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「まだまだ建設途中の建物ばっかだけど、4月までには学院周辺の施設は営業できるようになるらしいぞ」


 こんな広大な土地を、いったいいつから開発してたっていうんだ?そもそもここ、どこなの?途中、山ばっか見えた気がするんだけど。


「それじゃあ、早速行くか」

「え?行くってどこへ?」

「訓練場に決まってんだろ?」


 東さんがサムズアップでとても良い笑顔をこちらに向けてきた。


 俺は『逃げる』を選択した。


 ざんねん、東さんに回り込まれてしまった。ダメだ、東さんからは逃げられない。


「って、ゲームじゃないんだよお!」

「どうした?大声なんて出して。それよりほれ、訓練場行くぞ、訓練場」


 先ほどと同じように、ひょいと小脇に抱えられる。待って待って待って、なんだかもの凄く嫌な予感がするんだけど?


「よっこいしょお」

「ぷぎゃあああぁ!」


 再び高速で上空へと打ち上げられた体は、わずか数秒で高速落下を開始する。


 知ってる?人間って、こんな勢いで気圧の変化に耐えられるほど強くないんだよ?


「ようし、着いたな。っておい!どうした護。まもるううぅ!」


 薄れていく意識の中で、東さんの叫び声が響いていた。これはきっと悪夢だ。目が覚めたら、いつも通りの日常に戻れるはずだ。


 ――俺に、特別な日常なんて必要ないんだから。




「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは将来、どんな大人になりたいの?」


 そう言いながら俺を見上げてくるのは、小さな頃に生き別れた近所の女の子だ。


 名前は桐生聖。


 俺を本当の兄のように慕い、毎日のように遊んでいた。上野さんや刀司も一緒だったっけ。


「私はね、大きくなったらお兄ちゃんと――――」


 しばらくこんな夢は見なかったのに、どうして今、こんな夢を見ているんだろう。




「・・・・・・きろぉ!」


 徐々に覚醒していく意識。真横で聞こえる暑苦しい叫び声。


 頭ははっきりしてきたが、なぜだか、絶対に起きたくない。


「ちょっと東さん。一応ここは保健室なんですよ。あんまり大きな声は出さないでください」

「ああ、すまん。じゃあ、続きは外でやるか」

「ちょっとちょっと!どうして彼を抱えていこうとするんですか!」

「ん?ここで大声出すなって言われたからな。外に連れてって、大声で呼びかけようかと」

「おバカ!気を失ってる子になんてことしようとしてるんですか!

