第18話 美咲ちゃん

ルリコのカフェ「運命の輪」に勤めている美咲ちゃんという子がいる。


美咲ちゃんはいわゆる「視える」タイプで、たまたま「運命の輪」に客として来たとき、あ、ここで働くのがいいと直感し、


「千と千尋のコントかと思ったわ」


とのちにルリコが言ったように、ここで働かせてください!と頭を下げて、現在に至る。


美咲ちゃんは24才で、OLの経験もあり覚えが良く、あっという間に戦力になった。


「お腹が黒っぽく視えるので、病院行った方がいいですよ」とか「ストーカーされてませんか?気をつけて」とか言う以外は、全く問題なかった。


問題なのは、それがことごとく当たっていることだった。


お腹が黒いと言われた男の子は、虫垂炎で入院したし、ストーカー被害に気をつけろと言われた子は、元カレに待ち伏せされ、警察沙汰になった。


「本当に視えるんかね?」


「今のところ、外してないのよねー」


ルリコと寿賀子は相談し、1ヶ月の期間限定で店内に占い部屋を作ることにして、美咲ちゃんにやらせてみた。


部屋といっても、ついたてで仕切っただけのスペースで、いかがわしいムードは一切ない。


1時間5000円。お好きなドリンク付き。

3000円が美咲ちゃんにいく。

どう?

やります!


かくして、完全予約制の「美咲のタロットカード霊感占い運命の輪エディション」がスタートした。


すると、若い女の子たちがこぞって占いに来た。「運命の輪」の常連のお客さんも、付き合いでやってみたりした。


店にも美咲ちゃんにもウィンウィンで、お客さんたちは占い部屋を楽しみ、素晴らしいフィナーレを飾ったのだが…


最終日から二週間もしないうち、美咲ちゃんが店を辞めると言い出した。


あ、そう。残念だわ。これからも頑張ってね。


寿賀子はにっこりと笑って承諾した。


いろんな言い訳を考えていた美咲ちゃんは、へどもどして、ペコリとお辞儀をした。


「我々の想像どおりだったわー」


「でしょー?」


この店での占いイベントの大成功で、あの子は辞めると言うだろうと、密かに二人は読んでいた。


独立して占い師をやり、お金を稼げると思うだろうからね。


うちに渡す分まで自分のものにしたくなる。そういうものだよ、若いうちは。


「確かに腕はあったね。よく勉強していたよ」


「店も目新しいイベントやれて盛り上がったわ。4ヶ月に一度くらい、何かやってもいいね。簡単な参加型イベント」


「パン教室とか?」


「もっと簡単で、片付けがないやつね」


それは言える!

うふふふ。


美咲ちゃんは自信満々で占い部屋を立ち上げたが、1ヶ月で客は5人だった。


あのときのお客さんたちは、運命の輪という箱の信頼で来てくれたことがわかったが、認めたくなかった。


バイトを掛け持ちしながら、SNSでも頑張って発信した。


もはや、誰かの力になるという、そもそもの使命すら忘れてしまった。なんで来てくれないの?なんで来てくれないの?


なんであの店にいた時は、あんなにお客さんは笑ってたんだっけ?ありがとうって言ってくれたんだっけ?


運命の輪のでの日々を毎日思い出してみた。


またね!

って言われて

お気をつけて!またお待ちしてますね。

って返していた。 


楽しかった。

楽しかった。

あれ?

あれ?今は何だっけ?


美咲ちゃんは歩いているうちに、目の前が真っ白になって崩れ落ちた。


目覚めると見慣れた顔がずらりと自分を囲んでいる。もうどこだかわかった。


「あんた!行き倒れとかやめてよね!新手の嫌がらせ?ビックリするじゃない!」


ルリコ社長が笑っていた。


「あまりにも痩せてて、美咲ちゃんってわかるまでにだいぶかかったわ」


寿賀子マネージャーも笑っている。


「インドの行者かと思ったわ、まったく…。なんの修行してんだか」


「起きられる?これ飲みなさい。美咲ちゃんが大好物の玉子スープ、店長が作ってくれたよ」


美咲ちゃんはしゃくり上げて号泣した。


1ヶ月後…


「ほら、喋ってないで、早くほうれん草洗っちゃいな!」


「はーい!」


美咲ちゃんの新しいボスは、よしとみさんちのサオリさんになった。


運命の輪はいつだって廻るんだね。


占いの話をすると頭を叩かれる職場で、美咲ちゃんは楽しく働いている。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る