノにする!
彼が左肩に抱えたままの護に、必死に手を伸ばす。
そして、ほんの少しだけ、アタシの指先が護に届いた!
「ヒール!」
「な!しまった!」
一度すっからかんになっていたからほとんど霊力は回復していなかったけど、あるだけ全てを注ぎ込んだ回復魔法。
白い光が護の体を包み込み、ほんの少しだけ外傷を癒していった。もっとレベルを上げて、次は一瞬で完全回復させてあげるからね。
「すいませんが、少し眠っていてください!」
「上野さぁん!」
焦ったような月夜野さんの声と同時に、アタシの顔面に男の拳が突き刺さった。
女の子の顔面を殴りつけるってどうなの?お嫁に行けなくなったら、護に責任とってもらわないと。
だから、早く目を覚ましてよ、護。
『乙女の祈りを贈られました。上野ひかりの祈りをスキルとして展開します』
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