第3話 「オブシディアン」と「スビリウス」

「二年もの間、オウルス・クロウは開催されなかったのか?」


 彼女は周囲に警戒けいかいしながら、再びアレクシスに顔を近づけ、静かに尋ねた。


「え?」


 拍手はくしゅの音でかき消されて聞こえなかったのか、アレクシスが聞き返した。大声で言えることではないので、彼に耳打ちをする。


「オウルス・クロウは二年間、開催されていなかったのか、と聞いた。前はふた月に一度は、新月の日にしていただろう?」

「ああ、そのことか」


 彼は理解すると、おさえた声で言った。


「実は俺たちの動きも影響していてね。君がオウルス・クロウへ関わらなくなってから、俺たちがどうなったかは知らない?」


 尋ねられ、ソフィアは瞬時に首を横に振った。


 嫌な思いをした上に、続けられないと判断したからこそ潜入捜査から離れたのである。その後の古巣の動きなど知ろうとは思わない。


 するとアレクシスは「そうだよな」と苦笑気味に言うと、「君が捜査から離脱してからしばらくして、ある組織が動き出したんだ」と言った。


「組織?」


 拍手が収まり、周囲は舞台を盛り上げる司会者に集中している。

 アレクシスはうなずいた。


「ああ。その名を『オブシディアン』という」


 オブシディアンは、石の名である。黒々とした色をしており、鋭くとがる性質を持つ。きっと、「闇の組織を切る」という意味で付けたのだろうなと、ソフィアは思った。


「それで?」


「君がいたころは、組織と言うよりも能力の持った個々人、つまりは属するところが違う人間同士が、協力し合ってオウルス・クロウから品物の回収だけしてきただろう? だが、個人の負担は大きいし根本的な解決にならないって話になったんだ。それでオウルス・クロウの主催者、つまり闇の支配者に対抗するため、王と貴族が秘密裏ひみつりに組織を結成したのさ」


 ソフィアが活動していたころは、王の意向を受けた貴族たちが、オウルス・クロウに出品される商品と景品の回収をするために、「目立たないが頭が切れて」「武術を身に付けた者」を選んでいた。


 よってそれぞれ仕えるあるじも違っており、行動のパターンも違っていた。


 お陰で時間を合わせたり、連絡を取ったりする方法が煩雑はんざつだったが、一方で戦う相手にとっては、行動把握をしにくかったり、こちらの腹の内が読みにくかったとも言える。


「それで、その組織は上手くやれたのか?」


「オウルス・クロウを主導する、闇組織の名前を突き止めたんだ。『スビリウス』といってね。それを一時期追い詰めたと言う話だ」


 ソフィアは仮面の下で目を丸くした。


「追い詰めた? これまで闇の組織の名前すらも分からなかったのに、追い詰めたというのか?」


 ソフィアがいたころは、オウルス・クロウで行われる競売やゲームで戦うしか物や人を回収できなかったのである。それが主導する闇組織を追い詰めるまでいったなど考えられなかった。


「実はな、二年程前にスビリウスの内部で、仲違なかたがいが起きたらしい」


かしらが変わったのか?」


 一番上に立つ者が変わるとき、下の者が荒れることはよくある。

 だが、アレクシスは肩をすくめた。


「さあ。そこまでは分からない。だが、仲違いが起きたせいで統率とうそつが上手くいってなかったらしい。組織とは何度か対峙たいじしたんだ」


「ということは……私たちがやっていたことよりも、ずいぶんとふところ深くまで入っていたんだな」


 そう呟くと、アレクシスはうなずいた。


「君たちがやっていたことは商品や景品の回収が主で、スビリウスに乗り込んで戦うなんてことはしなかったからね」


「追われて殺されそうになったことは何度かあるが」


 単なる商品や景品の回収だが、時には誰かの人生をその手に握らされていたときもある。その上、オウルス・クロウでの取引はオークションかゲームでも、会場を出たらそれらの結果は無に帰す。


 つまり、力のある者は、力づくで欲しいものを手に入れるということだ。


 そのため、目的の品物を手に入れても、安全なところに持って行くまでは気を抜くことはできなかった。


 ソフィアが嫌味をまじえると、アレクシスが小さくなって謝った。


「すまない……」


 グロリア侯爵では金と情報提供は出来ても、ソフィアたち雇われ人の身を守れない。アレクシスはそれを分かっているのだ。

 裏の世界には似合わない、根の優しい奴だと思いながら、ソフィアは「それで?」と続きを促した。


「今から一年前のことだ。組織の情報では、最後の殲滅せんめつ作戦に出た。そのときのスビリウスには力はないと思って乗り込んだんだが、奴ら、どこかで逆転する機会をねらっていたのだろう。見誤った見解が命取りになり、組織に属していた者のほどんどが殺された」


「普通、見誤るか?」


 ソフィアは失態をなんじた。

 そこまで追い詰めたからこそ、やってはいけない判断である。ソフィアの指摘に、アレクシスは弁明した。


「君の言っていることはもっともだ。相手の喉元のどもとくつもりなら、それこそ手を抜いちゃいけない。だけど組織側もこれ以上犠牲者を増やしたくないという思いもあったらしい」


「それは、全くの馬鹿だ。指令役はただのお飾りか。追いつめておいて何故手を抜く? それによってより多くの犠牲者が出ると何故考えなかった?」


 ソフィアはさらに非難する。すると、アレクシスは肩を落とした。


「君の言う通りさ……。それで作戦が失敗に終わったんだんだからね」


 まるで自分のことのように落ち込む彼を見て、ソフィアはばつが悪くなる。

 アレクシス自身も、組織のやり方が間違っていることは分かっているのだろう。しかし、一概に責め立てたくないという気持ちもあるらしい。


 いくつもの修羅場しゅらばを乗り越えてきたソフィアにとっては、アレクシスの考えはひどく甘い。しかしその甘さがあるからこそ、助けられる命もあると知っている。ソフィアはそれ以上、責めるのはやめた。

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