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「あの程度で気絶するとはなあ。鍛え甲斐がありそうでなによりだ」

「おバカおバカ!ウォーミングアップで早朝から10㎞も走らせるなんて非常識です!普通のウォーミングアップっていうのは、柔軟とかラジオ体操のことですよ!」


 これが見慣れた光景になってはいけない気がする。


 目が覚めて早々にこのやりとりをしている2人を見て、そう思ってしまった。


 まだこの学院に来て2日目。こんな生活が当たり前になる前に、ここから逃げられる方法を考えなければ。


「それじゃあ、メシを食ったら早速午前の訓練をはじめるか!」

「はぁ、このおバカは。一応回復魔法はかけておきましたけど、精神的な疲労までは回復できないんですから、無理をさせてはダメですよ」

「おお!そのくらいわかってるさ。とりあえず100㎞くらい走るか!」

「・・・・・・」


 いや、止めてくれよ。なんであきらめたような顔して遠いところを見つめてるの?100㎞とか、フルマラソン往復してもまだ足りないんですが?24時間かけて走るやつだよそれ!


 10㎞で倒れた相手に、なんで10倍の距離走らせようとしてんだこの筋肉バカ!


「あ、そう言えばこれから―――」

「すいませんが、お腹痛いんで保健室行って来ます!」


 大間々先生が何か言いかけたが、そんなのは無視して保健室を飛び出す。まだ見ぬ普通の保健室を目指して!


「っぶっへ!」


 保健室から飛び出した瞬間に、東さんとは別の筋肉に激突した。ダッシュしていたのに完全に力負けしてしまい、俺の体は保健室の中に弾き返されてしまった。


「失礼しました。大丈夫ですか?」


 そっと目の前に伸ばされた大きな手には、見覚えがあった。


「鈴木さん(仮)?」

「憶えていてくれましたか。昨日ぶりですね、中里護くん」


 昨日会ったばかりだし、こんなインパクトのある人を早々忘れられないよ。身長だけでいったら、東さんよりも大きいしなこの人。


「鈴木さん(仮)はどうしてここに?」

「おや?大間々さんから聞いていませんか?」


 なぜか質問に質問で返された。思わず大間々先生の方を振り返ると、何やら呆れたような表情だ。なぜ?


「今ちょうど説明しようとしていたんですよ。それなのに急に飛び出して。東さんに似ちゃったのかしら?」


 それだけ絶対にない!俺と東さんは全く似ていないし、これから似る予定だって全くない。そもそも、すぐにここから抜け出してやる予定なんだ。だから「テレるぜ」なんて言いながら頭をかくんじゃないよ!


「あ、ご、ごめんなさいね、中里くん。まさかそこまで落ち込むとは思わなかったんです。でも、急に部屋を飛び出して行くのはよくありません。メッ!ですからね」

「はぃ」


 なんかあやされてるような感じになっちゃったけど、今の「メッ」で元気出た。


「それでね、話の続きなんですけど。今日から中里くんに、新しいお友達ができます!」

「は?」


 ちょっと待ってくれよ先生。なんかその言い方、小学校の低学年か幼稚園みたいだからやめて欲しいんですけど?


「じゃあ、自己紹介お願いします」


 なぜか大間々先生は鈴木さん(仮)に向かって手を広げながら声をかける。待ってくれ、新しいお友達ってのはこの人なのか?東さんだけでは飽き足らず、さらに筋肉要素を増やそうってのか?


「ええっと、こ、ここで、ですか?」


 鈴木さん(仮)から、とんでもなく高い声が漏れた。まさか、裏声で自己紹介でもするつもりか?


 なんて思っていると、鈴木さん(仮)の背後から、1人の女の子が姿を現した。


 髪は腰まで届くくらいの長さの黒髪で、どこかで縛っていたり、編み込みがあるわけでもなく、飾りは一切無い。シンプルなストレートヘアー。


 そこだけ見れば大和撫子っぽく見えるが、黒のロングコートをまるでマントのように羽織っているのはなんでだ?


