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 ミナモちゃんとそのお母さん、水姫さんと一緒に仏壇に手を合わせている。仏壇には若い頃の水姫さんが笑顔で写る写真が飾られており、それに向かって手を合わせている姿は、なんともシュールだった。


 どこかで見た顔だと思ったら、毎朝見ている顔だったのは驚きだ。


「それでは、改めましてご挨拶いたします。私は、フォルティア王国王妃、ミズキ・リンデ・フォルティア。旧姓は中里水姫と申します」

「私は、フォルティア王国第一王女、ミナモ・リンデ・フォルティアと申します」


 正座をしたままきれいな礼をする2人。傍から見れば完全に日本人なのだが。ミナモちゃんは異世界人。俺の従兄妹だけどお姫様って何それ!


 異世界人とは関わりたく無いと思っていたのに、親戚が異世界にいるとは思ってなかった。


 ちなみにミナモちゃんの額の傷は、水姫さんの『アクアヒール』とかいう回復魔法ですっかり治っている。傷跡なんかも残らないらしいので、それを理由に結婚、なんてのはなさそうで安心した。


「つまりお前は、20年前にテリオリスに召喚されて、なんだかんだ世界を救って、なんだかんだで当時の王子様と結婚して、今は王妃様ってことか?」

「そうです。なんだかんだあって、フォルティア王国で王妃を務めています」

「それじゃあ、こっちに戻ってくることはできないのか?」

「そうですね。王妃としての公務もありますから、週二で帰って来るのは難しいと思います。週一ならどうにか」


 多いよ!思ったより暇だな王妃様。それよりも、20年間の出来事が「なんだかんだ」ですまされるのか。お父さんも適当だけど、水姫さんも大概だな。さすがは兄妹というところか。


「せっかく20年ぶりに帰ってきたというのに、「誰だお前!詐欺なら下調べしてから出直せ」だなんて、酷いですよ」


 先ほどまでの鋭い視線はどこへやら。まるで子どものように頬を膨らませて怒りを表現する水姫さん。お父さんが今年で43だから・・・・・・


「護さん?女性の年齢を詮索してはいけませんよ」


 指折り数えていたら、そっと手を押さえられてしまう。すみませんでした。


 しかし、実年齢に比べてかなり若く見える。20代前半といっても通じそうだ。ちなみにミナモちゃんは、なんと俺と同い年。全然お兄ちゃんじゃねえじゃん!と言ったところ、俺のほうが誕生日が早いらしく、『従兄妹のお兄ちゃん』ってことみたい。


「それで、ミナモちゃん?ミナモ様?王女殿下?はなぜあのような場所にいらっしゃりましたのでしょうか?」

「あの、護様。呼び方はミナモちゃんで構いませんし、王族だからとへりくだっていただく必要はございません。ですから、その変な敬語はおやめください」


 おっと、高校の面接試験でも絶賛された俺の敬語が否定されてしまった。しかし、こちらに対して敬語を使ってくる相手に、しかも本物の王族相手にタメ口ってのは大丈夫なのだろうか?


「ミナモちゃんがさっきみたいにしてくれたら、俺も同じようにできるかも」

「わかった。これからよろしくね、お兄ちゃん!」

「ああ、結婚はしないけど、よろしくお願いね」

「あ・・・・・・」


 消え入るように一声発した後、ミナモちゃんの表情がみるみる青くなっていく。


「ミナモ?どういうですか?」


 水姫さんは、そっとミナモちゃんの頭に手を当てながら、困ったように微笑んだ。先ほどの刺すほどに冷たい視線とは違い、冷たさは感じられないのだが、それでもミナモちゃんは動揺しているようだ。


「もし護さんと今日中に婚約できなければ、ミサカイ皇国の第一皇子に嫁がせると言いましたよね?やっぱりあなたは、ミサカイに嫁ぎたいのですか?あんなカエルみたいな皇子とは絶対に結婚したくないと言っていたのに、実はツンデレさんだったのですか?」

「ち、ちちち、違いますお母様!私は、ミサカイなどに嫁ぎたくはありません!あんなジェルフロッグを潰したような皇子、絶対に嫌でございます!」

「だったら、どうして護さんと婚約ができていないのですか?わざわざ日本政府に手を回して、1日だけ護さんとの時間をとれるようにしてもらったんですよ。その機会をものにできないとは」

「も、申し訳ありません!」


 そんな理由で一時帰宅が許されたの?いや、それだったら一時帰宅って言わないよね?俺、帰宅をエンジョイできないもん!


