第47話 月謝
ルリコと京子は、腹ばいの姿勢で流れる汗を拭いながら、岩盤浴をしていた。
「パラデイザ、付き合ってくれない?」
京子から連絡が来たのが2日前。
これは何かあったな、とルリコの直感が告げていた。
「で?」
と促すと、京子は辛そうに、言いたくなさそうに話し出した。
この度めでたく、ネイリストとして独立する京子は、(お父ちゃんに頼み)都内の北寄りに店を出すことになった。
ネイルの師匠の知り合いの知り合いくらいに、ウェブデザイナーがおり、店のホームページを格安でやってくれる人がいるというので、まず会ってみた。
するとその男が、若くてイケメンで、おしゃれで感じ良くて…
「ちょ、ちょっと待て!京子ちゃん、あんたまさか…」
「……」
京子が悲しそうな目を伏せた。
ルリコは、岩盤浴の熱がスーッと引いていくような、気持ち悪さを感じた。
ルリコさんが考えてること、半分は当たってそう…と言う京子。
ルリコは、その男に一目惚れした京子が、金を騙し取られた…的なことが、一瞬で頭に浮かんでいた。それも店の資金ほどの高額を。
しかし、最後まで京子の話を聞くと、
「なあーんだ」
と言い、笑った。
「若くて素敵な男と、2回高級なご飯食べただけじゃん!いい夢見たよ、それは」
「すごく私を褒めるんだよ、ネイルも上手だ、すぐに人気店になりますね、とかさ。ご飯の前には、ハイブランドの店に勉強に行きましょうと言って、すごい値段の服を試着すんだよー」
「買ってくれと言わんばかりに?」
「そうそう」
「買わなかったんでしょ?」
「買えるわけないよ。これからお金かかるのに。子供たちだっているのに」
よかった!京子が正気で。
「世の中には、顔がいいだけで女にたかって生きてる男もいるんだよ。女もいるでしょ?京子ちゃんは、若くして田舎に嫁に行って、アイドルみたいな男に免疫がなさすぎて、舞い上がっただけ!無傷!」
でも、一瞬でもあんな男にポーッとなった自分が情けない。恥ずかしい。
「なーに言ってんの!自分の感情を否定したらダメよ。恋する、って気持ちが味わえたんだよ?月謝払って当然だし、2〜3万のご飯で済んだんでしょ?実質0円だわ」
うん…
確かに、あんな気持ち初めてだったよ。
「もっと酷い目にあってるかと思いきや、全く無傷!で、その男にホームページ頼まなかったんでしょうね?」
「頼まなかった。自分の中から、ノー!って来たから」
「素晴らしい!なんだかんだ、正気を失わないね。エライ!」
自分の店を持つとなれば、いろんなお客さんを対応することになる。
先は長いよ、京子ちゃん!頑張れ!
「ありがとう、ルリコさん。恥ずかしかったけど、いい思い出としてしまっておくよ」
「そうだよ。イケメンはいつだって栄養なんだから。心が正しければだけど」
「はいはい、アイくんは正しい子って言いたいんでしょ」
「よくわかったね」
2人は、冷たい富士山麓の天然水をごくごくと飲んで、笑った。
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