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 東さんの訓練が少しでも短くなるように、学院からできるだけ離れた衣服の量販店に行き、できるだけ時間をかけて買う物を吟味しようと思っていたら、東さんが迎えに来た。


「いつまでも買物に時間をかけるな!」


 小脇に目を回している月夜野さんが見えたのは、きっと気のせいだろう。そう思いたい。


「風守学院の体操服を5着もらってきたから、訓練に問題はねえだろ?あとは適当にタオルとプロテインでも買っていけば十分だろ?」

「タオルは買ってもプロテインは買わないから!なんで私生活にプロテインが必要だと思うの?っていうか異世界帰りの東さんがどうしてプロテイン?」

「なっはっはっは。俺は異世界に召喚される前からプロテインは愛用していたからな。20年でだいぶ種類が豊富になってて驚いたなぁ」


 驚くとこそこかよ。この人は異世界に行く前から筋肉にしか興味が無かったようだ。


 俺に筋肉は必要ないので、せめてパンツを買わせてくれと頼み込んで、大至急で購入した。さすがに月夜野さんに見られながら自分の下着を買うわけにも行かないからね。


 ちなみに、店員さんがみんな筋肉質な男性だったのはどういうことなんでしょう?





「ということで、訓練をはじめるぞぉ!」

「お、おぉ~!」

「・・・・・・」


 微妙な顔で返事をしたのが月夜野さん。無言を貫いたのが俺だ。だって訓練嫌だし。


「元気が無いなぁ護。今日はなんとお待ちかね、スキルの訓練だ」

「「・・・・・・」」


 今度は月夜野さんも無言。というか引きつった表情で固まっていた。


 地球の人間で魔法系のスキルの持ち主は、月夜野さん以外見つかってないって話だったけど、どんなスキルなんだろう?


 表情を見る限りでは、使いたくなさそうなんだけど。


「2人はどちらもレアスキル持ちなんです。特に月夜野さんのスキルは、地球特有というか、日本人特有というか、ねえ?」


 ねぇ?じゃないですよ。どうして俺に反応を求めるんですか大間々先生。


 だいたい、厨二病なんて世界中の思春期の子どもが誰だって発症しうる。人はそれを乗り越えて大人になっていくんですよ(現在中学三年生の俺ドヤァ)。


「ちなみに、スキルにもいくつか種類があります。攻撃や防御を意識的に発動させる発動型スキル。自動防御や耐性などの常動型スキル。ステータスに補正をかける補助スキル。他にも例外的なスキルはありますけど、基本的にはこの3つに分けられます」

「まあ、スキルなんてのは後でいくらでも習得できるからな。ただ、実践前にスキルを持ってるのは都合が良いんだ」

「都合が良い?」

「スキルを使って、すぐに格上の魔獣と戦えるだろ?」


 なんでいきなり格上の魔獣と戦闘させられるんだよ!何事も安全を十分に考慮してからが基本でしょうが!


 この調子だと、本当に明日辺りからダンジョンに放り込まれるかもしれない。


「大丈夫ですよ?少なくとも半月は訓練場での訓練を行いますから。スキルの検証ができていないのに、実践は無理ですもんね」


 それは、スキルの検証が終わればダンジョンに放り込まれるということでは?


 東さんだけで無く、大間々先生もダンジョンに入ることに否定しないってことは、本気で魔獣と戦わされるってことじゃん。絶対に嫌なんですが?


「それでは、月夜野さんのスキルを検証してみましょう。一度ステータスを表示してもらえますか?」

「え!私からですか?でも・・・・・・」

「2人はバディになるんですから、ステータス情報は共有した方が良いですよ?後から中里くんのステータスも表示してもらいますから」

「うぅ・・・・・・はぃ」


 長い葛藤の末、月夜野さんはあきらめたようにステータスを表示させた。




月夜野小雪(15歳)


レベル1

体力:22

霊力:67

魔力:73

筋力:18

俊敏:20

耐久:13

器用:32


スキル

厨二魔法

厨二病を極めし者のみが扱える魔法。

自身が夢想する全ての魔法が使用可能になる。使用者の心の持ちようによって、魔力以上の威力を持った魔法が発動可能。

「厨二魔法に限界はない」




 みんなの視線がスキルの詳細欄で止まっているに気づいたようで、月夜野さんは首まで真っ赤にして、瞳には涙を溜めていた。


 わかる、わかるよ。だって厨二病を極めし者なんて、俺がそうだと思われたら悶え死んでしまいそうだもん。


 こういう時は、大人がそっとフォローしてあげてくださいよ。


「「「・・・・・・」」」


 俺と大間々先生だけでなく、東さんまで無言になってしまった。誰か声をかけろよ!


