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「そう言えば、今日1日護の一時帰宅が許可されたぞ?」


 「そう言えばさぁ」で始まる話題って言うのは、どうでもいい話に決まっている。そう思って、聞き流そうと思っていたら、とんでもない爆弾をぶっ込んで来やがった。


 人が日課のマラソンしているところに、とんでもない話題を持ってこないで欲しい。


「え?マジで?帰っていいんですか!」

「いや、昨日も休みだったからな。俺はダメだって言ったんだけどさぁ。えらいやつらがどうしてもって言うからよお」

「よっし!」


 久しぶりの実家だ。ゲームとかパソコンとか最低限の遊び道具を持ってくることができる!


 これでスマホゲームの体力回復ゲージとにらめっこする日々とおさらばできるぜ!


ついでだから、新作のゲームとかも買ってきちゃおうかな。


「まぁ、そういうわけだから、ちょろっと行って、ソッコーで帰って来るぞ。午後からの訓練には間に合わせようぜ」

「いやいやいや、何言ってんすか!今日1日って言ったでしょ?許可が下りてるんなら、日付変更ギリギリまで帰ってきませんよ!」

「なんだよ、つれねえな。小雪がさみしがるぞ?」

「なんで?」


 別に俺がいなくたって訓練はできるでしょ。そんな言い方したって、俺は絶対にこのチャンスを逃したりしないもんね。


そもそも、月夜野さんは俺がいないくらいでさみしがったりなんかしないもん。


「まあいい。それじゃ、いっくぞおおおおお!」

「ちょま・・・・・・あぁ」


 せめて移動方法を変えて欲しかった。なんでいつも上空を高速で移動しなきゃいけないんだよ。いくら1日しか時間が無いからって、そこまで移動時間を短縮してくれなくてもいいのに。




「それじゃ、夕方にまた迎えに来るからな」


 そう言い残して、東さんは空へと消えていった。


いくら訓練で基礎能力が上がっているからと言って、上空での高速移動は全然なれない。気持ち悪い。


 自宅に墜落するわけにもいかなかったので、近所の公園に着地してもらったんだけど、歩いて帰れるようになるまでは時間かかりそうだな。


「ねえねえ、お兄ちゃん。大丈夫?」


 地面に四つん這いになっていると、上から声がふってきた。


 気持ち悪いのに、そんな大きな声で話しかけられては、余計に気分が悪くなりそうだ。


「お~い、もしも~し。生きてますか~?」

「死にそうだから、そんな大声出さないで」


 今にも噴き出しそうな胃液をどうにか押さえ込み、顔を上げる。


「おお、生きてたね。良かった良かった」


 俺に声をかけてくれていたのは、小さな女の子だった。ここら辺で見覚えは無いが、制服っぽい格好なので、どこぞの中学生だろうか?


 身長は中学生にしてはやや低め。艶のある黒髪は、左側にサイドテールでまとめ上げられており、青いリボンが目立っていた。


 そして何よりも特徴的だったのは、黄金のように輝く瞳。


 顔立ちは日本人って感じなのだが、ハーフかクオーターなのだろうか?でも、金色の瞳なんて、リアルではそうそうお目にかかれない。もしかするとカラコン?月夜野さんの同類で無いことを祈ろう。


「ねえねえ、お兄ちゃん。元気になった?」

「う、うん。大丈夫だよ。それよりキミは、ここら辺の子じゃ無いよね?」

「あたしはミナモ、お兄ちゃんは?」

「俺?俺は中里護、ここの近所に住んでるんだ」

「ナカサト、間違いありませんね」

「なんて?」

「ううん。なんでもないよ。それより、あたし喉渇いちゃった!」


 この流れで自然にたかってくるんじゃないよ。将来が心配になるわ。まあ、あっちに戻れば小銭なんて使えないんだから、ジュースの1本くらいおごってやるか。


「それじゃ、自販機で何か買ってやるから。何が良い?」

「ジハンキ?なにそれなにそれ!」

「自動販売機だよ。知ってるだろ?」

「わかんな~い」


 マジかよ。この世界に自販機を知らないヤツなんているのか?


