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「現状では、イレギュラーに対抗しうる戦力はこの学院にはありません。最善は、指導教官を務める異世界帰りの皆さんが帰還するまで待機し、その後にイレギュラーを討伐していただくことです」


 いくらなんでも、そんな強力な魔獣相手にあと2日も逃げ切るなんてのは不可能だ。今だって、逃げ回れているのが奇跡みたいなもんだろう。


 1分1秒だって早く助けに行かなきゃいけないはずだ。


「危険な状況に子どもを送り出すことはできません。どうか、ここは引き返してください」

「引き返して、誰が2人を助けに行くんですか?」

「政府にダンジョン対策の特殊部隊を派遣してもらえるよう交渉します」

「それは、どれくらいで派遣してもらえるんですか?」

「・・・・・・」


 これは期待できないな。下手すれば東さんたちのほうが早く帰ってくるんじゃないか?


「俺たちが行きます。この件で問題になったら、俺を退学にしてもらっても構いません」


 むしろ退学にしてください!


「な!も、もし問題があるなら、リーダーである僕が退学になる。キミは何も悪くないと、僕が証言させてもらう!」

「そ、そうだよそうだよそうだよ!くそったれな久賀っちが退学になれば問題無いから、護くんたちには何もしないでよ~!」


 そんな援護射撃はいらないんだよ!昨日まであんな偉そうにしてたのに、性格変わり過ぎだろこのお坊ちゃまは!


「甘楽、貴様言い方があるだろう」

「ふ~ん、事実だも~ん」


 さて、いつまでしゃべっててもキリはないだろう。俺は鈴木さん(仮)に背を向けてダンジョンへ歩きはじめる。


 あれこれ言いはしたけど、幼馴染み2人が心配なのは間違いない。体が軽くなってきたとは言え、心配で胸が張り裂けそうなことに変わりはない。冗談で気を紛らわせてはいるけど、一瞬でも早く2人のところへ行って、無事な姿を確認できない限り、この不安は消え去らないだろう。


「・・・・・・どうしても、行かれるのですか?」

「もちろんです」

「わかりました、それでは私も同行します」


 いや、確かに準備万端な格好しているとは思ったけど、本当について来ちゃって大丈夫なんだろうか?


 お役所は現場判断とか独断専行ってのが嫌いなんじゃないの?キャリア無くなっちゃうぞ?


「ふふふ、こういった状況での自由裁量権はある程度認められています。それに、テリオリスと地球が統合されてからの半年間、私も訓練を行ってきましたからね」

「ちなみに、ステータスとかって・・・・・・」

「それは個人情報ですので、お教えすることはできません」


 こっちの情報はほとんど知ってるくせに、そっちは隠すのかよずっるい!でも、この筋骨隆々な体型だ。きっと戦力にはなってくれるだろう。


「行きましょうか。端末の地図アプリって、ナビ機能もあったりします?」

「もちろんです。目標までの最短距離を示してくれますよ」

「じゃあ、久賀くんの端末を貸してくれる?戻って来たらちゃんと返すから」

「いや、僕がしっかりとナビを務めるぞ?」

「え?」

「ん?」


 いやいやいや、こいつ、一緒に行くつもりなのかよ!


「当然だ。僕はパーティのリーダーなんだ。仲間を見捨てて自分だけ安全なところにいるわけには行かないだろう?」


 選民意識が強くて傲慢で性格ひねくれてるクソ野郎かと思ったけど、意外と良い奴なのかもしれないな。散々見下してた俺に対して頭を下げてお願いもできてたし。


「それじゃあ、全速力で向かいましょう!」

「ああ、僕と甘楽くんが先導しよう」


 そう言って駆け出した久賀くんたちの後ろをついて行くのだが、どういうわけかかなりゆっくりなペースだ。もしかして、俺たちに気を遣ってゆっくり走ってくれてる?


「久賀くん、もっと速度上げて大丈夫だよ。むしろ、もっと速くして欲しい」

「う、あ、ああ、わかった」


 しかし、ほんの少し速度が上がっただけで、大して変わっていない。むしろ、徐々に速度が落ちてきているような気さえする。


「ど、どうしたの?俺たちならまだ全然余裕があるから・・・・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・す、すまないぃ」

「・・・・・・」


 どうやら全力の速度だったらしい。


 東さんが早期入学組と俺たちでステータスに差がありすぎるって言ってたから、体力的にも俺たちよりずっとすごいと思ってたんだけど、親のコネのおぼっちゃんだからかな?


