第11話 思い出の水晶

 パーティーでも開けそうなだだっ広い食卓に、レオンはぽつんと座っている。

 朝食の紅茶を飲みながら、レオンは隣に立つ初老の男性に声をかけた。


「今日も遠出をする。帰りは遅くなるから、食事は要らん」

「かしこまりました」


 その男はレオンの屋敷を取り仕切っている執事だ。

 レオンの秘書のような役割もこなしている。


「ふっ、俺が二日続けて遊び歩いても文句を言わないとは、お前も丸くなったな」

「いいえ。丸くなったわけではありません。レオン様であれば、今も我々のために動いていると信じているからです」

「ずいぶんと高く評価されたものだな……俺はもう行く。後のことは任せたぞ」

「行ってらっしゃいませ」


 レオンが席を立つと、執事は深々と頭を下げた。


 自室に戻ると、エリシアが待っていた。


「レオン様、さっそく日本に向かわれますか?」

「いや、わかばとは午後から約束している。午前中はこっちで行きたい所があるのだ」

「どちらへ向かわれるのでしょうか?」

「俺は配信者として活動することになったからな。まずはネタ探しに向かう」

「ネタ探し……?」


 エリシアは、こてんと可愛らしく首をかしげる。

 細々と説明するよりも動いた方が分かりやすい。

 レオンはラールと取り出して、エリシアに手を差し出す。

 エリシアは意図を理解したらしく、レオンの手を握った。


 ギュン!!

 ラールを起動すると、一瞬で景色が切り替わる。

 

