第39話 吉富さんの再訪
チャイムが鳴ってドアを開けると、吉富さんが立っていた。
「あれえ、吉富さん」
「ケンちゃん、どうもどうも」
ケンちゃんがお昼までの作業を終え、ひとっ風呂浴びてあがって、ご飯を食べ終わったのを見ていたかのような絶妙のタイミングであった。
「奥さん、かまわないでね、すぐ帰りますんで」
吉富さんは大きな箱と、ニラをふた束差し出した。
「なんだよ、吉富さん」
ま、ま、ま、いいじゃない、ケンちゃん。
吉富さんはお礼に来たのだ。
「まあ、こちらこそ、お気遣いなく」
レオナちゃんも麦茶を出しながら、困り顔だ。
「本当にねえ、こちらにお世話になってうちは幸せになったんだぁ。ほんの俺の気持ちなんです」
サオリは店が軌道に乗るにつれて、家のこともバリバリこなして、食事も多彩になり、家族の笑顔も増えたという。
「すごい、プロっぽいんだ、うふふ」
ルリコと寿賀子の指導の怖さを栗林夫妻は思った。
「今さ、上の息子も店手伝いに行ってんだよ」
まぁ、すごい!
そ、そうなの?
吉富さんの上の息子といえば、高校一年の途中で不登校になったという噂を聞いていた。
「康太くんだっけ?いつから手伝ってんの?」
「先週からだよ。康太も20才越えて何もしてねえから、本当によかったよ。ほら、美咲ちゃんだっけ?彼女と仲良くなってさ…」
(えっ?また、ニューカップル誕生してんの?)
「よかったねですね、吉富さん。息子さんもお母さんと働けて何よりです」
妻の発言にめちゃくちゃ頷くケンちゃん。
「康太はね…」
吉富さんさんが深刻な様子になったので、二人は顔を覗きこんだ。
「康太は、本心は女なんだと。本当はスカートはきてえんだと。丸坊主が嫌すぎて学校にも行きたくなかったと、泣きながら言ってきてよう…」
「そうだったんですね…それは、とても辛かったでしょうね」
「俺ぁ、あいつの心をひとつもわかってやれなくて、何年も責めてたんだ。親として情けなくって」
「言ってくれるまで、わからないですよ。吉富さんだけが悪いわけじゃないですよ」
めちゃくちゃに頷くケンちゃん。
「そ、それを聞いて、サオリは心を決めたみたいで。学校に行かないで将来食って行くなら、手に職つけなさい、と」
組織は難しいから、自営業をやればいい。職人でもいいし、飲食店でもいい。とにかく何か勉強しなくちゃならないよ、と。
とにかく家にいないでお母さんを手伝いなさい。
「わかった。お母さんありがとう」
と言った康太の顔が、本当にホッとしてて…嬉しかったんだ。
「よかったじゃねえか、吉富さん」
「うんうん」
「美咲ちゃんに占ってもらったんですか?康太くん」
「そうなんだよ、奥さん。美咲ちゃんと仲良くなった康太は、いろいろ相談に乗ってもらったみてえで、占いしてもらったら、飲食業向いてるってなって、ますますやる気出たんだよ!」
レオナちゃんは笑って頷いた。
吉富さんはそれだけ話すと、帰って行った。大きな箱はとらやの羊羹だった。
「やったー!どれから食うかな」
「ダメです。うちじゃ食べきれないですよ、こんなに。実家で開けましょ」
「えー」
ケンちゃんは仕方なく、冷蔵庫にあったプリンを食べた。
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