1-3
「中里護くん、でしたね。入学を拒む、ということですね」
先ほどまでうさんくさい笑みを浮かべていた仮称佐藤さんは、ふっと表情を消して俺に視線を向ける。怒っているわけでは無いようだが、いっそう何を考えているのかわからなくなった。
「俺は篠山高校を受験しました。合格すれば、そちらに通うつもりです」
そのために、この半年間勉強を頑張ってきたんだ。好きなアニメやマンガだって我慢した。全ては、今と変わらない起床時間で自宅から高校へ通うために!
「残念ながら、篠山高校は不合格になります」
「まだ、結果は出ていないはずですけど?」
「いいえ。先ほど不合格になりました。ああ、試験自体は合格しておりましたので、落ち込まれることはありません。中里くんの努力は実を結んでいましたよ」
試験は合格してるのに不合格って、明らかにこいつらが裏で手を回したってことじゃねえか!中学生相手に国家権力使ってんじゃないよ!
「中里くん。今の世の中には、このように不条理なことがたくさんあります。しかし、これからの世界、ステータスを鍛え、スキルを取得することで自分を磨き、どこまでも上を目指すことができます。あなたは今、誰よりも早くその権利を手に入れることができるのですよ」
「・・・なの・・・・てない」
「はい?」
「そんなの!誰も!求めてない!俺は上を目指して偉くなる気は無い!金にだって興味は無い!」
「な・・・はぁ?」
この時初めて、仮称佐藤さんが人間らしい表情をしたと思った。俺のことがまるで理解できないといった顔をこちらに向ける。
「そ、そんな。中学生であれば、不思議な力に興味があったり、より高い権力に魅力を感じたりするはずです。女の子にだってモテモテですよ?」
「・・・・・・興味はありません」
「モテるのには興味があるんだな」
「護、別にモテる必要ないよ!」
人が必死に絞り出した言葉を、幼馴染みたちが否定していく。っていうか上野さん?モテる必要ないって酷くないですか?
「そうですか、中里くん。もしかして、篠山高校を受験した女の子の中に、好きな子がいるのですね?」
「え?ウソ・・・それって、もしかしてアタ――」
「いえ、そんな人はいませんけど?」
「死ね!」
なぜか上野さんに殺意を向けられる。急にどうしたんだよ。昔はこんなこと言う人じゃ無かったのに、時代が上野さんを変えてしまったんだろうか?
「女の子に興味が無いのですか?」
「護、もしかしてお前、俺をそういう目で?」
「見るわけないでしょ!気持ち悪いこと言うなよ」
俺は可愛い女の子が好きだ。むしろ大好きだと言って相違ない。とは言え、美少女とお付き合いしたいかと言われれば、そんなことはない。
美少女の隣にいるっていうのは、大変なことだからな。
「ともかくです。あなたたち3人は、来年度から風守学院高等部に入学してもらいます」
「絶対に!嫌!です!」
もう平穏なんて知ったことか!
ダンジョンに潜らされたり、異世界の住人と異文化交流させられるくらいなら、いっそ逃亡生活の方が普通の生活を送れる。
廊下には屈強な黒服が待機していたからな。ここは2階だけど、飛び降りたって死にはしないはずだ。
「護!危ないよ」
上野さんの心配をよそに、俺は窓を開け放って飛び降りる。
内臓がひゅんと浮かび上がるような気持ち悪い感覚をどうにか堪えながら、落下の衝撃に備えようとするのだが、なぜかいつまで立っても着地しない。
なぜ?
落下の恐怖に思わずつむってしまった目を開けると、なぜか地面すれすれで浮かんでいた。
「ど、どういうこと?」
「なっはっはっは。随分威勢の良いガキだな。坊主、お前の名前は?」
田中さん(仮)と遜色ないほどに鍛え上げられたマッチョが笑っている。真冬に、タンクトップで。
「どうした?名前はなんと言うんだ?」
「あ、えっと・・・中里護、です」
思わず答えてしまったが、こんなヘンタイに名前を教えて大丈夫だったのだろうか?
