第15話 イカのおすし
「どうかしら、悪くない話だと思うのだけど?」
凛子はうきうきした様子で、レオンの返事を待っている。
『すげぇ……ウィズの事務所って大手だよな……』
『配信でスカウトとかレア映像すぎるwww』
『実はレオン様って、ウィズが用意したタレントさんなんじゃ……?』
『確かに、やけに高いコスプレのクオリティの説明が付くわ!!』
凛子によって降ってきたスカウト話。
ウィズの子会社で運営している配信事務所に所属しないかとの提案だ。
急すぎる話にレオンは困惑しながらも頭を働かせる。
(大手企業のバックアップが貰えるのは嬉しいな……しかも、ウィズは魔導メーカー、上手くいけば戦力的な支援も期待できる)
レオンの最終的な目的は、日本で戦力を整えて異世界の運命を変えることだ。
ウィズの子会社で配信活動をするのなら、ウィズの広告もするのだろうから、武器や防具の支給も期待できるだろう。
例えるなら、プロゲーマーだ。
プロゲーマーのスポンサーがPC機器を販売していれば、宣伝のために自社製品を支給するのは当たり前のことだ。
同じように探索者のスポンサーが武器を販売していれば、探索者に製品を支給する。
ウィズは手広くやっている大手企業らしいので、その他の支援も期待できる。
(ただ、ウィズに所属するには、いくつか問題があるな……)
レオンはチラリと若葉を見た。
若葉は大切な協力者だ。
今後ともレオンのマネージャーのような立ち位置で協力してもらいたいのだが……ウィズ側がそれを受けて入れてくれるだろうか?
自社のタレントには、自社のマネージャーを付けたがるだろう。
「安心して、そちらの彼女も特別マネージャーとして歓迎するわ。もちろん、彼女にも給料は払うわよ」
「ま、マジですか!?」
『わかばちゃん就職おめでとうwww』
『人生の苦行へようこそ』
『社畜が怖いこと言ってるwww』
どうやら、レオンの目線から若葉への懸念に気づいたらしい。
凛子は若葉を雇うと言ってのけた。
「ついでに言っておくと、『ブレイブ・ブレイド』の著作権は我が社が握っているわ。『レオンさん』が配信活動を続けるのなら、ウィズに所属したほうが良いと思うわよ?」
「……なんだと?」
それは初耳だ。
『ブレイブ・ブレイド』の開発元は、有名なゲーム会社だ。
ウィズとは全く無関係の会社のはず……。
「なぜ、ウィズが権利を持っているのだ……」
「『ブレイブ・ブレイド』の開発元は倒産しちゃってるんです。それを買い取ったのがウィズなんですよ」
若葉がこっそりと教えてくれた。
『昔は違う会社が持ってたんだっけ?』
『そう、もう倒産したゲーム会社』
『古参ファン的には、ウィズには感謝しかないわ』
『ウィズのおかげで、いまも『ブレブレ』のグッズとか出てるからな』
ウィズが『ブレイブ・ブレイド』の著作権を持っている。
そうなると、ウィズに所属することはより大きな意味を持つ。
レオンは本物の『レオンハルト・ストレージア』なのだが、日本ではコスプレ探索者として扱われている。
ゲームのキャラクターのコスプレとなれば、当然ながら著作権が絡んでくる。
個人的に配信活動をしている分には黙認されるだろう。
しかし『案件』などを受けて『商業活動』をするとなると、権利的な問題が出て来る。
ウィズに所属してしまえば、その辺の問題が丸っと解決するわけだ。
しかし、そうだとしても簡単には首を縦に振れない。
もう一つ、とても大きな問題が残っているからだ。
(……ここに来て戸籍の問題が出て来るか)
そう、レオンには日本の戸籍がない。
ダンジョンに入る前にも、『身分証明が出来ないから探索者として登録できない』と話をしたばかりだ。
ウィズと契約するとなっても、身分証明の問題は回避できないだろう。
(いっそのこと、凛子にも異世界の事を打ち明けるか? ……いや、情報を知る人間は少ない方が良い。凛子がどれほど信用できる人間かも分からない)
凛子に打ち明ければ、社長令嬢パワーで身分証明などをパスできるかもしれない。
しかし、異世界のことを知られると、何かと面倒な事になる可能性がある。
もしも、凛子が異世界の事を言いふらせば大問題だ。