「ほら、これが自販機だよ。何飲みたい?」

「う~んとね~。お兄ちゃんは何飲むの?」

「俺は今気持ち悪いからなぁ。胃に何か入れたら逆流しそう」

「あっはははは。何それおもしろ~い!」

「ほら、えっと、ミナモちゃんはどれが飲みたい?」

「う~ん、果物のジュースってどれ~?」

「果物?あ~、それならこれとこれかな。こっちは炭酸入ってるけど大丈夫?」

「タンサン?なんか強そうだね。じゃあそれにする~」


 ミナモちゃんが欲しい物が決まったところで、小銭を自販機に投入する。ボタンに電気が点灯したのを見て、ミナモちゃんに視線を向けると、なぜか彼女もこちらを見ていた。こてんと首を傾げると、彼女も同じように首を傾ける。


「いや、早くボタン押そうよ」

「え!う、うん、そうだね、どれ?」


 いや、どれってなんだよ。仕方なくミナモちゃんがご所望の商品のボタンを指し示してやると、彼女は勢い良くボタンを押した。


 ガコンと音を立てて落ちてくる缶ジュースを取り出して、ミナモちゃんに手渡してやる。缶を受け取った彼女は「冷た~い!」と言ってはしゃいだきり、フタを開けること無く缶をくるくると回転させて眺め回している。


 しばらく観察した後、なぜか缶を俺に差し出してきた。


「ねえ、お兄ちゃん?これってこの後どうすれば良いの?」

「マジかよ」


 月夜野さんはファーストフードを知らなかったけど、この子は缶ジュースも知らないってのか。もしかして、この子もどっかのお嬢様とかじゃないよな?


「こうやって開けて、ここに口をつけて飲むんだよ」

「こ、ここに?コップに入れたりしないの?」

「いや、こんな公園のど真ん中に、コップなんかあるわけ無いじゃん」

「そ、そっか、そうだよね。わ、わかったよ。頑張ってみる」

「あ、それけっこう炭酸強いからゆっくり飲まないと」

「ん~~~~!な、なんなのですかこれは!まさか毒げっぷぅ!」


 あ~、言わんこっちゃ無い。おそらく初めての炭酸ジュースを一気に飲んだら、そりゃあ喉は痛いしげっぷも出るよ。


 そんな涙目で睨み付けられたって、俺悪くないよね?


「毒なんて入ってないよ。炭酸は一気に飲むと喉にしみるし、ゲップが出るんだ。もっとゆっくりと飲まないと」

「まさかこのような飲み物があるとは。しかも意外と後をひく喉越しでした。しかし、これはチャンスです。このままごり押ししてしまえば・・・・・・」

「え?なに?なんの話?」

「な、ななな、なんでもないよ~。それよりも~先に言ってよ~!人前でげっぷするなんて、もうお嫁に行けないよ~」

「げっぷごときでお嫁に行けなくなるわけないでしょ?人は他人の汚い部分を見ながら大人になるんだから、こんなの可愛いもんだよ」

「ねえ、そこは『お嫁に行けなかったら俺がもらってやるよ』って言うところじゃないの?」

「は?初対面の女の子にそんなこと言うのは変態だけだろ?」

「お兄ちゃんにげっぷしてるところを見られたのが原因で、あたしがお嫁に行けなくなったらどうするの?」

「絶対そんなことにはならんでしょ?げっぷしてるとこ見たの、俺だけなんだよ?」

「あたしが!お嫁に行けなくなったら!お兄ちゃんはどう責任をとるの!」

「合コンを開いて、良い相手を見つけてあげる?」

「も~!あたしと結婚するって言ってよ~!」


 さすがの俺でも、初対面の、しかも年齢不詳な小さな女の子に、責任とって俺がお嫁さんにしてやるぜ。なんて台詞言えるわけ無いですよ。そんなの公園のど真ん中で言ったら事案ですよ。


「くっ。この状況になっては、『お兄ちゃん大好き~。大きくなったらあたしと結婚してね』作戦にも移行できません。恐るべし、タンサンジュース」


 なんか恐ろしいことをブツブツとつぶやいてるけど、聞かなかったことにしよう。ツッコンだら負けだ。


「じゃ、じゃあ俺はこれで。ジュースはあげるから、ゆっくり飲んでね」

「お待ちください!」


 がっちりと腕をホールドされて、俺は逃げるに逃げられなくなってしまった。






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