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「中里護!お願いだ!どうか、ひかりと藤岡を助けてくれ!」


 周りが盛大にフラグを踏みまくっていると思ったけど、初日からトラブルなのかよ!せめて最終日とかにトラブれよバカ!


「というわけで、お帰りはあちらでどうぞ」

「ま、待ってくれ!今はキミに頼るしか方法がない。危険なことは承知でお願いしている。どうか、どうか頼むぅ」


 昨日まであれだけ敵意むき出しだったのに、こいつどうしちゃったんだ?全身が濡れるのもお構いなしに、盛大に土下座を決めている様子を見ると、ドン引きしてしまう。


「っつうか、ここ風呂場なんだから、靴くらい脱いでこいよ!」


 そう、ここは風呂場。しかも男子寮の大浴場なのだ。せっかく昼間っから風呂に入って汗を流していたというのに、泥だらけの靴で入ってくるものだから、床が泥だらけだ。


 この調子だと、脱衣所まで泥だらけなんじゃないかと思うと、風呂から上がりたくなくなってしまう。


「それで?上野さんと刀司を助けるって?2人で殴り合いのケンカでも始めた?」

「ひ、ひかりがそんなことするわけないだろう!」


 いいや、するね。なんだったら、上野さんがマウントとって刀司をボコボコにするまであるね。


「冗談を言ってる場合じゃないんだ。今、あの2人はダンジョンの1階で魔獣に襲われている。ここままだと、いつ死んでしまうかわからない!」


 ドクンと、心臓が跳ね上がる。指先はしびれを帯びながら硬直し、思うように動かせなくなった。思考も、靄がかかったように鈍化して考えがなにもまとまってくれない。


 上野さんと刀司が死ぬ?


「な、なんで?」

「ダンジョンの1階を探索していたら、2階へと続く階段から、恐ろしい魔獣がやって来た。ひかりは聖属性魔法のシールドで、階段から上がってこれないよう足止めをしているが、霊力を使い果たせば・・・・・・僕たち4人では到底倒せない相手だった。だから、僕と甘楽くんは助けを呼びに来たんだ」


 また、異世界は俺から大切なものを奪おうとするのか?


 どうして?


 俺はただ、平凡で平穏な生活を送りたかっただけなのに。


 なんで、こんなちっぽけな願いさえも叶わないんだ。






 体を拭いたのかどうかも憶えていない。服は、おそらく全部着たんだとは思う。道もわからなくなってしまった俺は、久賀くんのあとに続いてダンジョンの入り口までやって来た。


「護くん、待ってたよ!」


 手をぶんぶんと振っているのは小雪だった。彼女もどこか慌てたような、緊張しているような、微妙な顔をしていた。


「ちょっと!なんでそんなびしょびしょなの?それに、大盾だって持ってきてないじゃん!」


 そう言えば、大盾はどこへいっただろう?たしか、訓練場から脱衣所までは持っていたと思うんだけど。


 どうしよう。体に力がわいてこない。早鐘を打つ心臓に反して、体の動きや思考が極端に遅くなっているのがわかる。


 上野さんと刀司が死ぬ。そう思っただけで全身が冷たくなっていく。恐怖に塗りつぶされていく。


 怖い。怖くて怖くて、もう何が何だかわからなくなってしまいそうだ。


「ちょっと、1回しゃんとしよっか?」


 小雪が俺に笑顔を向けている。彼女がどうして笑っているのかも、なんでこちらに拳を振りかぶっているのかも、まったくもって意味がわからなかった。


 え?いやいや、本当に何してんの!


「ぶおろへ!」


 躊躇なく振り抜かれた拳は、俺の顔面を打ち抜いた。あまりの衝撃に、後方に体が吹き飛ばされる。


「こ、小雪、いきなりなにを?」

「なにって、緊急事態に顔真っ青にしてガタガタ震えてる相棒に気合いを入れてあげたんだよ?」

「気合いって・・・・・・」


 ポタポタと、鼻から血がしたたり落ちる。こいつ、どんだけ力入れて殴ったんだよ。鼻とか、折れてないよね?