 そう思って大人2人に視線を向けると、なぜか2人は揃った動作で『どうぞどうぞ』って、ネタが古いよ!


「つ、月夜野さん、す、すごく格好良いスキルだと思うよ?」

「本当に、そう思う?」

「思うよ。だって、どんな魔法でも使えるんでしょ?しかも、気持ちの持ちようで普段以上の威力で魔法を使えるなんて、物語の主人公みたいだよ」

「そ、そうかなぁ。私、主人公みたい?」

「美人だし、こんなスキル持ってたら、まさに主人公。ね、2人とも?」

「お、おう。そうだな。召喚された勇者みたいだ」

「ええ、そうですね。そう思います」

「えぇ、やだなぁ。ふふふ、そっかぁ、主人公みたいかぁ」


 どうにかテンションを持ち直してくれた。意外とチョロいお嬢様だな。


「せっかくだから、月夜野さんの魔法を見せてもらえませんか?」

「そうだな。思いっきり強力なやつを一発頼むぞ!」


 そして大人たちは、これでもかってくらい乗っかってきたな。人に厄介ごと押しつけといて。


「えっと、でも、ちょっとだけ恥ずかしいから、詠唱は聞かないで欲しいんですけど」

「詠唱?そんなのは―――」

「わかった。俺たちは離れた場所で耳塞いでるから、月夜野さんは思いっきりやって」


 東さんの言葉を遮り、了承の返事をする。異世界で詠唱があるのか無いのかは知らないけど、厨二病が魔法を使うんだ。クソ長え詠唱呪文があるに決まってる。


 納得しきれてない東さんと大間々先生を促して、50メートルくらい後方へと移動した。


「じゃあ、こっちは耳塞ぐから!」

「わかった~!すっごいの見せてあげるからね~!」


 なぜか上機嫌でこちらに手をぶんぶんと振っているが、えらい変わり様だ。月夜野さん、実は魔法撃ちたかったんじゃない?


「じゃ、2人とも耳塞いでください」

「いや、でも詠唱魔法なんて、魔法レベルがⅤは無いと使えない超高等魔法だぞ?」

「良いから、早く」


 まだ渋っている東さんに耳を塞がせて、月夜野さんの方を見る。彼女はこちらの準備ができたことに気づいたようで、もう一度手を振ると、こちらに背を向けた。


 その直後、バサリとロングコートをマントのように翻しながらこちらを向く月夜野さん。そして左手は右目を覆い、右手は空へと掲げた。何やら高笑いをしながら言葉を紡いでいるようだ。


 あれほど嫌がっていたのに、意外とノリノリだな、なんて呑気に考えていたのだが、直後に月夜野さんの頭上に巨大な炎の塊が現れた。しかも黒い。黒炎とか、そういうやつなんだろうか?


「こんなあり得ない黒炎を1人の少女が発生させたとか、本当に世界は異世界に侵食されちまったんだな」


 月夜野さんが右手を振りかぶって下へ下ろすと、炎の塊も同様の速度で落ちてくる。目標は、俺たちじゃん!


「アイスシールド!」


 大間々先生は、慌てた様子で目の前に氷の塊を出現させる。厚さは1メートルほどありそうな巨大な氷の壁は、近づいてくる熱によって少しずつ溶かされていく。


 ちょっとこれまずくない?わけのわからない黒い炎の塊に焼き殺されるとか、絶対に許容できない。


 月夜野さんも焦っているのか、こちらを向いて両手をアワアワと上下させていた。どうやら彼女の意思では止められないらしい。


「どりゃあああああぁ!」


 溶けかけた氷の塊から躍り出た東さんは、炎の塊に向かって拳を振り抜いた。







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