「護か。俺はケン・アズマ。いや、東拳だ。よろしくな」
さらに笑みを深めたヘンタイがずいっと手を差し出してきた。思わず握り返すと、痛いほどの力で握り替えされてしまった。
「よしよし、これで俺たちは師弟関係ってことだなっはっはっは」
「は、はい?師弟関係って、なんのですか?」
「決まってるだろ?俺がお前を、世界一の冒険者に育て上げてやる!」
「は?」
「つうことだから磐戸ぉ!護は俺が連れてくぞぉ!」
そう言って、俺が飛び降りてきた校舎に声をかける。大声で。もうね、鼓膜破けるかと思いましたよ。
「東さん、まだご家族への説明がすんでいません。いきなり学院に連れて行かれては困りますよ!」
東さん?に返事をしたのは、会議室の窓から身を乗り出していた仮称佐藤さん。今、磐戸って言われてたから、やっぱり偽名だったよ。
って、それどこじゃない。俺は異世界とは関わりたくないんだ。早くここから逃げ出さないと!
「うぇ、あ、あれ?」
必死に足を動かそうとするが、足は空を切るばかりで全然前に進まない。空を切るというか、浮かんだまま地に足が着いてない?
「なっはっはっは。早速自主トレとは、やる気があるな。だが、風魔法で浮かせてるから、体への負荷はほとんどないぞ」
なんだよ風魔法って!ふざけんなよファンタジーめ!風魔法なら女の子のスカートでもめくってれば良いのに!
「えっと、東さん?魔法、といてもらえますか?」
「ん?これから真っ直ぐ風守学院に向かうからな。それまで待ってろ」
そう言って、東さんはスクワットでもするかのように屈んだ。その直後、内臓が持ち上がるような不快感と同時に、体が上空へと打ち上げられた?
「あ、東さん?何これ何これ!そ、空、飛んでんだけど?」
「まっすぐ行けば20㎞くらいで着くからな。よぉし、行くぞおぉ!」
やめろ!行くな!丸太のようなぶっとい腕で俺を小脇に抱えないでくれえええぇ!
「俺たちもすぐ行くからなぁ!スタダで無双なんてさせないぜ!」
「す、すぐ行くから。待っててね、護ぅ!」
いや、なんで普通に別れを惜しんでるんだ。止めろよバカ幼馴染みども!これどう見たって誘拐でしょ?
「なっはっはっは。2人が来る頃には、トリプルスコアつけて圧勝できるぐらいにはしてやるからな」
「ねえ、それ意味分かって言ってます?」
「なっはっはっは。わかってるさ、軽く今の100倍は強くしてやるからなぁ!」
「やっぱりわかってないだろぉ!」
「じゃあ、行くぞ!」
「いやいやいやいや。待って待って――うぎやああああああああぁ!」
その日、県内各所で『空から変な生き物の悲鳴が聞こえた』と警察に通報があったとか、なかったとか。そこはせめて人間の悲鳴にしてください。
「よし、着いたぞ護」
上空をぶっ飛んでわずか数分。俺は地面の上に転がっていた。自分を支えてくれる大地が、これほどまでに偉大だと感じたのは初めてかもしれない。
筋肉に抱えられながら、空を生身で高速飛行するなんてバカげたファンタジーを体験させられる日が来るなんて夢にも思ってなかったよ。できれば一生体験したくなかったけど。
「あ、東さん?ここ、どこなんですか?」
眼前に広がるのは、工事車両が所狭しと駆け回っている平地。
しかももの凄い広い。東京にあるドーム何個分なんだよこれ!
「ここは異世界特区風守市。新しく作られている、地方都市ってやつだったかな?」
そう言いながら、東さんは平地の中心部分を指差す。その先には、現代的なデザインの建造物がいくつも建っている。
「あそこに、護が通うことになった『風守学院』がある。全寮制だから、住むところの心配はいらないぞ」
学院がどうとかって話は置いといて、地方都市を造っているって、なんなんですか?
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