「……ここは魔法都市ですか?」

「そうだ」


 レオンたちが転移したのは街中にある小高い丘だ。

 そこから街を見下ろすと、石造りの建物がびっしりと並んでいるのが見える。

 街には煙突が多い。煙突からはカラフルな煙がモクモクと立ち上る。

 あれは錬金術で出る煙であり、『魔法都市』と名高いこの街の名物だ。


「この街の市場で配信のネタになりそうなアイテムを探す」


 そんな魔法都市の大通りにはカラフルな布がなびいている。

 あそこがレオンたちが向かう市場。

 魔法都市の名にふさわしく、多種多様な魔道具や薬が売っている場所だ。

 あそこなら、配信のネタにできるようなアイテムが手に入るだろう。


 レオンたちが市場に向かうと、市場は多くの人で溢れていた。

 ごちゃごちゃとした人ごみは東京にだって負けていない。


「エリシア、迷子にならないように手を繋いでおくぞ」

「か、かしこまりました」


 エリシアと手を繋いで市場へと突撃。

 魔法都市の市場だけあって、あちこちに面白そうなアイテムが売っている。


 黒いマントを商人が頭からかぶると、表面の柄が変わって犬のような見た目に変わっていた。

 アラビア調の派手な絨毯に人が乗ると、ふわふわと浮かび上がる。

 建物の壁をテクテクと歩く商人。重力を変えてどこでも歩ける靴らしい。


 配信のネタに出来そうなアイテムは多いが、使える金は有限だ。

 ストレージア伯爵家は、割と収入のある家だが無駄遣いはできない。


 レオンの固有魔法である『貪欲な宝物庫』は貯蔵するアイテムによって強さが変わる。

 つまりアイテムを買える金が強さに直結するのだ。

 お金の使い道は、しっかりと考えなければいけない。


「ちょっと、そこの仲が良さそうなお二人さん。これを見てくれよ!」


 レオンたちが市場を見回していると、鼻の下にひげを生やした商人から声をかけられた。

 商人は台座に乗った水晶に手を広げている。

 一見すると、なんの変哲も無い水晶だが……どんな魔道具なのだろうか。


「ふむ。その水晶がどうかしたのか?」

「これは、触れた人の大切な思い出を映し出す水晶なんだ。昔の思い出を、たった今、経験したように見れるんだ。試して行かないかい?」

「ほう……少し面白そうだな」


 変なパーティーグッズみたいな機能だが、こんな風にくだらない方がネタに出来るかもしれない。

 試してみても良いだろう。


「どう使うんだ?」

「水晶に手を乗せれば良いのさ」


 レオンはそっと水晶に手を乗せた。

 水たまりに水滴を垂らしたように、水晶に波紋が広がった。

 やがて波紋が落ち着くと、水晶に幼いころのレオンが浮かび上がる。


 どうやら幼いレオンは屋敷の庭に居るようだ。

 今と同じようなマントをはためかせて、笑っている。


『ふはははは! 俺はレオンハルトだ! 俺の最強魔法を食らえー!!』


 幼いレオンは『貪欲な宝物庫』から木刀を射出して、カカシに向かって飛ばしている。


(はっ!? 思い出した。これは初めて魔法を使った時の記憶だ)


 懐かしいなぁ。

 レオンはノスタルジーを感じて水晶を眺める。


 しかし、だんだん恥ずかしくなってくる。

 小さい子供が『ふはははは!』と笑って、木刀を飛ばしているのは完全にごっこ遊びだ。

 他人に小さいころのアルバムを見せているような気恥しさが込み上げて来る。


 しかも、中身はいい歳した青年なのだから、余計に恥ずかしい。

 まだレオンハルトに転生して調子に乗ってた頃なのだ。


「こ、ここまでにしとくか……」

「ま、待ってください!」


 レオンが手を放そうとすると、エリシアが止めてきた。

 グイッと手を水晶に押し付けられる。


「私は、もう少しレオン様の小さい頃が見たいです。とっても、可愛いので……」

「わ、分かった……」


 エリシアに上目づかいでお願いをされる。

 こうなると、お兄ちゃん気取りのレオンは逆らえない。

 

 しばらくの間、幼いレオンがきゃっきゃとはしゃぐ声が続いた。

 レオンは恥ずかしさに悶えながら、幼いレオンを恨んだ。


「ありがとうございます。幼いころのレオン様が見れて嬉しいです」


 エリシアはニコニコと嬉しそうだ。

 レオンの子供のころを見て何が楽しいのか分からないが……ともかく満足して貰えたのなら、恥ずかしさに耐えた意味があった。


「それなら、次はエリシアが触れて見ると良い」

「かしこまりました……なにが出るんでしょう?」


 次はエリシアが水晶に手を乗せる。

 レオンの時と同じように波紋が広がった。


 波紋が収まると、水晶には今よりも幼いエリシアが映っていた。

 おそらくは、レオンがエリシアを拾ってから、そう時間が経っていないころだろう。


 寝間着姿なのを見ると寝る直前のはず。

 しかし、エリシアはなぜかレオンの部屋に居る。

 当たり前だが、エリシアにも自室が割り当てられている。

 レオンと一緒に寝ることなどない。

 

『レオン、レオン……』


 幼いエリシアは、ベッドで眠るレオンを揺り起こす。

 このころのエリシアは、まだメイドとしての教育が終わっていないので、レオンの事を呼び捨てにしていたのだ。


『うーん。エリシアか、どうしたんだ?』

『一緒に寝ても良い?』

『なんだ。一人で寝るのが怖いのか? ほら、さっさとベッドに入れ』

『えへへ』


 レオンが布団をめくると、エリシアははにかみながらベッドに乗って――


「うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「うぉ!? エリシア、落ち着け!?」


 エリシアが顔を真っ赤にすると、奇声を上げて水晶を持ち上げた。

 そのまま床に叩きつけようとしたので、とっさに抑える。


「この魔道具は存在しちゃいけません!! 悪魔の発明です!!」

「お、落ち着け。見られたくない思い出なのは分かったから、壊そうとするのは止めるんだ!?」


 レオンはエリシアを落ち着けようと、抱きしめて頭を撫でる。

 エリシアは『ふにゅー』と猫みたいな声を上げながら落ち着いてくれた。

 しかし、エリシアがここまで取り乱すのは久しぶりに見た。

 やはりこの水晶は、配信のネタとしては優秀な魔道具だ。

 ……他の使い道は思いつかないが。


「商人、この魔道具を買わせてもらう。なかなか面白いからな」

「はいよ!」


 その後もレオンたちは市場を見て回り、そこそこのアイテムを購入してから日本へと向かった。

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