凛子は小首をかしげながら、レオンを見つめている。
澄んだ瞳をした凛子が悪い奴とは思えないが……先ほどから見ている、暴走機関車のような言動を見ていると信用もしきれない。
それに、日本に転移したばかりで、半ば博打で打ち明けた若葉の時とは状況が違う。
ウィズに所属する提案は魅力的だが、大きなリスクを負ってまで飛びつくものではない。
時間を貰って、戸籍の問題を解決してから返答をしよう。
「……また、後日に返答をさせてもらいたい」
レオンが濁したように答えると、凛子はぽかんと口を開けた。
「な、なんでぇ!?」
凛子はわたわたと慌てだした。
まさか、良い返事が貰えないとは思わなかったらしい。
目をグルグルさせながら困っている。
「い、今ならお菓子もあげるよ!? ほら、『アンドーナツマングミ』!! 『ねれねれねれよ』もあげるよ!!」
凛子は白衣のポケットから、幼児向けキャラクターのグミやら知育菓子やらを取り出した。
なんで、この女は幼児向けのお菓子を持ち歩いているのだろう。
『断るんかい!?』
『いや、断っては無いだろ……レオン様も考えることがあるんだろうさ』
『なんで、凛子ちゃんはお菓子でレオン様が懐柔できると思ってるんだwww』
『社長令嬢なんだから、札束とか出せwww』
『チョイスが絶妙に幼児すぎるwww凛子ちゃんってロリ枠なのでは?』
「いや、お菓子を貰っても困るのだが……とりあえず、一度持ち帰って考えさせてくれ」
「わ、分かった……私の連絡先は名刺に書いてあるから、良いお返事を期待しているわ」
「わかった」
とりあえず、凛子は納得してくれたらしい。
不服そうに頬を膨らませながらも、白衣のポケットにお菓子をしまっていく。
「凛子様ー!」
凛子がお菓子をしまっていると、黒いスーツにサングラスをかけた男たちが駆け寄って来た。
絵に描いたような、偉い人のボディーガードっぽい見た目だ。
凛子の護衛なのだろう。
「凛子様、早く会社にお戻りください。凛子様が居なくってパニックです」
「えぇー、私はもう少しレオンさんとお話したいのだけど……そもそも、貴方たちみたいな人は見たことが無いのだけど……」
「苺の乗ったショートケーキを準備してありますよ? 早く戻らないと悪くなってしまいます」
「え、ショートケーキ!? レオンさん、また今度お話しましょうね」
凛子はバイバイと手を振って、スキップしながら黒服たちに連れられて行った。
ケーキに釣られる社長令嬢……それで良いのだろうか……。
その後、凛子の登場によって疲れたレオンたちは配信を切り上げることにした。
若葉は普通にダンジョンから出て、レオンとエリシアは人気のない路地裏に転移して、ダンジョン前で待ち合わせ。
「いやぁ、凛子ちゃん、凄い人でしたねぇ……」
「全くだな……」
「見ていて面白い方でした」
「うん? あの黒い車たち、もの凄いスピードでこっちに向かってくるぞ?」
レオンたちが口々に話していると、黒塗りの高級車が何台も走って来る。
高級車の群れはレオンたちに突っ込んでくると――キキィィィィ!!
けたたましいブレーキ音を鳴らしながら、レオンたちの前に停まった。
「な、なんだ?」
「り、凛子様はどちらに!?」
先頭の高級車から、初老の男性が飛び出してきた。
ずいぶんと焦っているらしい、額に冷や汗をかいている。
「凛子なら先ほど迎えが来て連れて行ったが?」
レオンが答えると、老人は顔を真っ青に染めた。
いったい、何が起こっているのか、レオンが目を白黒とさせていると老人が叫んだ。
「それは偽物で――誘拐犯です!!」
レオンは、凛子と護衛らしき男たちがしていた会話を思い出す。
『えぇー、私はもう少しレオンさんとお話したいのだけど……そもそも、貴方たちみたいな人は見たことが無い気が……』
『苺の乗ったショートケーキを準備してありますよ? 早く戻らないと悪くなってしまいます』
『え、ショートケーキ!? レオンさん、また今度お話しましょうね』
あの女、ケーキに釣られてあっさり誘拐されていた。
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