1-2
「中里護くんですね。連絡は受けています。中へどうぞ」
会議室に着くと、入り口の前には鈴木(仮)さんに勝るとも劣らない体格をした二人の男性が立っていた。
そのうちの一人が俺に向かって笑顔でそう伝え、もう一人がドアを開けてくれた。
できれば入りたくないんだが、いつまでもここで立っていれば、首根っこ掴まれて中に放り込まれそうな気がする。
「し、失礼します」
「ま、護?」
悲壮な気持ちで入室すると、先に会議室に案内されていた人物から声をかけられた。
背中の中程まで伸ばされた夜空のような黒髪をさらりと揺らして、声の主は慌てた様子で椅子から立ち上がり、いそいそと前髪をいじりだす。
うちの中学で最も有名な女子生徒。上野ひかり。
俺と同じ中学3年生。クラスは1回も一緒になったことは無いが、教室で彼女の話題で盛り上がっている男子の姿は毎日と言っても良いくらい見かける。
スポーツ万能、成績優秀、そのうえ美少女だって言うんだから、まさにテンプレヒロインと言ったところだ。
そんな彼女は、立ち上がったままこちらを向いている。俺は彼女に軽く会釈をすると、彼女から少し離れた場所に腰を下ろした。
「ね、ねえ、あの、さ」
関わってくれるなと言うこちらの意図は通じなかったようで、上野さんは俺の隣の椅子に腰を下ろして話しかけてくる。
「なんでしょう、上野さん」
「なんで敬語?アタシたち、幼馴染みなんだよ」
返答が気に入らなかったらしく、上野さんは整った眉をひそめる。怒った顔も絵になるんだから、テンプレヒロインは伊達じゃ無いね。
「その、護は高校、篠山高校受験したんだよね?」
「はい、上野さんも同じところですよね?」
「え!知っててくれたの」
「まあ、クラスの男子が騒いでたので」
「・・・・・・そっか。それで、護はどうして篠山高校?あそこって、けっこうレベル高いじゃん。もしかして、アタシと一緒に・・・・・・」
「家から近いからですね。今と同じ時間に起きればいい高校が、篠山高校しか無くて」
「あ・・・うん、そうなんだ」
上野さんはなぜかがっくりと肩を落とした。進学校に受験する理由が、『朝起きる時間を変えたくないからです』っていう俺に呆れているんだろう。
昔から、上野さんは意識が高いからな。俺なんかとは生きてるステージが違う。
そんな上野さんとも、小学校の4年生くらいまでは良く一緒に遊んでいたけど、それ以降は全然接点が無かったからな。
久しぶりに話をしてみても、それを痛感してしまう。
「失礼しま~す」
「あれ?刀司じゃん」
「よお、護。それに、なんだよ、上野までいんのかよ」
そう言いながら入室してきた細マッチョイケメンは、幼馴染みの藤岡刀司。残念ながら幼稚園からの付き合いだ。
なにが残念なのかと言うと、こいつは目立つ。脳筋バカだけど、無駄に顔が良いうえに剣道の大会では全国大会で3位に入賞するほどの腕前。
そんな奴と四六時中一緒にいれば、こちらも好奇な目で見られる可能性があるので、学校では極力関わらないようにしている。悪目立ちとかしたくないしな。
「そういえば刀司、スポーツ推薦で東京の高校行くんだって?やっと離れられて、清々するよ」
「おいおい、そんな悲しいこと言うなよぉ。幼馴染みだろ?」
「ウザい」
がっしりと肩を組んでくる刀司を押しのけようとするのだが、離れない。無駄に力強いなこの筋肉お化けめ。
「ちょっと藤岡くん!護が嫌がってるんだから離れなよ」
「はぁ?それじゃあ俺が護をいじめてるみたいじゃねえか」
「そうじゃん!」
「違うね。これが俺と護のスキンシップってやつだよ」
「藤岡くん、ちゃんとスキンシップって意味わかってるの?」
「バカにしやがって。お互いの肌を貼り付けるから、スキン湿布、だろ?」
字面はだいぶ間違ってるんだけど、意味がほとんど間違ってないのが腹立つな。力加減は完全に間違ってるけど。
「刀司、そろそろ離せって。こんなんじゃ話もできないだろ」
「悪い悪い」
ガッチガチの二の腕から解放されて、椅子に腰を下ろした。それを見た上野さんが俺の左側に座り、刀司が右側に座る。
「いや、なんで両脇に座んだよ!こんだけ椅子がたくさんあるんだから、わざわざ隣に座らなくてもいいだろ?」
「だってよ、藤岡くん。でかいんだから、もっと端によってどうぞ?」
「はあ?上野に言ったんだろ?男ってのはな、あんまり女子にくっついて欲しくねえんだよ」
「二人に言ったんだよ!ほら、二人とも離れた離れた」
「「・・・・・・」」
「なんでそこで黙るの?」
二人はそっぽを向いたままかたくなに動こうとしない。先に動いたら負けだとでも思っているんだろうか?
