第7話 フェルナンデスという男

 後攻のフェルナンデスは、ソフィアが置いたあと、すぐにパイロープを一マス前へ動かした。まるで最初からこの手することを決めていたかのようである。


 ソフィアは自分の次の手を考えながら、彼の右手をちらりと見た。すらりと伸びた中指には、大きな猫目石がついた金の指輪がはめられている。


 オウルス・クロウで、金以外の力で参加する者たちは特に頭が切れる。裏社会ここへきてゲームで勝つくらいであるから、変わった装飾品を付ければ足が付くことは承知しているはずだ。


 とするならば、彼はこの状況を利用しているのだろう。


 頻繁に訪れるからこそ、取引を行う者たちに自分を覚えてもらうため特徴的な指輪を付けているのだ。そうのようにして彼らは、より良い条件で働けるところへ転々としていく。


 しかし、自分を分かりやすくするということは、下手な仕事をした場合、最悪命を狙われることにもなる。


 一度そうなってしまったら、助けてくれる者はそういない。


 雇い主は、己にも被害が及ぶと思った場合は簡単に切り捨てるため頼ることはできない。またオウルス・クロウにおける問題は、公にすることができないことから、裏社会にある制裁を受けるか、社会の最下層を逃げ惑いながら、汚泥をすすってぼろきれのように生きていくしかできなくなる。


(度胸がわっている)


 ソフィアはフェルナンデスの気質を面白がりながら、アンドラダイトを一マス前へ動かした。


 彼は間もなく、ソフィアから見て右端のウパロを二マス動かしてくる。ここまで勝ち上がってきただけのことはあり、判断が早い。


 一方のソフィアは先程動かしたウパロを一マス進めた。


 すると彼も進めたウパロを一マス動かす。そのため、ソフィアとフェルナンデスの二つの駒が一列に並んだ。


 こうなると、ウパロを一度引っ込めたり、左に移動させたくなるが、そうすると右側が手薄になる。フェルナンデスの駒はソフィア側の右側に前進してきているため、ここで駒が分断されたり、防御が弱くなったところを取られては困る。


 そのためソフィアはアンドラダイトをもう一マス前に進め中央の列まで動かすとひっくり返した。そうすれば、アンドラダイトデマントイドと同じような動きが可能になる。


 するとフェルナンデスは、ソフィアから見て左端のウパロを動かしてきた。珍しい戦法である。


 かどの駒を取るには、三つの駒が必要だ。


 つまりそれくらい労力がいるということ。


 そのため、できるだけ防御を固くしたい者は、角に何かしらの駒を置いておくことを得策とするため、角にあるウパロをゲームの中盤から後半になるまで動かさない者が多い。


 しかし、彼はそうではないと判断しているのだろう。


 実際、角は安全ではあるが、囲まれたら逃げ場がないともいえる。


 もしかすると彼は、駒を自由に動かして、できるだけ捕まらない方法を取ろうとしているのかもしれない。


(そう来るなら、私は駒を取る)


 一つずつ取るのは時間はかかるが、その分こちらのリスクも少なくて済む。


 ソフィアは勝負をするため、デマントイドを斜め左に一マス進めた。


 その後も、交互に駒を打っていく。


 カチッ、カチッと盤の上で、駒の音がだんだんと良く聞こえるようになってきていた。


 ざわついていた会場が少しずつ静かになってきたのである。観客がこの試合を利用してけ事をしているので、決勝の行方を気にしているのだ。


 欲にまみれた思い緊迫感が、じわじわと舞台の上にってくるのを感じれば、それなりの大金をやり取りしていることが分かってくる。


 ソフィアは慣れてしまっているので動揺はしないが、気になる者は気になって打つ手を仕損じる。


「……」


 ソフィアは、ちらりとフェルナンデスのほうに視線を向けた。


 だが彼は全く様子が変わらず、淡々と駒を打っている。ソフィアは自分の駒を動かしながら、もしかするとこの戦いは、勝つかどうか分からないかもしれないと思った。


 決勝のゲームが始まって、砂時計が三分の二が下に落ちていた。残り十分と言ったところだろう。お互い譲らぬ展開である。


 フェルナンデスは、ソフィアの見立て通り強かった。


 だが、彼女の出方を警戒しすぎているのか、大胆な手は打ってこない。


 安全に勝ちに行きたいと思っているようだが、それでは彼女には勝てないこともきっと分かっている。


 しかしソフィアもブランクがあるせいで、相手の戦略を正しく読めているかどうか分からず、いまひとつ強く出られなかった。


(どうするか。このままだと負ける可能性もある……)


 そのときだった。


 相手が急に、緩めた手を打ってきたのである。


 その一手で、ソフィアはこの男があえて負けを選んだことを悟った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る