 しかも、見間違いと思いたいんだけど、どうして指ぬきグローブを装備しているんだろうか?


 まさか腕に包帯巻いてたり、眼帯を持ち歩いてたりはしないよね?


「皆さんはじめまして。姫野宮学園中等部3年、月夜野小雪と申します」


 かかとをぴしりと揃えてきれいなおじぎをしながら自己紹介を終えた月夜野さん。ロングコートと指ぬきグローブがなければ完璧なお嬢様だったよ。


「え?姫野宮学園って、県でも有数のお嬢様学校じゃん!それがどうして、こんなところに?」

「えっとぉ、それは、ねえ?」


 なぜか気まずそうに視線をそらしたな。


 俺の家からはかなり離れていたので直接見たことはないけど、姫野宮学園の名前だけは聞いたことがある。初等部から高等部までエスカレーター式の学校で、入学できれば一生安泰とまで言われていて、県内だけではなく、関東中から入学希望者がお受験するんだとか。


 そんなお嬢様学校の生徒がなぜ?まあ、スキルがあったからなんだろうけどさ。


それでも、どうしてこんな時期に連れてこられたんだろうか。


「月夜野さんもね、中里くんと一緒で、逃げだそうとしたんですよ」

「ほぇ~、お嬢様でもそんなことするんですね~」


 さすがに2階から飛び降りたりとかはしてないだろうけどね。しかし、お嬢様が逃走とは。


「しかも、月夜野さんはレアな魔法スキルを持っているんです」

「すげ~。地球に住んでて魔法の才能なんてのが目覚めるんですね。ちなみにどんなスキルなんです?」

「スキルの名前は、厨に―――」

「ぎゃあああぁ!やめてください先生!個人情報です!そういうのは知ってても言っちゃダメです!」


 それはそうだよ。俺だって、スキルは「乙女の祈り」です、なんて言えないしな。


「お嬢様のスキルが『厨二魔法』とかだったら、恥ずかしくて逃げ出しちゃうよね」

「ちょおおおぉ!せ、先生のせいで私のスキル名バレちゃったじゃないですか!」

「あ~、ごめんなさいね」

「まあ、どのみちそのロングコートと指ぬきグローブで厨二病ってのはわかりきってたけどね」

「あ、ああ、いやあああぁ!最初が肝心だと思って気合い入れてきたのが裏目に出たぁ!」


 なんで気合いを入れるために指ぬきグローブはめてくるんだよ。厨二病なお嬢様の発想なんて庶民の俺にはわかりませんねぇ。


「月夜野さんのことがよくわかったところで、今度は中里くん。自己紹介お願いしますね」

「え?俺もするんですか?」

「それはそうですよ。少なくとも、入学までは2人でバディを組むんですから」


 バディ?ナイスバディってことか?確かに、月夜野さんはすらりとして手足も長いし、そこそこ出るところも出てる印象だけど、俺はもやしだから別にナイスバディじゃないよ?


「あ~、バディってのは、2人組のことですよ。ナイスバディとかは関係ないです。ペアとかの方がわかりやすかったですかね」

「・・・・・・も、もちろん、知ってましたけどね」


 別にやましい気持ちでボディラインを見ていたわけではないので、そんなジト目で見ないでください月夜野さん。


「中里護です。同じく中学3年生。あ~えっと、俺もけっこう好きだよ?指ぬきグローブ」

「やああああああぁ!そんなフォローしないでよおおおおおぉ!」


 崩れ落ちた月夜野さんは、バシバシと床を叩いて絶叫していた。


指ぬきグローブを褒めただけでこれだと、かなりの深い闇を抱えていそうだ。でも、それだったら普通に装備しちゃダメでしょ、指ぬきグローブなんてさ。


「なあ、あの指ぬきグローブになんか問題でもあるのか?」

「武器を握るのに、グローブは必須だと思いますけどね。私も数種類持ってますよ?」


 ファンタジー世界で青春を送った2人には、厨二病のネタすらも普通のことになってしまうみたいだ。


 普通ってなんだっけ?






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