第36話 店長の奮闘
「ケンちゃんのおかげでいいもん見られたわあー、はー、笑いすぎて死んだ」
ルリコが涙を拭いている脇で、寿賀子が感心していた。
「いや、これ、この録画うちの店の家宝だよ」
「まったく…」
ちょっと前にケンちゃんがテレビに出たのだ。
地元のニュース番組のスポットで。地元の名産品を作る人たちの紹介的な、よくある企画である。
ド緊張しているケンちゃんを、レオナちゃんが励まして、なんとかかんとか撮ったらしい。
撮影の後、お茶を飲んでいる時に、栗林農園が野菜を卸している飲食店の話になり、今度は「運命の輪」に取材の申し入れがあったというわけ。
こういう時ルリコが出ることはないので、店長の靖彦にお鉢が回ってくるのだ。
靖彦は自分に拒否権がないのを知っているので、腹を括って当日を迎えた。
表現力はない彼だが、自分が最も快適なストーリーを作る天才だった。
「開店と同時にいらして、ずっと我々の撮影をしてもらって、そちらでナレーションを付けてください」
という段取りにするのを提案し、自分の喋りは最小限の10秒にすることに成功した。
靖彦の提案は、運命の輪の丁寧な仕事ぶりを見せるのに効果的であった。調理するサッちゃんの鮮やかな手捌きや、他のスタッフの素早い盛り付け、配膳、心のこもった会話などがそのまま見せられてとても良かった。
そして現場の責任者である靖彦のインタビューがラストである。
この、運命の輪というお店は、店長にとってどんな存在ですか?
と聞かれた靖彦。
「…んー、そうですね。…自分の…いる場所というか、すべて、ですね」
と答えた。
これをテレビで観て、ルリコと寿賀子は感動していたのである。
あの、今世紀最高の仏頂面が…
かわいさを胎内に忘れて来たと言われた男が…
どこか猛烈に痒いけど、手が届かなくてかけない、みたいな顔で…
あんなこと言うなんて!
「よかったねー」
「本当だねー」
挨拶も目を見てできなかった初対面のときを思い出して、ルリコは胸が熱くなった。
「ルリちゃん、ビールでも飲んだら?今日、グラタンあるよ」
「おごり?」
「まさか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます