白線とふくろう

あわいむつめ

白線とふくろう


 ふくろうはじっと見ている。

 電線の上から。

 真夜中、白線の上を歩くあなたを。

 街灯のほのかな灯りを頼りに。

 両手を広げて、まるで飛ぶように道路の端の細い白線を行くあなたは、そんなことなど露知らず。

 もこもこのフードをまぶかに被って、寒さなどまるで知らんぷりして。

 冬、木枯らしで冷えた街が私たちの外出を咎めている。

 窮屈な鳥籠へ、少しばかりの抵抗だったのに。

 これだけ冷えると、なんだかオトナが正しいみたいだった。

 

『アイス買いにいかない?』

 

 冬季限定の新商品が発売されるらしい。

 日付が変わって、今日から店頭に並ぶと言ってあなたを呼び出した。

 

『いこ!』

 

 こんな真夜中から店頭に並ぶはずもないだろうに。

 夜更かしなあなたは即レスしてきた。

 私はあなたを共犯にしたいだけだったのに、あなたはしょうもないアイスを心底楽しみにしている。

 

「ね、売ってるかな!」

「売ってるといいねぇ」

 

 白い息を吐きながら、ふたりしてコンビニへ一〇分歩く。

 あなたと合流するのに、私はすでにもう一〇分歩いていた。

 冷気にあてられた指先がじんじん痛かった。

 手袋はいつのまにか片方無くしてしまったので、残った方も今朝捨てた。

 片方だけあっても不恰好なだけだし、寒ければポケットにでも突っこんでいればいいやと開き直ったのだ。

 貰い物だったのをさっき思い出して、少しばかりの罪悪感に胸がざわついている。

 ふくろうの鳴き声が深夜の街に残響していた。

 電線のふくろうは鳴いていないから、きっとそう遠くないどこかに別のやつがいるのだろう。

 

「ね、こんな時間までなにしてたの?」

「なにしてたんだろうねぇ」

 

 私はマフラーに顔を埋める。

 それを見たあなたが笑みを浮かべて、私は後悔する。

 口元を隠すのは、後ろめたいときの私のクセだった。

 

「そのマフラー」

「マフラー?」

 

 あなたが私のマフラーのたなびく軌道をなぞるように指差した。

 

「わたしがあげたやつ」

「そ、くれたやつ」

 

 私が首に巻いているのは、数年前の冬にあなたがくれた紺のマフラー。

 端っこにぽんぽんがついていて、上質なもこもこ繊維が冷気のほとんどを遮断してくれている。

 いかにも高価そうで、当時恐縮した。

 

「にあってるよ」

「にあってるかぁ」

 

 私たちは歩いている。

 電線のふくろうはもう後ろのほうへ消えて、静かな街に響く鳴き声のひとつに紛れていた。

 でも、やつはきっと今もあなたを見ている。

 やがて、あなたの辿る白線にも終わりが来た。

 もうながく整備されていない道で、舗装はでこぼこ。

 道路の白線はあとかたもなく消えていた。

 そしてあなたは白線の終わったあとも淡々と歩を進めた。

 いままで必死に落ちないように渡ってきたのに、なんの感慨もなく突然にその遊びを忘れたようだった。

 でもただ歩くのがつまらなかったのか、あなたは話し出した。

 

「そのマフラーで、やるつもりだったの」

「やる?」

 

 あなたは、数メートル先の闇を見ていた。

 

「彼氏つくったことあったでしょ」

「あったかな」

「あったよ」

 

 あなたは、白く底冷えした声で言う。

 

「あれ、まだ夢でみるんだから」

「夢……ね」

 

 あれはちょっとした冗談のつもりだったのだけど。

 あのときのあなたの慌てようったら、私もたまに夢に出てくる。

 息を白く吐いていると、ようやくコンビニが見えてきた。

 ふと電線が揺れたような気がした。

 見ると、またふくろうがとまっている。

 たぶんさっきと同じやつだ。

 今度はじっと、私を見ている気がする。

 その眼差しにどこか見覚えがあった。

 深夜十二時過ぎ。

 私たちはもうすぐコンビニにたどり着く。

 立派な深夜徘徊で、オトナに見つかれば補導されるだろう。

 夜の静寂に響くふくろうの鳴き声を、かつかつという靴の音でかき分けながら、ゆっくりと進む。

 

「アイス、あったらいいな」

 

 あなたがぼそぼそと消えそうな声で言った。

 あの店に、目当てのアイスはきっと売っていない。

 

「なかったら、どうする?」

「うー……」

 

 あなたはしばらく押し黙って、言った。

 

「わたしが、つくる?」

 

 笑ってできた白い息ののぼる先にいるふくろうは、私たちを見放して音もなく夜闇に消えた。

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白線とふくろう あわいむつめ @awaimutsume

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