「ふ・・・うぐぅ・・・これぇ・・・もう・・・むりぃ」


 ちらりと隣の甘楽さんに目をやると、彼女も限界を超えてしまったようだ。女の子がしちゃダメな顔をしている。


 俺の隣を走っている小雪は全然平気そうな顔して、汗1つかいてないんだけど、どういうことだ?


「中里くん、これ以上の速度は彼らにはムリでしょう。とっくに限界は超えているようです」

「え?」


 いや、このスピードなら毎朝10㎞のランニングしてるときより全然遅いぞ?やっぱり、先ほどまでダンジョンに潜っていたから、かなり疲労していたってことか。


「だ、ダメだぁ」

「ふみゅ~、もう動けないよぉ」


 そうこうしている間に、先導してくれていた2人は、目のめりに倒れてしまった。やっぱり、かなり疲れていたんだな。


「しかたありません。お2人は、私が担いでいきましょう。中里くんは、先導をお願いします」

「任されました」


 久賀くんの手から端末を抜き取ると、それを持って再び走り出す。これで自由に速度調整ができるな。


「げ!やばいよ護くん。魔獣だ!」

「「「ウオオオオオォン!」」」


 前方でオオカミ型の魔獣が3体、俺たちを待ち構えていた。今は戦っている場合じゃないから、当然無視だ。


「全速力で、オオカミの間を抜けていこう」

「了解!」


 俺たちはぐんぐんと速度を上げてオオカミに接近すると、そのまま攻撃をすることもなく間を抜けて通り過ぎた。


「・・・・・・ウ、ウォン!ウォン!」


 スルーされるとは思わなかったのか、通り過ぎた瞬間にぽかんと固まっていたオオカミが、こちらに向かって吠えている。


 はっはっは。これぞ負け犬の遠吠えってヤツか。


「ま、護くん!ドンドンくるよぉ!」


 前方には、さらに5体のオオカミが。これも華麗にスルーして、俺たちは上野さんと刀司の元へと駆けていった。







 シールドが破られてから、どれだけの時間が経っただろうか。


 白銀の巨大なオオカミによる攻撃は、そのどれもが例外なく当たれば致命傷になり得る強力なもので。今でも生きていられるのは、藤岡くんがその攻撃をことごとく躱し続けてくれているからだろう。


 刀術スキルによる『見切り』。相手の攻撃をギリギリで見きって回避するスキルらしい。でも、スキルということは霊力を消費する。いずれスキルが使えなくなるってことだ。


 攻撃を躱した直後に、藤岡くんも反撃しているようだが、ダメージはまったくとおっていない。このままでは、すぐに限界が来る。


「っぐ。がはぁ!」


 そう思った直後に、オオカミの前足が藤岡くんに直撃し、その体は壁へと突き刺さった。


 治療してあげたいけど、アタシの霊力はとっくにすっからかんだ。アタシに、彼を助けてあげることはできない。


 でも、せめて、アタシが先に死んであげよう。もしかしたら、アタシを殺したら満足していなくなってくれるかもしない。もしかしたら、アタシが殺されるわずかな時間で、救援が来てくれるかもしれない。


 そんな、小さな可能性にかけて、ろくに力が入らない足に最後の力を込めて立ち上がる。


「この犬っころ。そんな雑魚の相手なんてしてないで、こっちに来なさい!」

「グアオオオオオオオオオオォン!」


 殺意を込めた咆哮がダンジョンに木霊する。きっと、この後アタシは殺されるんだろう。


「ごめんね藤岡くん。巻き込んじゃって」


 アタシが焦ってレベル上げをしようって言わなければ、きっとこんなことにはならなかった。だから、悪いのは全部アタシだ。


「ごめんね護。あなたが辛いときに、ちゃんと側にいてあげられなくて」


 あのときアタシにもっと勇気があれば、今でも護の近くにいられたかもしれない。そうしたら、こんな状況にはならなかったのに。


「さようなら、護。アタシも、聖ちゃんと一緒に―――」

「どうりゃあああああああああ!」


 オオカミが振り上げた腕がアタシに直撃する寸前、それはズドンという音と共に弾き飛ばされた。







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