第23話 運命の輪大宴会

その日、クラシックカフェ・運命の輪は、社員全員集合の宴会に向けて、着々と準備が整えられていた。


午後7時の閉店直後から、約2時間。年に2回の重要行事として認識され、その時に社員は料理を作り、メニュー化されるかもしれないチャンスでもある。


メニュー化された料理を作った者には、給料に1万円の手当が足される。これは退社するまでずっと続くというから、みんな相当真剣にやる。


「さあ、みんな席について!もう社長が来ますよ」


寿賀子のアナウンスでパッと定位置に着く社員たち。席も序列ごとに全て決まっている。


みんな、お疲れ様!さあ、始めましょう。


ルリコが着席し、スパークリングワインの栓が抜かれた。


ここでルリコはペルーに出掛けていた間に起きた、すごい報告を聞くことになる。


それは「市川さん」という女性の話だった。バイトとして2週間いて退社したという。


「そんなにヤバかったの?」


「ヤバイなんてもんじゃなかったー、ねえ」


寿賀子が、一番苦労した店長の靖彦に、呆れたように言った。社長いたら怒っちゃうわよー。いなくて良かった。


初日から靖彦にあだ名を付け(もちろん寿賀子に怒られた)、手作りのお菓子をみんなにプレゼントし、甘ったるい声で「えー、わかんないー、おしえてくださーい」を連発。


「嫌な予感しかしないじゃない、そんな人」


その後、常連さんに勝手に話しかけに行ったり、仕事が適当だったりと、靖彦に注意されることが増え、本人も無理かなと悟ったらしい。


運命の輪もおかしな雰囲気になりかけていて、ピンチだったと靖彦は言った。


「そこに助け舟の、丸林先生が来たんです!」


「へえ?精神科医の?」


「そうです、そうです」


顔色悪いね、珍しく。と言うので、実は…と打ち明けたら、


「それはね、演技性パーソナリティ障害だね」


と言われた。


とにかく注目の的になってないと不快、オーバーな会話、プレゼント攻撃、あだ名を付ける、など、特徴を教えてくれ、


「一番いいのは、距離を取ること」


だと言うので、社員をそっと一人ずつ呼び出して、対処法を授けた。リアクションは最低限に。誘われてもどこにも行かないこと。


「そしたら、すぐ辞めてくれたんです」


「いや、それは助かったね。あとで丸林先生にコーヒー無料券10枚綴り差し上げて」


「はい」


ルリコはみんなの料理をパクパク食べながら、美味しい♡を連発した。ペルーは食べられるもの少なかったよ。日本はいいね、やっぱり。


「それにしてもみんないい勉強になったね!普段、どれだけ阿吽の呼吸で仕事してたかわかるでしょう?だからって、これから入る新しい人を色眼鏡で見ないこと!」


はい!


それでは、今回のメニュー化する料理を発表します!


ドキドキ

ドキドキ


「ブロッコリーとささみのチーズ焼き!」


「やったー!」


寿賀子がバンザイして喜ぶ。


「ええ!寿賀ちゃんなの?あんた何万円稼いでるの!みんな、頑張りなさいよもっと!」


ガーン

ガーン


「これ早速レシピを店長に渡して、みんな作れるようにして。月曜日からランチに出そう。糖質制限メニューとして1100円で出すわよ!味噌汁と玄米で」


はい!

はい!


糖尿病の人や、意識高いOLが食べまくるわね、とルリコはニヤッと笑った。


さあ、みんな!飲んで飲んで!


社長、おかえりなさい!

ただいまー!

やっぱり楽しい!

よかった!

悔しい!次こそ!

そうだ!寿賀子に勝つのよ!


クラシックカフェでありながら、世の中の流れに敏感なことが大事なんだよ!


はい!

さすが!

ブロッコリーも指定野菜ですもんね!

そういうこと!


運命の輪の宴会はつづく。楽しい夜。





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