第4話 最強のお母ちゃん

台所だけで20畳以上ある栗林家。


お母ちゃんは湯呑みを洗っていた。


「お義母さん、私がやりますよ」


レオナちゃんが言いかけて、ハッとなった。

お母ちゃんが静止していたから。


「お義母さん?どうかしましたか?」


ジャージャー流れる水に驚いて、お母ちゃんは蛇口をひねった。やだ、出しっぱなし。


「ごめんねぇ、レオナちゃん。ぼーっとしちゃってたわ」


嘘がつけた試しのない顔はこわばっていた。


「何かあったんですね?ハイツのことですか?」


レオナちゃんは敏感にお母ちゃんの危惧を察知し、眉毛をよせた。


やっぱり二人で住むとか、新築するとか、嫌だったのかな、という顔に、今度はお母ちゃんが慌てた。


「ちがうよ、ちがうよ、レオナちゃん。母ちゃんハイツのこと、めでたいって思ってるって!二人が楽しく暮らして欲しいって思ってんだ」


じゃあ、何を心配されてるんですか?お義母さん。テレパシーを受信したお母ちゃん。


「ちょっと、こっち来て」


台所の脇の四畳半もあるパントリーにレオナちゃんを招くと、まだ誰にも言うなよ、レオナちゃん。ケンにも京子にも、だよ。と言った。


こくりとうなづくレオナちゃん。


「ハイツに居酒屋、入るって父ちゃん言ってたっぺ?その女将と父ちゃん、…怪しいんだ」


「え?ほんとですか」


「最近、よくよく飲みに行くなって思ってた。行ってた店のホステスだった女だよ、あの女将は」


「そうなんですか…」


「虫が騒ぎ出したな、35年ぶりに…。面白くなってきた」


不敵に笑う、栗原ヤス子。


お義母さん、何する気なんだろうと、レオナちゃんはドキドキしてきた。


それからお母ちゃんは、レオナちゃんを自室に呼び、昔話を聞かせると言った。


あれは、京子が13才、ケンイチが7つの時だった。父ちゃんは若くて金もあるから、それはそれは遊んでいた。朝帰ってきて、そのまま畑に行くこともあるくらいだった。


まだ姑は生きていたし、お母ちゃんも若いから頭に来てもあまり強く言えなかった。


だけどね、一向に遊びが収まらない。

栗林の武雄は、あのスナックのママといい仲だってよ、とかわざわざ大きな声で言う人もいた。


ある日、あたしはもう我慢できないと思ってさ、京子だけに言ったんだ。出ていくってね。京子は小さい頃からしっかりしてたから、なんでも頼めたよ。お金も多めに渡しておいて、ケンイチのこと頼むよと言ってね、煙のようにトンズラしてやったんだ。気持ちよかったよ、そりゃー。


京子は、どんなに聞かれてもあたしの行き先を知らないと言い張った。本当は知ってるよ、もちろん。


東京のサチ子叔母さんのところって。


京子は、お父ちゃんが悪いことはわかってる。お母ちゃん、こらしめてやるんだよね?いいよ、協力するから。ケンは私がみるから心配しないで。ばあちゃんとお父ちゃんのことは無視しておく。


どのくらい家出したっけかな。せいぜい一週間か、10日くらいのもんだ。でも、うちはまったくガタガタになったんだよ。いかにお母ちゃんが回してたか、骨身に染みるほどね。


ケンイチには悪いことした。ずーっと泣いてたと京子が言ってたよ。7つだもんね。でもあたしも自分が限界だったし、京子に甘えたんだ。


京子には頭が上がらないよ。ほんとにしっかりした娘で助かった。


レオナちゃんは、そうでしたか…と言った。


「お義母さん、また家を出ようとしてるんですか?」


「うーん、まだちょっと証拠が弱いからな。もう少し様子みっぺ」


心配いらない。35年前から、ずーっと貯めてきた金があるから。ルリコさん誘って海外行ってくるかな、と笑った顔には、いつもの穏やかさがあった。

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