第6話 勝負

 ソフィアが駒を並び終えると、ちょうど相手も並び終えたところだった。


 ほっそりとした背の低い男である。


 顔は全て隠れる仮面でどんな表情をしているのか全く分からない。


 しかし、体型が細い者は繊細な戦いをすることが多い。言い換えれば、ゲームの内容が複雑化すると、勝つのが難しくなるだろう。


 相手の性格は見た目では中身を判断できないと言う者がいる。もちろん表面だけ見ては意味がない。繕っているのだから、中身と違うに決まっている。


 そうではなく自然なもの、その人が長い時間かけて形作っているものを見て判断するのである。


 それは意識していなければ、簡単に変えることはできないし、自分が分かっていなければ変えようがないからだ。


 二人が駒を並べ終わったのを見ると、司会者は男のほうを指さした。


「クルフレッドさま、コインは裏と表、どちらが出るでしょうか?」


 すると彼は、声を出さず右手を出して手のひらを見せた。てのひらはコインの裏を示す。司会者は「裏ですね?」と確認を取り、クルフレッドがうなずくのを見てコインを投げた。


 キンッとコインの独特な金属音が彼の手元で鳴ったかと思うと、床に置いてあるやわらかなクッションの上にコインがポスッと落ちる。


 見ると、出たのは表。フェリウス二世の横顔だ。

 つまり、先攻と後攻の権利はソフィアに委ねられたわけである。


「レイグスさま、どちらがよろしいですか?」


 司会者の問いに、ソフィアは黒い手袋嵌めた右手の甲を左手で指さした。甲は、先攻を意味する。


 声を出してはいけないきまりなどないが、極力自分のことを出さないに越したことがないと思っていると、このような手振りを使った意思表示になることが多い。

 司会者もそれは承知しているので、最初からどのように示すかを決めてあるのだ。


 ソフィアの意思表示を確認した司会者は、「分かりました」とうなずくと、会場の人々に分かるように試合開始の合図を告げた。


「レイグスさまが先攻、クルフレッドさまが後攻ですね。では、試合開始!」


 司会者が試合の合図とともに、競技者たちの持ち時間を示す砂時計をひっくり返されると、ソフィアはすぐに◇を一つ前に進める。試合は複数同時進行で行われるため、司会者がまた別の試合を始めようとしていたが、手元から聞こえる駒が盤を打つカチッという音が、彼女を集中の世界へといざなった。


     ☆


(クルフレッドに続いて、二人にも勝利した。こいつに勝てば決勝だ)


 ソフィアは自分のアンドラダイトを動かし、相手のデマントイドウパロと挟んで奪う。


 すると司会者が歓喜の声を上げた。


「おっと! これは見事ですねぇ! 相手のデマントイドを手にした、レイグスさまの勝ちでございます!」


 試合時間がもうすぐ二十分になるところである。四試合目ということもあり集中力が切れそうになるところでもあるが、ここまでは順調に勝ち進んでいた。


 アレクシスに威勢いせいよく言ったのは良かったが、さすがに十年も空白があったのだ。以前と同じように危なげなく戦えるかはやってみないと分からなかったため、ソフィアはここまでの結果に少しばかり安堵あんどする。


 だが、ここまで来ても最後で勝てなければ意味がない。

 

「では、いよいよ決勝でございます! 試合を行うのは、レイグスさまとフェルナンデスさまです!」


 前の試合から間を置かず、司会者は次の試合を予告した。


 ソフィアは舞台に立ちながら次の相手を待っていると、その者は優雅な足取りで客席から壇上だんじょうへ上がってくる。


 金髪に目元だけを隠す、銀でできた仮面を被った男だった。身長が高く、体格もそれなりにいい。


 フェルナンデスと言われた男は、力の抜けた姿勢で、ソフィアと盤を挟み向かい合った。


「よろしく」


 フェルナンデスはソフィアに挨拶した。大きい声ではないが、余裕のある印象がうかがえる。


 それに対しソフィアは声を発さず、口元を隠していた扇を一時的に閉じたあと、右手を胸に当て、反対の手で軽くドレスのすそつかむとお辞儀をした。


 礼法の中では略式の礼ではあるが、声だけの挨拶よりはずっと敬意が上である。

 しかし、この礼を取ったのは、敬意をしめすためではない。声を出さないようにし、極力相手に自分のことが残らないようにしているのだ。


「では、お二人とも席にお付きくださいませ。決勝だけは、お互いの持ち時間が十五分になります。そのため勝負は三十分です」


 司会者の指示でソフィアは盤の前に座りながら、フェルナンデスという男について考えていた。


 彼は客席から舞台に上がってきた。つまり、ソフィアと同時進行で行っていた別の試合が先に終わっていたということである。相手は強いと見たほうがいい。


「コイン当て」で司会者に選ばれたのはフェルナンデスで、コインの出る面を当てたため、彼は後攻を選ぶ。


(後攻か……)


 ソフィアは、厳しい戦いになるかもしれないと思った。


 リブームは、後攻が有利にはなることのほうが多い。しかしそれは、時間をかけた場合であって、この試合のように時間が短く決められている場合は、先攻のほうが有利なのだ。そのため。オウルス・クロウでリブームの試合をするときは、皆、先攻を選ぼうとする。


 フェルナンデスは自ら後攻を選んだ。つまり、後攻で勝てる自信があるのだろう。


 さらに後攻を選ぶというのは、決勝まで勝ち残ったソフィアに対して、自信をもって対戦できることを誇示こじすることにも繋がる。精神的な揺さぶりも考えているなら、相当な手練てだれだ。


「それでは、はじめ!」


 司会者の合図とともに、右の外側から二番目に置いてあるウパロを二マス前に動かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る