第12話 ウルトラ・チャット
日本にやって来たレオンは、スマホを使って若葉に連絡を取った。
若葉は大学に行っていたらしいが、ちょうど講義が終わった所だったらしい。
若葉と待ち合わせをして合流することになった。
ちなみに、待ち合わせ場所は若葉と出会ったダンジョンだ。
若葉が通っている大学から近いらしい。
「ごめんなさい。お待たせしました!」
「いや、呼び出したのはこちらだ。気にすることは無い」
レオンたちが少し待つと、若葉が小走りでやってきた。
すでにダンジョンに向かう準備は済ませているようだ。胸当てや籠手など、軽い防具を付けている。
「それじゃあ、ダンジョンに入りましょうか!」
「そうだな」
レオンが振り返ると、そこには倉庫のような箱型の建物が建っていた。
正面の入り口には、巨大な金属の扉が付けられているが、現在は開け放たれていた。
入り口から少し入った所には、駅の改札口のようになっている。
先に若葉が改札口に近づいた。
なにやらカードを取り出すと、改札口にかざそうとして――手を止める。
「……あれ、そういえばレオン様は探索者登録とかしてませんよね?」
「していないな」
「うっかりしてました。ダンジョンに入るには、探索者として登録しないといけないんです。ダンジョンに誰が入ったのかを、ダンジョンの管理者は把握しなきゃいけないので、遭難の防止なんかを考えた上での法律ですね」
たしかに、誰でも自由にダンジョンに入って良いとなったら、行方不明者が続出しそうだ。
そういった事件を防止するためにも、ダンジョンに入る場合には探索者としての登録を義務付けているのだろう。
「そうか。どうやったら登録できるんだ?」
「スマホからでも簡単にできるんですけど……身分証明が必要なんですよね……」
「あぁ……それは問題だ……」
探索者の登録には身分証明が必要。
しかし、異世界人のレオンとエリシアには、日本での身分なんて存在しない。
「よく考えると、俺は不法入国者だからな……」
万が一、警察に職務質問でもされたらアウトな立場だ。
「身分証に関しては、すぐに解決できる問題じゃないな。今日のところは、ラールでダンジョンに入っておこう」
「そうですね。そうするしか、無いと思います」
ラールで転移できるのは『行ったことのある場所』だけだ。
現状では、このダンジョンにしか入れない。
いずれは身分証の問題を解決して探索者として登録する必要があるが、現状ではどうしようもない。
レオンとエリシアは諦めて、ラールでダンジョンに入った。
少し待つと若葉も入って来る。
「それでは、気を取り直してダンジョン配信と行きましょう!」
「ああ、よろしく頼む」
若葉は意気揚々と、バッグから小さなカメラを取り出した。
出会った時にも使っていたカメラだ。
起動するとカメラはふわふわと浮いて、レオンたちをレンズで捉える。
「不思議なカメラだな。プロペラも無しに宙に浮かぶとは……」
「ダンジョン配信用のカメラなんです。魔法機って呼ばれる、魔法を使った機械なんです」
「魔法機?」
「はい。モンスターを倒すと『魔石』と呼ばれる石を落とすんです。それを組み込んで作られた『魔法』を発動する機械が『魔法機』です」
ダンジョンの出現によって、日本では技術的な革命が起きたらしい。
魔法機と呼ばれる、魔法を使う機会が一般化しているようだ。
「このカメラは特に人気で『ウィズ』っていう大手魔法機メーカーの製品なんです。転売ヤーに打ち勝って、正規の値段で買えたんですよ!」
「ほう……」
転売ヤーが何者かは分からないが、若葉が嬉々として語っているので水は差さないでおこう。
その後、若葉は喋りながらも配信を準備。
準備が終わると、レオンに確認を取ってから配信を開始した。
「レオン様、配信開始の挨拶をお願いします」
「ふむ、今日はよく来てくれたな俺は『レオンハルト・ストレージア』だ。今日は俺の配信を楽しんで行くと良い」
『レオン様キターー!!』
『レオン様が配信者デビューしてくれるとか最高です!』
『トレンド一位おめでとうございます!!』
『また推しが増えてしまった。貢がなきゃ……稼がなきゃ……』
配信開始と同時に、勢いよくコメントが流れる。
コメントの流れが速すぎて、ほとんど目で追えない。
しかし、一部のコメントは赤やらオレンジやらの色が付いている。
色付きのコメントは数秒間ほどコメント欄の下に残っていた。
「うん? この色付きのコメントはなんだ?」
「あ、それは『ウルトラ・チャット』通称は『ウルチャ』です。お金を払ってコメントをしてくれてるんですね」
「なんだと!? じゃあ、この赤いコメントは……五万円も払っているのか!?」
「その通りです!!」
改めてコメント欄を見ると、色付きのコメントがポンポンと投稿されている。
中には赤いコメントも多い。
現代の配信者は市民権を得ていると思っていたが、ここまで万札が飛び交うとは思わなかった。
「日本には石油王しか住んでいないのか……?」
「違いますよ。生活を削って投げているのです」
「いや、自分の生活に使った方が良いだろう……お前らも良く考えて『ウルトラ・チャット』をした方が良いぞ?」
『推しが生活の心配をしてくれてる!!』――¥10000
『今月はもやし生活だ……』――¥20000
『』――¥50000
レオンがウルチャを注意すると逆に増えた。
「どうして、注意をしたら増えるのだ……」
「ウルチャは止めろっていうと増える法則があるんです。芸人への『押すなよ!』みたいなフリですね」
「いや、もやし生活の奴は、どう考えても止めるべきだろ。無言で五万円を払ってる奴は、もはや怖いぞ……」
「慣れてください。それが配信者です」
「やって行けるか不安になってきた……」
配信者活動を始めて、最初に恐怖を感じるのが押し寄せるファンからの好意だとは思わなかった。
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