「だけどなぁ、これから訓練を・・・・・・」

「だから、気を失ってるんですよこの子。今日は絶対に安静です、訓練なんて認められません!」

「そ、そうかぁ」


 おお、よくわからんが、今日の訓練は無しになりそうだ。できれば、訓練なんて一生やりたくないし、このまま家に帰して欲しいんだけどなぁ。


「全く。まだなんの説明もしていない子どもを無理矢理連れて来て、そのうえ訓練なんて。非常識ですよ」

「とは言ってもなぁ。護は俺の弟子になったし、本人も4月までに最強になりたいって言ってたしな」

「はあ?そんなおバカなこと言ったら、諫めるのが指導者でしょう。さすがに2ヶ月ちょっとで東さんのレベルになるのは無理ですよ」

「死ぬ気でやれば・・・・・・」

「死ぬ気でやらせないでください!ほら、東さんは彼の部屋の手配をしてきてください。もうお家にお返しできないんですからね」

「はいはい。じゃ、護を頼むぞ」


 足音が遠ざかっていった。どうやら東さんはもういないようだ。


「言っときますけど、最強になんてなりたいと思ってませんからね?」


 ゆっくりと体を起こしてから、東さんの言葉を否定する。そういう妄想している子どもだと思われるのは大変恥ずかしいので。


「あら、起きていたんですね」


 声をかけられた方へ顔を向けると、白衣を着た女性が椅子に腰掛けていた。


肩より少しだけ長く伸びた栗色の髪が、緩くふんわりとウェーブしているせいか、それともおっとりとした口調のせいか、彼女の雰囲気そのものが癒やしを放っていた。


 まさに保健室の先生って感じの女性だ。


「おはようございます。中里護くん、でしたね。私は養護教諭として風守学院の高等部に赴任する、大間々奏です。よろしくね」

「中里護です。あの、できればここに入学したくないんですけど」

「はぁ、そうですよね。まともな説明もされないでここに連れてこられたんでしょう?それも東さんに無理矢理。気絶するほど強引に。それじゃあ、ここが嫌になってもしかたないですよね」

「それもありますけど、そもそもスキルとかステータスとか、そういうのと関わりたく無いんですよ。俺はその、普通に生活を送りたいんで」

「普通、かぁ」


 俺の質問、なにか変だったかな?大間々先生は少し困った様子で、俺から視線を外して窓の外に目をやった。


「スキルとかステータスって、テリオリスでは当たり前のものなんですよ。もちろん魔力や魔法もね。あっちでの生活は、スキルや魔法を使うのが普通でした」

「普通でした?もしかして、大間々先生は異世界に?」

「そうです。私は10年前にテリオリスに召喚されました。東さんもそう。彼は20年前って言ってたかしら」


 テリオリスの世界と統合されてから、実に500人以上の人が地球から召喚されたことがわかっている。召喚された人の多くは、自国へ帰国を果たし、テリオリスでの文化、スキルやステータス、魔獣やダンジョンについて教示しているらしい。


 そういう人たちを、総じて『異世界帰り』と呼んでいる。


中にはテリオリスの国で重役を担う人もいるそうで、そういった人たちは帰還していないそうだが、地球とテリオリスとの橋渡しを担ってくれているそうだ。


 スキルやステータスを学ぶ学校なんだから、異世界帰りの人が教鞭を振るうのは当然か。


「戻ったぞ!おお護。目が覚めたんだな!」


 バタンと大きな音を立てながら、東さんが保健室のドアを開けて入室してくる。横開きのドアでバタンという効果音はどうなの?


 っていうか、戻ってくるの早すぎませんかね。


「ちょうど内閣府の職員がいてな。任せてきた。部屋の方は1時間もしないで準備できるってよ」

「東さん、ドアはもう少し静かに開けてください」

「なっはっはっは。これでもだいぶ加減できるようになったんだぞ。見てみろ、壊れてない!」


 自慢げにドアを指差す東さん。ドアを壊さないで開けるのって、別に普通のことだと思うんだけど。


「意識が戻ったんなら、早速訓練に行くか!」

「おバカ!今日は1日絶対安静です」


 今日はっていうか、できれば一生訓練とは無縁でありたいんだけど。今日のところは大間々先生のおかげで訓練から逃れることができそうだ。


「訓練がダメならダンジョンか?レベリングしちゃうか?」

「なんで訓練がダメなのにダンジョンのレベリングが許可されると思ってるんですか!どっちもダメです!そもそも、中里くんはなんの説明も受けていないんですよ?まずはここに来ることになった経緯。スキルやステータスについての説明。所持スキルの検証。基礎訓練。そこまでやって、やっとダンジョンでの実習です」

「ここに来ることになった経緯は俺の弟子になったから!後のことは、全部ダンジョンで戦いながら学べ!これで大丈夫か?」

「おバカおバカ!ここは地球なんです、法治国家日本なんです!コンプライアンスをしっかりとして、命の危険を最低限まで下げなきゃダメでしょ!」

「俺が召喚されたスパルティア王国だと、新人はとりあえずダンジョンに放り込んでたけどなぁ。俺も召喚された次の日には中級のダンジョンに放り込まれたぞ」

「あんな修羅の国と一緒にしないでください!」

「まあ、基礎訓練をみっちりやった後の方がステータスの伸びは良いからなぁ」

「だ・か・ら!そういう問題じゃないんですよ!おバカ!」


 ああ、早くお家帰りたい。





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