「相手から望む言葉を引き出すだけが駆け引きではありません。ときに強引に、力尽くで事をなさねばならぬ時があります」

「力尽く、でございますか?」

「そうです。既成事実さえ作ってしまえば、あとはどうとでもなりますもの」


 水姫さんがにやりと微笑むと、俺を今夜のご馳走かとでも言うような目でロックオン。


 貞操の危機を感じた俺は、思わず逃げだそうとしたのだが、立ち上がることができなかった。


「アイスバインド。簡単な魔法ですが、まだ護さんには解除できないでしょう?」

「ほぉ、これが魔法か。もしかして、護も使えるのか?」

「感心してないで、助けてくれよ。可愛い息子の貞操が無理矢理奪われそうになってんだぞ!」

「あ、ああ。そうだな。俺はお邪魔か」

「ちっげえよアホ親父!助けろって言ってんでしょうが!」


 実の息子が襲われそうになってんのに、何を呑気にしているんだよ我が父!


「水姫がいなくなったのは、中学二年生のときだったんだ。あの時はうちも貧乏で、水姫には我慢させることが多かった。だから俺もバイトを頑張ってなぁ。初めてのバイト代で、水姫と一緒にファミレスに行って、腹一杯好きな物を食わせてやろうと思ってたんだ。それがさ、いつまで経っても帰って来ないんだ。1日、1週間、1ヶ月、1年。待っても待っても帰って来ない」


 ど、どうしたお父さん。いきなり真面目に語り出して、昔話なんて。今更そんな話したって・・・・・・


「・・・・・・お兄ちゃん」


 効いてる~!


 水姫さん、ほろりと涙を流してる~。おかげで氷の拘束も少し緩んできた。も、もう少しで抜け出せそうだ。


「そんな大切な妹がさ、帰ってきたんだ。それもこんなに可愛らしい姪っ子まで連れてさ」


 う、うぅ。俺までもらい泣きしそうな雰囲気になってきたじゃないか。こんなんじゃ、俺も逃げ出せないよ!


「それでさ、言うんだよ。『お兄ちゃん、今まで心配かけてごめん』ってさ。『心配かけたお詫びに、お兄ちゃんにフォルティア王国での貴族位をあげるよ。子ども同士が結婚すれば、お兄ちゃんも王族の仲間入りだよ。そうすれば、一生遊んで暮らせるよ』ってさ」

「・・・・・・なんて?」

「だからさ、もう結婚しちゃいなよ。将来良い相手が見つかるかどうかもわかんないんだしさ」


 なんで屈託のない笑顔でサムズアップ決めてやがんだクソ親父!つまりは俺を売ったってことだろ!なにが一生遊んで暮らせる、だよ。王族が遊んで暮らせるわけねえじゃん!


「ふふふ。そういうことです。良いですか、ミナモ。こうやって買収・・・根回しをすることも忘れてはいけませんよ?」

「はい、お母様」


 ふふふじゃないんだわ。もう完全に買収って言っちゃってたじゃん!実の兄を買収するってなんだよ王族って怖いなぁ。


「そもそも、どうして従兄妹のミナモちゃんと結婚なんてしなきゃいけないんですか!王族なら、国の利益になる婚姻を結ぶものじゃないんですか?」


 よくラノベで書いてあるのを俺は知っているぞ。王族や貴族は家や国の利益になる相手と婚姻を結ぶんだって。


 どう考えたって、俺とミナモちゃんの結婚に利益はないでしょ?水姫さんの兄だからって、うちの親父はただのサラリーマンだよ?


「利益なら十分ありますよ?それこそ、ミナモをミサカイ皇国に嫁がせるよりずっと、ね」


 可愛らしく笑うその目元は、どこか恐怖を感じさせるものだった。





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