第16話 追跡と変装

「お菓子に釣られて誘拐か……」

「ガチでロリってますね」


 ロリってるってなんだ。

 おかしな動詞を作るな。

 しかし、若葉の言いたいことはレオンにも分かる。

 お菓子に釣られるなんて、小学生でもなかなかないだろう。

 凛子の使用人らしき男性も気まずそうに顔を赤くしている。


「お恥ずかしい限りで……」

「まぁ、連れて行かれたのは仕方がない。なんとか追いかけるとしよう」

「手伝って頂けるのですか!?」

「凛子殿からスカウトと受けている。その話が立ち消えるのは、俺としても困るのでな」

「ありがとうございます!!」


 レオンにとっても、凛子が居なくなるのは困る。

 連れ去られたお嬢様を助けに行くとしよう。


「とりあえず、連れ去った奴らの情報が欲しいな……何か手掛かりは無い物か……」

「あ、見てください!! SNSに凛子さんの映像が上がってました!!」


 若葉がスマホを見せて来る。

 SNSの投稿には『凛子様が居た!! 意外と庶民的な車にも乗るんだね?』という文章と共に映像が上げられている。

 再生された映像にはワンボックスカーに入っていく凛子と、サングラスの男たちが映っていた。

 動画は車が走り去るところまで映っている。


「これで車種と向かった方向は分かるな」

「だけど、今から行って追いつきますか?」

「実はちょうど良いものを買ってある」


 レオンが取り出したのは、アラビアンな柄の絨毯。

 魔法都市で売っていた、ふわふわと浮かぶことのできる魔道具である。

 市場で見かけた後、空を飛べるのは便利だと思って買っておいたのだ。

 レオンが絨毯に乗ると、ふわふわと浮かび出した。


「こいつに乗って追いかければ、渋滞も信号も関係ない。空からなら奴らも見つけやすいだろう」

「おぉ……これなら追いつけますね!」

「これは、どのような仕組みの魔法機なのでしょうか……」


 凛子の使用人は不思議そうに絨毯を見つめていた。

 魔法が生まれた現代日本でも、異世界の魔道具は不思議に見えるらしい。

 あまり詮索されて、異世界のことを感づかれても困る。

 レオンは早く絨毯に乗るようにうながした。


「早く乗ってくれ。追いつけなくなるぞ」

「あぁ、申し訳ありません。それでは失礼いたします」


 ちなみに絨毯は五人程度は乗れるほどの広さ。

 レオン、若葉、エリシア。そして凛子の使用人と護衛の一人が乗り込んだら満杯だ。


「さぁ、追いかけるぞ」


 全員が乗り込んだことを確認すると、レオンは魔力で絨毯を操作する。

 空中を走り出した絨毯は、ギュンギュンと高度を上げて行く。

 ビルの谷間を通り抜けながら、若葉たちは道路に目を凝らした。


「どうだ? 怪しい車は居たか?」

「レオン様、あの車が似ているのではありませんか?」

「あ、本当ですね。エリシアちゃん大手柄だよ!」


 エリシアが指さす方を見ると、たしかに誘拐犯の車と似ている。

 他に似たような車も無いため、確定と考えて良いだろう。

 問題は、どのタイミングで凛子を助け出すか。


「どうする? 今すぐ奇襲をかけるか?」

「いえ、待ってください。狭い車内では凛子様を人質に取られる可能性があります。アジトに付いたら車から降りるはずです。そのタイミングを狙いましょう」

「分かった。しばらくは上空から追跡することにしよう」


 上空から尾行していると、凛子を乗せた車は狭い脇道へと入っていく。

 そして特徴の無いビルの前で止まった。


「俺たちも降りるぞ」


 レオンたちもバレないように地上に降りて、物陰から車の様子をうかがった。

 車からゾロゾロと降りて来る男たち。凛子も車から降りたが、不思議そうにキョロキョロと見回している。


「ここは、どこかしら?」

「いいから付いて来い」

「ちょっと、掴まないでよ!? 貴方たち、さてはウィズの人間じゃないわね!?」

「今さら気づいたっておせぇよ」


 ここが仕掛け時だ。

 レオンは『貪欲な宝物庫』からマントを取り出した。


「おや、今度は何の魔道具ですか?」

「姿を変えるマントだ」


 レオンがマントを頭からかぶると、肉付きの良い女性の姿へと姿が変わった。


