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「10階?僕たちはまだ、1階でレベル上げをしているのに?」


 ポツリと、未だに名前を知らない同中の男子生徒がつぶやいた。その言葉を聞いて、粕川先生は小雪から離れて、少年の元へと歩いて行く。


「ダンジョンはね~、10階ごとにボス部屋があんだよね。そこをクリアするとさ~、ここのポータルでその先まで進めるようになるわけ。まぁ?キミらにはまだまだ先の話だけどね~」


 少年の不服そうな目を見つめながら、ニタニタと軽薄な笑みでそう告げる。


「ぼ、僕たちにはまだ早いと?あちらは落ちこぼれが2人だけのパーティじゃないか!しかも、ボスは中里護が1人で倒したと」

「あっはっはっは!あの2人が落ちこぼれ?な~に勘違いしちゃってんだか知らねえけどさぁ、キミたち4人でかかっても、護くんに勝てっこねぇっしょ」


 おい、粕川やめろ!おぼっちゃんを煽るんじゃない!俺如きがエリート様たちに勝てるわけねえだろ!


「は?エリートである僕たちが、あの金魚のフンに劣ると?」

「エリートって、久賀くんは別に大したことなんてないっしょ?パパがたまたま県議会議員だったから、コネで学院にねじ込めただけじゃん?」

「た、確かに父の口利きがあったかもしれないですが、僕は・・・・・・」

「親が偉くたって、別にその子供まで偉いわけじゃねえんだよ」


 粕川~!どっからそんな低い声出してんだよこええよ!普段のチャラい軽薄さはどこ行っちゃったんだよ。おぼっちゃんが完全にビビっちゃってるじゃんか。


「ここでは権力なんてなんの力にもなんねえのよ、久賀くん?ダンジョンってのはさぁ、魔獣ってのはさぁ、お貴族様だろうが平民だろうが奴隷だろうが、平等に弱い奴から殺しにくるんだよ。ここで3年間やっていくつもりならさぁ、自分は偉いなんて考え、とっとと捨てるんだね」





「粕川先生も、あんな風に説教するんですね」


 あの後、刀司たちとはほとんど会話もせずに別れた。もともと疲れ切ってたし、そこに追い打ちをかけるような指導教官からの説教。


 しかもチャラい粕川の説教だ。空気、完全に凍結してたよね。あそこで冗談をかます勇気を俺は持ち合わせていなかった。


「粕川くんは、貴族みたいな特権階級が嫌いですから。久賀くんのあの言い方にカチンときたんでしょうね。ミサカイ皇国の貴族は本当に腐っていますから」


 特権階級うんぬんというより、普通に久賀くんとかいうおぼっちゃんのことが気に入らなかっただけでは?少なくとも俺は嫌いだ。


 ん?ミサカイ皇国って、どっかで聞いた覚えがあるような気がする?


「でも、大丈夫ですかね。あんな言い方して。彼のプライドとかボロボロにしてましたけど」


 ふ~む、確かに小雪の言う通り、ここでラノベとかだったら、久賀くんが暴走して無理パーティを率いて深い階層に突っ込んで、あえなく遭難。とかってありそうな話だ。


 あとは粕川先生が久賀くんに危険な薬を渡してモンスター化しちゃうとか?