刀司も上野さんも、小さい頃はよく一緒に遊んだ仲だった。その頃から2人はケンカばっかりしていたけど、今でも同じみたいだ。
変わっていない2人の関係性に、なんだか少し嬉しくなる。変わらないってことは、すごく難しいことだからこそ、とても尊く感じる。
「失礼します」
そんなことを考えていると、会議室のドアがガラッと開けられた。
入り口から入ってきたのは、鈴木さん(仮)と同様に、黒服に身を包んだ男性。違いがあるとすれば、身長は170程度で、痩せ型であるところか。
鈴木さん(仮)や入り口に立っていた男と比べれば、全然威圧感が無い。
「皆さん、はじめまして。私は、内閣情報局異世界対策室の佐藤と申します。本日は皆さんに、最終的には強制になるのですが、お願いがございます」
それ、お願いって言わないんだわ。鈴木さん(仮)たちとは違って威圧感は無かったけど、こっちの仮称佐藤さんのほうがよっぽどたちが悪そうだ。
「それで、お願いってのは?」
「あなたは、藤岡刀司さんでしたね。その若さで『刀術レベル2』というスキルをお持ちだとか。なるほどなるほど。毎日鍛錬を欠かしていない、良い肉体と精神をお持ちのようだ」
両腕を広げて刀司を賞賛する仮称佐藤さん。なんか、たちが悪いと言うより気持ち悪い。
「来年度から開校される、異世界との交流を目的とした学校。皆さんには、そこに入学していただきたいのです」
「異世界との交流?っはん、交流会なんてのはごめんだよ」
「交流会などと、そんなお遊びではありません。スキルや魔法などの訓練を行い、レベルを上げてダンジョンに挑んでもらう。それこそが異世界との交流です」
何がダンジョン探索だ。つまりモンスターと戦えってことだろ?命の危険だって当然あるわけですよ?しかも高確率で。そんなのやりたがるバカいるわけ・・・・・・
「マジかよ!じゃあ、ダンジョンに潜って、動画配信したりできるってことか?」
「もちろん。そういった取り組みができるよう、我々も協力いたします」
いるんかい!
剣道ばっかの脳筋バカだとは思ってたけど、まさかここまでのバカだとは思ってなかったよ。
強くなりたいとか、強さを活用した職業に就きたいとか、刀司の気持ちはわかるけど、ダンジョンは俺たちの世界では未開拓の領域だ。
攻略法があるわけでもないし、何が安全で何が危険なのかもわからない。
せめて後10年くらい待って、先人たちが安全や危険を正しく検証してくれてからにするべきだ。このままじゃ、俺たちがその『先人』にされてしまう。
「アタシは、いきなりダンジョンなんて怖いな」
「確かに、いきなり魔獣と戦うのは恐ろしいでしょう。ですので、時間をかけてゆっくりと学べば良いのです。本県で開校される国立特殊教育機関『風守学院』では、異世界から多くの留学生を招く予定です。スキルや魔法の使い方を留学生に学びながら、上野さんは中里くんと一緒に、留学生の方達に日本の文化を教えて差し上げる。それで良いのです」
「護と一緒に・・・・・・うん。それならできるかも」
なぜか上野さんもやる気になってしまう。この人、以外とチョロいのか?
「では、中学校卒業と同時に、学院の寮に移っていただきます。よろしいですね」
うさんくさい笑顔を浮かべた仮称佐藤さんに、刀司と上野さんは頷く。
だから、俺は立ち上がって言ったんだ。
「絶対に嫌です!」
ってね。
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