「おぉ!? 凄い、えちえちですね!」

「この姿で油断させて奴らに近づく。そのまま凛子を助けてやれば怪我無く救い出せる」

「えっちな女の子からレオン様の声が聞こえてくる……」


 このマントは、『ミミック』というモンスターの皮膚を利用した魔導具だ。

 ミミックは変装の名人であり、皮膚の色を自在に変えて見た目を変える。

 大抵は弱いモンスターや宝箱に変身して、近づいて来た獲物に襲い掛かるのだ。

 しかし、変えられるのは見た目だけなので声までは変わらない。

 結果として女性からレオンの声が聞こえてくる不思議な状況となっていた。


「……ちなみに、その姿はレオン様の理想だったりしますか?」

「れ、レオン様!? そうなのですか!?」

「ち、違うぞ!? コンビニで見かけた姿に変わっただけだ。漫画雑誌の表紙だったんだ!」

「見かけただけで、そんなに覚えてる物ですかぁ?」

「レオン様……」

「その話は良いだろう! 俺はもう行くからな!」


 女子二人から向けられるジトっとした目を振り切って、レオンは物陰から飛び出した。

 コツコツと男たちに近づく。

 足音でレオンに気づいた男たちは、レオンの姿を見ると鼻の下を伸ばした。


「おい、見ろよ。めっちゃ美人だぜ」

「うわ、おっぱいデケェ……」

「お前ら……緊張感を持てよ……」


 デレデレと顔を緩める男たちと違って、凛子はハッとレオンを見た。

 何かを言おうと口を開くが――悩んだ末に止めてしまう。

 助けを求めると迷惑がかかると思ったのだろうか。

 お菓子に釣られるキッズのくせに、意外なところで気が回るらしい。


「ちょっと君、俺たちと遊んでかない?」


 凛子と違って頭が回っていない男が、レオンに声をかけてきた。

 しかし、喋っては正体がバレる。

 レオンはにこりと微笑んで男たちに近づいた。


「お、意外と積極的――うごぉ!?」


 男は股間を抑えながら地面に転がった。

 からりと黄金色に光る金塊が地面に落ちる。

 金で金を潰したのだ。


「世界一豪華な金的だ。良かったな」


 レオンは呆気に取られている男たちと無視して、凛子の腕を引っ張る。

 そのまま自分に抱き寄せると、マントを脱いだ。

 凛子はレオンの顔を見上げると目を見開く。


「れ、レオンさん!?」

「これに懲りたら、もう知らない大人には付いて行かない事だな」


 レオンの登場に驚いたのは凛子だけではない。

 男たちも美女がレオンに変わって動揺している。


「な、なんだテメェ!?」

「え、えっちな女に化けて近づくとかズルいぞ!? 同じ男として恥ずかしくないのか!?」

「うるさい。すぐに警察を呼んでやるから大人しくしてろ」


 ひゅん!!

 レオンの近くから剣が飛ぶと、男たちの頬を切り裂いた。

 次は首を切る。

 そう目で脅すと、男たちはへなへなと座り込んだ。

 なんとも呆気ない。

 誘拐なんて大それたことをしているが、コイツ等は下っ端かなにかなのだろうか。


「お前らは誰の命令で動いている? ウィズの関係者か、あるいはただの金目的の犯行か?」


 凛子を誘拐する理由として考えられるのは大きく分けて二つ。

 まずはウィズや凛子への恨み、あるいは凛子が消えることで得をするよううな、凛子個人を狙った犯行。

 あるいはただの金目的。身代金を要求するために、親が金持ちである凛子を狙ったのかもしれない。


「い、いや、知らねぇよ……俺たちはSNSで依頼されただけだ。ソイツを連れてきたら金を払うって……」

「……なんだと?」

「最近、ニュースでも騒がれてるでしょう? SNSを通じて犯罪行為を依頼される闇バイトよ」

「そ、そうか……」


 今はSNSで犯罪行為が依頼されるような時代なのか……。

 裏社会にまで技術発展が訪れているとは、またしても時代の変化を感じるレオンだった。


「だが、ここに連れてこいと言われたんだろう?」

「あぁ、はい」

「それなら、ここに黒幕が居る可能性があるのか……」


 レオンがビルを見上げると、階段からコツコツと音が響いて来た。

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