「どう?少しはしゃんとした?」

「しゃんとはしないけど、落ち着きはした、かな?」


 腰をかがめて伸ばしてきた小雪の手を握り、ゆっくりと立ち上がる。先ほどまでの硬直がウソのように、体は軽くなっていた。


「お、おい!中里護!キミの武器は、これで良いのか?」

「重い重い重いよ~!なんなんだよこの盾!でかすぎるでしょこんなの~」


 いつの間にか、久賀くんが俺の盾をとりに行ってくれていたようだ。なぜか甘楽さんと2人がかりで持ってきたみたいだけど、あれってそんなに重くないよね?そんなに息が荒いのは、走ってきたから、とかだよね?


 最近は片手で振り回せるようになってきたし、ほぼ体の一部って感じで扱えるようになってきたんだけどなぁ。


 まあ、そんな体の一部を置き忘れてくるくらい、動揺していたみたいだけど。


「それじゃ、いっちょお姫様を助けに行きますか?」


 小雪が握りこぶしを作った右手をこちらに向けてくる。一瞬また殴られるのかと思ったけど、どうやら違うようだ。


 俺はポケットの中に入っていた指ぬきグローブを左手にはめると、同じく握りこぶしを作って彼女の右手に当てた。


「頼むぜ、相棒!」

「こちらこそ、相棒」


 格好良く決まってふふんと嬉しそうにしてるとこ申し訳ないんだけど、小雪に伝えないといけないことがあったな。


「仮想通貨が手に入ったんなら、早くこれのお金払ってくれって言ってたよ。ショップの店員さんが」

「ちょっとお!台無しだよ、せっかく決まってたのに、台無しになったじゃんか!なんでこのタイミングでそんなこと言うかなぁ」


 だって今思い出したんだもん。しょうがないよね?


「さてと、それじゃあ行こうか。道案内を頼めるかな、久賀くん」

「ま、任せてくれ」


 スマホ型の端末を取り出した久賀くんは、何やら操作をはじめると、液晶にマップが表示された。どうやらダンジョン1階の地図のようだ。地図上に点滅している青い点は、上野さんと刀司だろうか?


 ダンジョンの中で位置情報までわかるなんて、たいしたものだな。


「最初の位置からはかなり移動したみたいだな」

「じゃあ、ひかりちんの霊力がなくなって、逃げ出したってことかな?」


 さっきから微妙に移動を繰り返しているから、きっとまだ生きてる。幸い2人は1階にいるから、合流するまでにそこまで時間はかからないはずだ。


「皆さん、ちょっと待っていただけますか?」


 さあ出発だ、というところで、背後から声をかけられた。聞き覚えのある声に振り返ると、なぜか迷彩服に身を包んだ筋肉戦士、鈴木さん(仮)が立っていた。


腰には迷彩服に似つかわしくないロングソードが左右に一本ずつ。そして背中にも、俺の身長はあろうかと言うほどにバカでかい大剣が背負われていた。


「鈴木さん(仮)、どうしたんですかその格好!」

「これは国から支給された私の装備です。非常事態だとうかがい、駆けつけました」


 ぴしりと敬礼をする彼を見て、これが内閣府に努める公務員さんだとは、とてもじゃないけど思えなかった。


「上野ひかりさん、藤岡刀司くんの2名は、イレギュラーに遭遇したと思われます」

「イレギュラー?」

「すごい!なんか格好良いねぇ」

「魔獣は基本的に階層間を移動することができません。ですが、ごく稀に他の魔獣を喰らい大幅に成長した個体は、自由に階層を行き来できるようになるそうです。イレギュラーの力はどれほどかわかりませんが、最低でも中層のボスモンスター以上の力を持っている、そう思っていただいたほうが良いでしょう」

「中層っていうのは、どれくらいなんでしょうか?」

「このダンジョンの構造は全100階。40~60階程度が中層にあたるかと」


 それは、マジでとんでもねえ強さだわ。






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