「ない、とは言い切れないですね」

「なっはっはっは。良いじゃねえか、無謀も若さの特権だ。それで死んじまうなら、それまでだったってことだなぁ」

「ちょっと!物騒なこと言わないでくださいよこのおバカ!ただでさえ、明日から私たちは学院を空けなくちゃいけないんですからね!」

「「うえ?」」


 なんでも、指導教官たちは各々召喚された国に戻って、この風守学院に留学予定の生徒たちの移動やら受け入れの準備やらをしないといけないらしい。


 そのせいで、3日ほど留守にするとか。せめてもう少し早くその話を聞かせて欲しかったけど、これで少なくとも3日はだらけられそうだな。


「その期間はダンジョンの立ち入りも禁止になるので、大丈夫だとは思いますけどね」


 ああ、そう言うのって、明らかにフラグですよねわかります。


 できれば俺や小雪が巻き込まれない形で暴走してくれると嬉しいな。


「全く、なんで俺まで駆り出されなきゃなんねえんだ。スパルティアは日本と関係ねえのによお」

「いや、東さんはどこの国にも顔が効くんですから、率先して動いてくださいよ!そういう契約で、風守学院にきてるはずですよね?」

「別にただの紙切れの契約書に効力なんてねえだろ」


 なんてこと言うんだこの筋肉ダルマは!日本において書面上の契約は絶対だぞ。物理的に踏み倒せるとか思って、変な契約書にサインとかしてないだろうな?


「とにかく、地球側も学院側も、テリオリスを受け入れるのにこれからどんどん忙しくなるんですよ。それをサポートするのも、五大勇者の役目でしょ?」

「はぁ、そんな役目なんかねえよ」

「「ちょっと待って!」」


 先生たちのやり取りを聞いていて、思わず声をかけずにはいられなくなった。それは小雪も同様のようで、ぴったり声が重なってしまった。さすがバディだね。って、そんなことよりもだよ!


「五大勇者って何ですか?え?もしかしてとは思いますけど、東さんのことじゃないですよね?違うと言ってくださいお願いします!」


 なぜか懇願してしまった。


 いや、だっておかしいでしょ?この脳筋筋肉ダルマの訓練バカが勇者だと?狂戦士とか筋肉戦士とかなら納得するけど、勇者はない。


だって、ド派手な甲冑とか聖剣とか持ってるわけじゃないじゃん。


 なんなら装備は真冬でもタンクトップだぞ?


「一応、テリオリスでは東さんは大英雄なんですよ?世界中で被害を出した終末を告げる邪竜の討伐をしたり、世界征服を目論む国を壊滅させたり」

「「あぁ~」」 


 壊す系ね、なら納得だわ。どんなんか見当もつかないけど、この人なら嬉々として邪竜を素手で殴りに行きそうだし、気に食わない国があれば、一夜にして更地に変えてそうだもん。


「というわけですから、東さんもしっかりと仕事してくださいね」

「へぇへぇ、わかりましたよ」

「それから、中里くん?もし久賀くんに決闘とかを申し込まれても、ほいほい受けちゃメッ!ですからね?」


 久しぶりに聞いたな、大間々先生のメッ!かなり効いたぜ!


 心配しなくたって、日本で決闘なんてするわけないでしょ。仮に模擬戦を申し込まれたって絶対に受けない。


 先生方がいない間は、ゴロゴロして過ごすんだから。


「せっかくのお休みですから、上野さんとデートでもして、好感度を上げてください」

「いや、それはちょっと」


 デートして好感度が上がるなんて迷信ですよ。


 そんなんしたら、さらに好感度が下がる可能性まである。上野さんに対する俺の好感度が。だって最近の上野さん、なんかちょっと怖いし?


「それなら小雪とデートしたほうがまだ有意義ですよ」

「ちょっと護くん?まだ有意義ってどういうことかな?」

「あ、いや、違うよ?言葉の綾、みたいな?」

「へ~、そうですか。だったら、護くんのおごりでフードコート巡りでもしようか?初めて仮想通貨も稼げたことだし?」


 うぅ~、ちょっと言い方を間違えただけじゃないか。これで俺の休日は1日潰れちゃいそうだ。


「おうおう、遊ぶのも良いけど、訓練は欠かすんじゃねえぞ?1日でも訓練を欠かせば、筋肉だってすぐに機嫌を損ねるんだからな?」


 申し訳ないけど、筋肉の機嫌がわかる程対話できませんよ。


「はいはい、とにかくです。厄介事だけは起こさないでくださいね?」


 そのつもりは十分にあるんだけど、大間々先生が悉くフラグを積み上げてくれたからなぁ。



「中里護!お願いだ!どうか、光と藤岡を助けてくれ!」


 そして、案の定厄介事はやってきた。


 だけど、どうして久賀くんが助けを求めに来ているんだ?






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